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フェアリー・ヴェール 〜地下で歌う青年と青年将校の物語〜  作者: 橘 いゆ璃


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18 ヴァイって、呼んで


半月ほど、アンデは家に戻れなかった。

ニュースにも出るほどの大規模捜索があり、アンデも派遣されたのだ。


この手の仕事は、人々が望む結果にならないことが往々にしてある。


アンデは、人の感情に疎い自覚がある。

そうでよかったと、仕事があるたびに思う。

むしろ、この仕事には適しているし、人が辛いことは自分が引き受ければいいと思っている。


「仕事、どうだったの」

「守秘義務でな」


特別に休暇をもらって、ヴァイラの家で過ごす。

彼に仕事のことは語らない。

もともと内部情報を出してはいけないが、それがないとしても。


感情豊かなヴァイラは、きっと耐えられない。


「ニュースで見たけど……

アンデは、現場にいてつらくならない」

「ないな」

「おれは、」

「絶対無理だろ」

「……だよね」

「自覚はしてる。鈍いって。だから務まってるんだろ。

言ったろ、そんなに感動することないって」

「それでも、感動してくれたんだ」

「おまえの歌は、それくらい強いんだよ」

「アンデが言うと、説得力あるよね」


ヴァイラも、前座のステージをこなしながら、レコーディングにも入り出したところ。

一晩中することもあり、会える日が限られている。


もうすぐ、冬。


例年雪害での出動もあるから、また会えない期間も出てくるだろう。


「シチュー、あったかぁい」

「明日の朝分まである」

「もうそんな季節だねー。

そういえば、クリスマスは?どうするの」

「仕事かな。家族持ちに休みを譲ると思う」

「そっかぁ。

じゃあスタジオに入り浸ろ……」

「地元には?」

「帰らないよ。教会入り浸りなんてまっぴらだ」

「教会、入り浸り……」


実家は相当信仰心が厚いらしい。


「てかさぁ、聞いたでしょ?おれの本名。

聖マーレイ。

まじでこういうの嫌い」


巷にありふれた、聖人の名。

信仰深いなら、尚更。


「あいにく理想の息子とは正反対になったよね、家出して、スター目指して、同性愛者で。

いい加減諦めろっての」

「何か、言われたのか」

「メーユ経由でね。帰れって言ってくんの。帰んないけど」


心配なのか、引き戻したいのか。


親の記憶が少ないアンデには、よく分からない。

親がいるのがいいのか、どうかも。


「うちで過ごせば、と言いたいところだが、冬は出動が増えるからな……

何日も帰らないこともあるし」


「だからさ、早くおれが引き抜きたいのに」

「まだ、引退するつもりはない」

「……アンデってほんと、そこにこだわるよね。

喧嘩になりそうだから、言わないけど」


ヴァイラの目は、少々呆れ気味だ。


相変わらず、ボディガードとして来てほしいと言われ続け、その度にはぐらかす。

ヴァイラの収入では危なすぎるし、高給で向いている仕事を手放す理由はない。


愛だの恋だの、気持ちだけでいられるものでは、ない。


本当の貧困状態では、ヴァイラのように夢を語る余裕すら、なくなる。


それを知っているから。


(何でもいいから働いて、それでついていくなんて、所詮映画の中の出来事だ)


✶⋆∘༓∘⋆✶


朝、またいつものように朝食の準備に取り掛かる。

だいぶ、冷え込むようになってきた。

冷めてしまうから、できたらすぐにヴァイラを起こして――


玄関の鍵が開く音。


(今日も、か?)


玄関が開き、入ってきたのはイルメーユ。

洗濯袋と、手荷物を持って。


「あら、アンデ。おはよう」

「ああ……おはよう」

「掃除に、お邪魔するわね。この家の主人は寝てるけど」

「どうぞ」


また、偶然の遭遇。


(やりにくいな)


正直言えば、ヴァイラから日にちを替えるなり、しておいてほしいと思う。

向こうは、あまり気にする様子はないが。


ただ、もう料理を開始してしまった。

これが終わったら、お暇しよう――


「あっ、ねぇ!

今日は、帰らないでそのままいて?」


リビングの掃除機を止めたイルメーユから、アンデの背に声がかかる。

振り向くと、


「この前、マーレイに怒られちゃった。

終わったらすぐ帰るから、ね」


ちょっと困ったように笑う彼女に、分かった、と半分言って顔を戻した。


とはいえ、そのまま帰すのも少し悪い気がする。

イルメーユが掃除を一通り終えた頃、紅茶を一杯準備した。


「まあ。ありがとう、せっかくだからいただくわ」


彼女はエプロンを外し、いつもヴァイラが座る椅子に腰掛けて、カップを手に取った。


「この前あなたが帰っちゃったから、あなたの朝食をマーレイといただいたの。

料理上手なのね」

「……男の、雑な料理だが」


アンデは正面を向かず、椅子に横に座ってテーブルに肘をつく。


「彼にいい人がいてくれて、よかったわ」


彼女は、穏やかに微笑む。


「学生の頃から、よく相談に乗ってきたから。

やっぱりさ、なかなか、言いにくいことじゃない?

