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フェアリー・ヴェール 〜地下で歌う青年と青年将校の物語〜  作者: 橘 いゆ璃


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12/13

12 好きだよ


アンデの車は、森の中を続く一本道を通り抜けていく。

ドライブインを出てから、もう三〇分ほど。

ただヴァイラが機嫌よく喋っているので、長くは感じない。


「今から、オフロードだ。

頑張れよ」

「えっ?」


入った脇道は、ほとんど道なき道。


「ねえ、これ、大丈夫?ねえ!」

「大丈夫だ」

「この先崖とかじゃない?怖い!」

「ないない、心配するな。

酔ってないか?」

「大丈夫……それより怖い」


タイヤから音が響くたびに、ヴァイラが悲鳴を上げるのが、悪いと思いつつもかわいい。



そうしてしばらく走った二人の目の前に現れたのは。


「着いたぞ」

「……おー……」


静かな、美しい湖。

窓から入る空気が、平地よりも少しひんやりしている。


人家はなく、本当に二人だけ。


「なにこの隠れスポット?」

「道路をずっと行ったら、軍の土地があってな。

一般人は行き止まりだから、ほぼ立ち入らない地域だ。

この辺りは軍の人間が私的なキャンプに使ったりしてる」

「今日は、キャンプするの?」

「食事だけな。夜になったら帰るって言っただろ」

「おっけー」


アンデは車の後ろを開け、クーラーボックスや金網を取り出して手際よく準備を始めた。


周囲の大きめの石を重ねて簡易的にかまどを作り、上に金網をかぶせれば食材が焼ける。


「アンデ、すげー」


ヴァイラは車のトランクに腰を下ろして、アンデの火起こしを見学している。


「やったことあるか」

「ない」

「子どもの頃は?」

「うちアウトドアする家じゃなかったの」

「休日は何やってた?」

「教会に連れて行かれてお祈りでしょ、ピアノのレッスンに、あとは……なんか家族の食事とか。

ピアノ昔は嫌いだった、自由に弾いたら怒られるから。

今は役に立っててよかったって思ってるけど」

「おまえんち、聞いてるといろいろ厳しそうだよな」

「そうなの!もー早く家出たくて」


炎が上がり始め、パチパチと枯れ木が燃える音がし出す。


「すご、もう火がついた」

「年に何回か、同僚とキャンプやってる。四人ぐらいで来てさ」


クーラーボックスを開けて食材を取り出し、金網に乗せていく。


「めっちゃ煙」

「今、そっち風下だ。こっち来い」


都会ファッションのヴァイラは、正直この景色に馴染んでいない。

きれいに飾った爪で、枯れ木枯れ葉を集めてこいとは思わない。


ヴァイラはいつもどおり、食事の準備をただ待っていてくれたらいいのだ。


メインはベーコンにソーセージ。

パンやチーズ、果物も簡易テーブルに並べて準備をし、厚切りのベーコンの様子を伺う。


油が滴り始めているベーコンに金串を突き刺し、ヴァイラに差し出した。


「外で焼いて食べるって、家とまた違う……」


メニューとしては、いつもアンデがヴァイラに作る朝食と大差ない。

それでも少し変化を感じてくれるのは、嬉しい。


「これ、もう食べれるかなぁ?」

「しっかり油が溶け出してるやつは、いける」

「じゃあ、これ」


ヴァイラが金串を一切れのベーコンに突き刺した。


「アンデ、あーんして」

「……もらう」

「おいし?」

「いいな」

「じゃー次ははい、どーぞ」


次にヴァイラが食べさせてくれようとしているのは、太めサイズのソーセージ。

朝食で出すサイズより大ぶりで、野外で食べるとらしさが増す食材である。


「やだー、()()()噛みちぎられてるみたいでヒヤヒヤするぅ」

「おまえな。

それキャンプで毎回誰かが言うやつだ」

「まじで。みんな考えることは一緒か……

でもうま、これ、なんか超いいソーセージじゃね?」

「キャンプにはこれが合う」


アンデが一本食べ切るのを、ヴァイラはじっと見上げてきた。


「アンデが喰ってるって思ったら、超エロい」

「やめろ、全部それに見えてくる」

「あははっ!おれの喰ってもいいんだよ?」

「いらねーよ」

「素直じゃない」

「ふざけんな」


魅力たっぷりに笑うヴァイラの尻を、軽く小突いておいた。

ひゃ、と飛び上がるヴァイラは、かわいい。


✶⋆∘༓∘⋆✶


食事を終える頃には、夕日も沈んで空は紺色に落ち着いていた。


クーラーボックスに半分ずつ二人で座り、二人で揺らめく火を見つめる。


多分、アンデがヴァイラの観る映画の世界に入って行きにくいように、ヴァイラもこうしたアウトドアの空間には入ってきにくい。

それでも一日付き合ってくれて、素直に嬉しいと思った。


ただ、今日の目的は、実はキャンプそのものではない。


「冷えてるな」

「大丈夫、焚き火あるし」

「車に戻ろう。片付けるから、先に乗っててくれ」


火の始末をして、アンデも車に乗り込んだ。


まだ、エンジンはかけない。


「ヴァイラ、シートを倒してみな」

