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フェアリー・ヴェール 〜地下で歌う青年と青年将校の物語〜  作者: 橘 いゆ璃


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16 抱き潰してよ


(明るい)


違和感で、目が覚める。


(ここ……

そうだ、アンデの家に来て)


思い出した。

ベッドの質感が違うのも、室内の様子が違うのも。


何より、カーテンの向こうに見える、強い太陽の光。

閉めているのに、部屋の中が明るい。


アンデの家に連れてきてもらって、そのまま爆睡した。

寝付くまでアンデに腕枕をしてもらったはずだけど、ベッドに横になってキスしてもらった辺りまでしか記憶がない。


部屋には時計があって、まだ六時。

六時でこんなに明るいなんて。

むしろ前まではこれから眠る時間だった。


起き出して、寝室を出る。


リビングとつながるキッチンに、ごはんを作るアンデの後ろ姿。


「ヴァイ。早いな」

「めっちゃ寝た」

「だろうな」

「シャワーしてこい」

「ん……」


バスルームに行くと、洗濯機が回っている。

こんなに早い時間から洗濯してごはんを作るなんて、ちょっと信じがたい。


シャワーを浴びて、用意してくれていた部屋着を着て出ると、ちょうどごはんができたところ。


「おはよ、アンデ」

「おはよう」


キスを交わして、テーブルにつく。


「めっちゃ明るくない?この部屋」


リビングの方はカーテンを開けてあって、薄いカーテンの向こうには明るい空がはっきり見える。


「おまえの部屋は、日当たりが悪いからな」

「家賃が安いんだよ。

……いいとこに住んでんね」

「福利厚生の力だよ」


待ち望んだアンデのオムレツを味わいながら、ツアーの話をいろいろしていた。


アンデは早く食べ終わると、片付けを開始して、洗濯機の様子を見に行く。

洗濯かごに入れて、リビングの窓を開けて、ベランダに干す作業をテキパキと。


朝からよくこんなに動けるな、と変な感想を持ってしまった。


朝日の中で、まだ服を着ずタンクトップとスウェットパンツ姿で洗濯物を干すアンデが、眼福。


改めてリビングを見渡してみると、物は少なめですっきりしていて、棚にはちゃんとおれのレコードを飾ってある。

間取りも広さもそこまで変わらないのに、明るく風通しがよく思える部屋。


洗濯物を干し終えると、アンデはまたキッチンに向かい、食材を取り出して調理を始める。

忙しそうにしているので、あまり声をかけられない。


「仕事はいつから?」

「来週、スタジオっていうか事務所に顔出せばいい」

「ここにいてもいいし、帰ってもいいが。ここだと週末まで暇だろ、俺もいないし」

「ああ……そっか」


いてもいいなら、居たいけど。


「とりあえず、今日は一日休んでろ」


アンデはこちらも見ず、手際よく料理を進めていた。


「冷蔵庫の飲み物は何でも飲んでくれ。

電話と来客は、ないと思うが、出ないでいてくれたら後は自由に使っていい」

「おっけー」

「テレビと、あとは……小説類が少し」

「アンデ、小説読むんだ?」

「悪いか」

「ううん」


フライパンで何か炒めながら、調理器具を片付けて、空いた皿を洗って、みるみるテーブルがすっきりしていく。


火を止めるとそのまま寝室に行って、出てきたときにはもう普通の服を着て出てきた。

フライパンの中身を皿によそって、冷蔵庫へ。これはヴァイラの昼食。


「じゃあ、行ってくる」


上着を取って荷物を持って、ヴァイラに近づいてそっとキスを落とす。

これでまだ七時を過ぎたところ。


「こんなに早く行くの?」

「朝は、車が混む」


アンデが朝から動き回っていて、一緒に過ごした感じがあまりしない。


「何時に帰る?」

「何もなければ、六時くらいかな」

「長いね」


まだ食べかけだったが、立ち上がって、アンデの首に腕を回した。


「アンデ。……抱いてってよ、五分だけ」

「帰るまで、待ってくれ」

「……おれのこと、抱きたいでしょ?」


抱いて欲しいのは、おれのほう。

でも、アンデだって溜まってるはず。――おれ以外でしてないなら。


「おまえな……」


アンデの顔が、美しく歪む。

この耐えてる顔、大好き。


アンデは荷物を置いて、おれの腰に手を回した。

そのまま抱え上げられて、寝室へと運ばれて、ベッドに倒される。


「……やっぱり、抱きたかったんだ?」

「五分だぞ」

「いいよ」


忙しなく上着を脱いで、準備をするアンデ。

焦る表情が、色気が溢れててゾクゾクする。


「ヴァイ、今日は帰るなよ。

……抱き潰すからな」


覆いかぶさられて、唇を塞がれる。


今日の彼は、ちょっと乱暴な感じ。

強引なの、実は好き。


でも苦痛なことはしなくて、気遣ってくれながら。

全然、壊されそうじゃない。


抱き潰してくれるだなんて、楽しみだから、昼のうちに眠っておこう。



「激しくして、悪かった」


本当に五分で終えたアンデが、ベッドに身を沈めるおれを労ってくれる。

ほとんど触れるだけのキスが、優しすぎてとろけそう。


「大丈夫。

いってらっしゃい」


もう一度キスをして、おれは一人、アンデの余韻を感じながらベッドに残った。


✶⋆∘༓∘⋆✶


今日は、よく仕事が捗る。

出勤後に始業まで少し筋トレをして、訓練に入り、そして報告や書類の仕事。

家にヴァイラが待っていると思うと、仕事を頑張ってこようと一層思うのだ。


「アンデ、そろそろ飲みに行こうぜ」


帰り際、ヘイゼに誘われた。


「悪い」

「一体、最近どうしたん?ずっと飲みに、メシも行ってないじゃん」

「すぐ帰る用事があって。

すまん、また飲みに行けるようになると思う」

「つまんねーよ、アンデ」


ヴァイラがツアーに出てからというもの、電話を待つために速攻で帰宅していて、ずっと同僚とも出歩いていない。


「ザレンテ少尉……そんな誘っちゃ悪いですよ」


ミルジェが二人の会話に割り込む。


「速攻帰るなんて、理由は一つしかないでしょ!