だから彼を分かってくれる人がいて、嬉しくて」


それは自分たちを祝福してくれているようで。

一方で、彼女とヴァイラとの長い年月もまた、見せられているよう。


「……昔から、そうだった?」

「そうよ。彼、顔が綺麗だから、当然女の子たちに人気よね。

でも違和感があって……ずっと悩んでた。

わたしはそれより前から彼と友達で、話しやすかったのかも」


他の子の好意を逸らすために、表面上、恋人と名乗った時期があった。

でも、男女関係は一切なし。

その間に彼は男と恋していたが、長続きすることはなかった。


「彼、繊細でしょう?

芸術家肌だから、気難しいところもあるし、普通の人には重くなっちゃうみたいで。

わたしの知る限り、ちゃんと続いてるのはあなたが初めてじゃないかな」


(知り合って、たかだか半年くらいだけどな)


気分屋のヴァイラに振り回されることが、ないわけではない。

ただ、大して気にしたこともなかった。


自分のものではないと、思っているから。


「続くというか……

別に、付き合ってるわけじゃない」


「え?」


「あいつが求めるなら、応えるけど。

何か約束してるわけじゃ、ない」


「そうなんだ……

でも、彼のこと、思ってくれてるでしょう?

彼もあなたを頼りにしてるから、あなたたちのこと、祝福したいって思ってて」


(居心地が、悪い)


言葉だけ受け取れば、喜ぶべきことなんだろう。

だが、彼女の言葉を素直に受けられない。

なぜかは分からない。


「……俺も、いつまでいられるか、分からないから、仕事柄」


口から出たのは、そんな言葉。

事実、今言えるのは、それだけ。


ヴァイラが成功して本当に自分を買い占めるのか、

そんな未来はやってこないのか。


今は何も見えていないこと。

それに――いつか訪れるはずの、異動がちらつく。


いつ駆り出されるか、いつ派兵されるか。


ヴァイラとの未来を思い浮かべるたびに、忘れてはいけない可能性が目を覚まさせる。


もし、ヴァイラを残していくとき――

ヴァイラに、そんな覚悟をさせる覚悟は、あったか?


そこまで入り込んでしまっていることに気がつかないまま、来てしまった。


「あれ、メーユ……来てたの」


ヴァイラが起きてきた。


「おはよう、マーレイ。もう帰るところ」

「それさぁ、マーレイってやめてくんない?」

「わたしにはマーレイなんだもの。

アンデ、紅茶ごちそうさま。またね。

じゃあまたね、マーレイ」

「ありがとね、メーユ」


友人同士のハグをして、イルメーユは部屋を出て行く。

ヴァイラが玄関まで見送った。



「アンデ、おはよー」


ヴァイラがアンデに抱きついて、軽くキスをする。


「どうしたの?怖い顔してる」

「……ああ、すまん」

「もしかして嫌なこと言われた?」

「そんなんじゃない。

……いい人だよ」

「うん。分かってくれてる人」

「そんな人に、怒っちゃだめだ」

「……

あ、前回の。怒ったって、大袈裟だよ、そんなガチじゃない」

「大事にしろよ」

「え、まあ、普通に。

……なに?アンデ。ただの友達だってば」


ヴァイラの顔が憂いを帯び、アンデの脚にまたがって、抱きついてくる。


「……アンデ」

「ん」

「ヴァイって、呼んで」

「どうした、……ヴァイ」

「もう一回」

「……ヴァイ」

「ん。おれの名前、そっち」


抱きつくヴァイラの背に、腕を回す。


本当は――離したく、ない。


「アンデ」

「……ああ」


「おれ、アンデに、ヴァイって呼ばれるのが、すき」


「……ん。

ヴァイ」


抱きついてくるヴァイラの体は、温かくて。

出会ったころは、ひやりとしていた記憶。

でも今は、体温が通い合っているような。

たった半年だけれど、それだけ共に過ごしたときがあって、大切に思う気持ちがあって。


(俺は、なんて)


置いていくのだとしたら、きっと、彼にとってあまりにもむごい結末。

初めは流れだったにせよ、もうここまで来てしまったのなら。

もう、覚悟を決めなければならないのかもしれない。



ヴァイラの首筋に、顔を埋めた。


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