「ん……こう?」


アンデもシートを倒して、体をシートに預ける。


「あ……

星?すごいね……!」


満天の星空。


「明かりがないから、よく見えるんだ。

キャンプのときの醍醐味だよ」

「アンデ、もしかして、星を見に連れてきてくれた?」

「まあ、ドライブがてら、それも兼ねてる」

「……こーいうの、好き。

ありがと、嬉しい」


それぞれの席から外を眺めていた二人の手は、いつしか真ん中に寄り、互いの手を捕まえる。



「星占いって、信じる?」


不意に、ヴァイラが口にした。


「さあな」

「おれ、おとめ座。アンデは?」

「しし座だったかな」

「え、誕生日は?」

「先々週」

「済んでんじゃん、何で言ってくれなかったの」

「仕事で忘れてた。別に普通の日と変わらんだろ」

「えー。お祝いしたかったな。来年はお祝いしよ」

「……それも、いいかもな」


来年。

一瞬そのことを考えて、言葉に詰まった。


ヴァイラはそれに気がついていないのか、そのまま続ける。


「おれ今年の誕生日、まさかのツアー初日と被った……いいんだかどうなんだか」

「その日、ライブ終わりは?」

「夜から移動するの。出待ちで会うのは多分無理だろうね、エルメトのファンが押し寄せてごった返すし、おれの脱出のタイミングもルートも分かんなくて。

アンデは日中は仕事?」

「一日休みにした」

「じゃあ、会場まで送ってくれる?ていうか、前日から泊まれる?」

「夜中に行くかもしれんが」

「大丈夫。うれし」


「何か、欲しいものあるか」

「え?なにプレゼント?」

「まあ、誕生日に、ツアーの激励に、その辺兼ねて」

「……嬉しい。何にしよ。でもアンデからもらえるなら何でもいい。ダンベルだって嬉しかったし」

「考えとくよ」


会話が、途絶える。


握り合う手に、ヴァイラがさらに手を添えて。


そのままアンデの腕へと、手を触れてくる。


星空からヴァイラへと顔を向けると、ヴァイラと目が合った。


アンデは体を起こし、ヴァイラの方へ身を乗り出す。


ヴァイラも顔を近づけてきて、二人は唇を重ね合った。


キスの音と、二人の息遣いが車内に響く。


ヴァイラの手がアンデの肩を引き寄せると同時に、アンデはシートに身を預けるヴァイラに覆いかぶさった。


言葉のないまま、深いキスが続く。


ヴァイラはアンデの首に腕を回し、アンデはヴァイラの顔に触れながら、互いに夢中で唇を貪り合った。


「アンデ……やばい、したい」

「……なら、帰ろう」

「うそでしょ、二時間我慢すんの」

「……さすがに、狭い」

「帰るまでとか、焦らしすぎ」

「止められなかった」


アンデは運転席に戻り、シートを直して、ベルトを着ける。


「寝てていいぞ」

「アンデもやる気なんじゃん、それで運転大丈夫?暴走しないでよ」

「大丈夫だ」

「えー。よく冷静に戻れるね、きっつ……」

「オフロードで冷めるだろ」



アンデの言う通り、真っ暗な道なき道に、車内にはヴァイラの悲鳴が再び響き渡った。



✶⋆∘༓∘⋆✶



腕枕をしてくれているアンデの頬に、そっと手を触れる。


事後には珍しく、アンデの方がヴァイラより先に眠りに落ちた。


(一日運転してくれたもんね)


最高に男らしくてかっこいい彼。

ドライブはずっと楽しかったし、あの星空を見せてくるのは反則級にかっこよかった。


でも、ちょっとだけ、期待していた。


熱烈なキスをくれて、その先に続くはずの言葉を。


(思わせぶりじゃ、ないでしょ?)


夜中でも出てくれる電話、スタジオへの差し入れ、ライブ、ヴァイラのアパートで過ごす夜、体のつながり。

いつでもヴァイラの望みに応えてくれて、今度は誕生日プレゼントまで。


こんなこと、もはや遊びでなんてできるわけがない。


ヴァイラが与えているといえるものは、きっと歌声だけ。


体だって、ヴァイラが求めるのに応えてくれるのであって、アンデから求めるわけでも、アンデに見返りで差し出しているわけでもない。


(ここまでやってくれるのは、なんで)


好きでいてくれるから、なら、分かりやすいのに。


でも、ボディガードの話はまるで冗談かのように、あっさり流された。

ビッグになったときの夢物語ではあるけど、本気だったのに。


この人はきっと、ヴァイラが億万長者になろうと、自分の仕事を手放そうとは思わないのだろう。


そんな人だから、側にいて欲しい――この先もずっと。


(アンデは、どうなの)


彼は、仕事のために関係を隠したがっているみたいだから。

本当はオープンにしたいけれど、ヴァイラのわがままも全部聞いてくれるから、せめて彼の守りたいものは邪魔しないようにーー少なくとも当分は。



いつか、自力で国内ツアーができるようになったとき、それから、いつの日にかワールドツアーができるようになったら、そのときは。


(一緒に来て、おれの側にいてよ)



静かに寝息を立てる彼の唇に、そっとキスを落とす。




「アンデ。


……好きだよ」



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