ブルジェレ少尉、ひょっとしなくても、カノジョできましたよね?」


ミルジェの明るすぎる笑顔に押され、ぐ、と言葉に詰まる。


「いやー分かりますよ!すぐ会いに行きたいですもんね!

僕もザレンテ少尉から誘われるんですけどやっぱ彼女と……」

「うるせぇ、惚気やがって。

っあ〜、アンデもいよいよそっちかぁ」


「そうじゃ、ない」


会話に水を差すようだったが、思わず言ってしまった。

二人の目が点になる。


「そういうんじゃ、ない」


嘘ではない。

恋人同士と確かめ合っては、まだいない。


女性ということにして認めるのと、どちらが正解なのかは分からない。


ただ、あくまで今は恋人ではないということにしておけば。

今後の余計な追求を避けたい思いもある。


「なーんだ……ホッとしたような残念なような」

「えー、絶対彼女持ちの行動だと思ったんだけど……」


「じゃあ、お先」


やっていることは、恋人のそれなのに。

ヴァイラのいる家に帰る楽しみと、関係の危うさに少しうつむきながら、アンデは職場を後にした。



「おかえりぃ」


家に帰ると、ヴァイラが待っている。


リビングのソファーで寝転んで、小説を読んでいた。

ソファーの横に膝をついて、ヴァイラにキスをすると、ヴァイラはアンデの首に腕を回してくる。


「今日は一日寝てた」

「疲れは取れたか」

「うん」


少しじゃれ合って、夕食の支度に取り掛かる。


「ねー、アンデさぁ、アンデのダンベル重過ぎて無理だったんだけど」

「だろうよ。腕壊すから、やめとけ」

「暇だったんだもん」


本当に、何でもない話をしながら。

ヴァイラの家で過ごすときも同じような感じで、自宅でも変わらない温度感。

二人で晩ごはんを食べて、少しだけ飲んで。

洗い物や洗濯物を片付けて、シャワーで一日の汗を流してさっぱりする。


タオルを首にかけて拭きながらバスルームから出ると、ソファーの向こうからヴァイラが猫のような丸い目で見ていた。


「何見てんだ」

「超エロい……腹筋……腕……」

「シャワーしてこい」


目で追ってくるヴァイラに近づいて、あごに指を引っ掛けて上向かせ、その顔を見下ろす。


「覚えてるよな?

抱き潰す、って」


アンデの仕草に少し驚いたようなヴァイラだが、抱くと言われた途端、その目に濃厚な情欲を宿した。


✶⋆∘༓∘⋆✶


週末まで、数日そんな生活が続いた。

ヴァイラはアンデの家で十分に休息を取り、元気を取り戻している。


休日はヴァイラをどこか連れて行きたかったが、生憎の待機日、呼び出しに備えていなければならない。

ヴァイラを連れて周辺の店などに行くと、多分軍の関係者に目撃されるだろう。

ヴァイラは、アンデの家で過ごすのに満足していて、どこに行きたいとも言わなかったが。


「居心地いいなー、ここ住みたい……

スタジオに歩いて行ける距離だったら、転がり込んじゃう」


そんなことを呟いていた。


()()()()()


数日一緒に過ごしてみて、特に違和感もなく、

このまま一緒に居続けられるような気さえしていた。


本当に、スタジオにすぐ行ける距離だったら。

バスで行けなくはないが、それなりに時間はかかってしまうから、仕事には不利になるだろう。


それに、やはり知り合いに目撃される心配は残る。

身内とでもなんとでも言えればいいのだが、不都合なことに隊内にはそれなりにヴァイラの顔を知っている者がいる――歌手ヴァイラにとっては、いいことなのだが。


「おまえがいると、猫飼ってる気分だ」

「ねこぉ?」

「俺がおまえの分まで全部身の回りのことやってんだろ。完全にペットの世話だ」

「あー……おれ人間じゃないのね」

「そう。癒しになる生き物」

「あんだけセックスしといて?」

「……」

「うそ。ごめんン」


並んで座っていたソファーから、ヴァイラがアンデの膝にまたがる。


「帰りたく、ない」

「知ってる」

「アンデがいないと、寝れない」

「じゃあ、朝早く帰るか?送ってやる」

「帰りたくないけど、そうする」


もう一晩だけ、猶予ができた。


残り時間を惜しむように。


二人は、甘く深い世界に溺れていく。



「――もう寝ろ。明日は早い」

「やだ。もっと――抱き潰してよ」

「おまえは……」

「まだ、やりたいくせに」


「……ヴァイ」

「なぁに」


碧の瞳が、アンデを捉える。


「……帰したく、ない」


ヴァイラのうっとりとした微笑みは、再び口付けに飲み込まれる。



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