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フェアリー・ヴェール 〜地下で歌う青年と青年将校の物語〜  作者: 橘 いゆ璃


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11/13

11 コーヒー飲めない


昼頃にヴァイラのアパートに車を横付けし、アンデは階段を上がる。

呼び鈴を押すと、すぐに中から鍵が開く音がした。


「起きてたか」

「最近起きてるもん。10時ごろには」

「朝飯は?」

「パン食べた。待ってて、着替えるから」


ヴァイラが着替える間、アンデはヴァイラの使った食器を洗っておく。


ほどなく、Tシャツにベスト、裾の大きく広がったベルボトムジーンズにサングラスというヴァイラが現れた。


「……」

「どこか変?」

「いや」


少しだけヴァイラを見つめてしまっていた。

街中でよく見かける流行りの服装なのに、明らかに華がある。

ステージに立つ人間が本気を出せば、こんなにも人目を引いてしまうものなのか。


「もう、ちゃんとかっこいいって言って?

おれ一番気合入れて選んだんだけど」


頬を膨らませるヴァイラが、かわいい。


「かっこいいよ」

「えへ」


玄関を出る前に、抱き合って軽くキスを交わす。



階下に降りて、アンデの車に乗り込んだ。


「野外ライブの帰りに乗ったけどさあ、あのときほぼ寝てて覚えてないんだよね……

アンデの車、イケメンすぎない?

もうさ軍人でこの車でサングラスとかさぁかっこよすぎ」


アンデの車は、軍でも多用されているSUVモデル。

大型で車高があり、悪路でも走行可能なパワフルな車だ。


クラッチを踏み、シフトレバーを入れ、発車する。


今日は休みを合わせて、一日ドライブだ。



「天気よくてよかったね、ドライブ日和」


窓から入る風が、ヴァイラの髪をなびかせる。


「ドライブなんていつぶりだろ」

「おまえ、免許は?」

「持ってない。

一瞬取ろうとしたことあるけど、まじで無理で、あきらめた」

「そんなにか?」

「前向いて走り続けるのが無理。絶対よそ見しちゃってさ」

「ああ……」


確かに、ヴァイラはしょっちゅう視線を違うところに向けている。


「ラジオ、かけるか」

「かけてー」


ラジオからは、流行りの曲が流れてくる。

ヴァイラは早速曲にノリながら歌い出した。


真横でヴァイラのコンサートを聞いている気分。

原曲の歌手にも負けない、ヴァイラの美声。


流行りのポップスはもちろん、男らしいロックも、女性歌手の曲までも、ヴァイラは強く、また美しく歌い上げる。


ライブでも聞いたことのない彼の歌を隣で聴けるなんて、他の誰にも経験できないドライブだ。


「アンデも歌ってよ。ハモるから」

「歌えない」

「えー?この曲知らない?おれもライブで歌ったことあるじゃん」

「おまえの曲しか、覚えてない」

「えぇ……喜んでいいのかなんというか……」

「おまえ、全部曲知ってるのか」

「そりゃあ、どんな曲が人気なのかリサーチすることだって大事だよ。それにライブで歌う曲も、最新でみんなが知ってるの取り入れていかないと」

「なるほど。

……本物って、すげぇな」


隣のヴァイラをちらりと見ると、彼はアンデをじっと見つめながら笑顔を隠しきれないでいた。


「かなり高い声まで出るんだな」

「出るよ。ファルセット」

「声が変幻自在だと思ってた」

「そうなんですよ〜〜」


高い裏声で答えるヴァイラ。

今日の彼は、ほとんど初めて見るくらい陽気だ。


ライブや、夜を過ごすときは妖艶な雰囲気が漂うし、朝は気絶するように眠っているし、昼前に起きれば気だるそうな顔。

日中の彼の姿を見たのは、実は初めてかもしれない。


「おまえ、今日明るいな」

「だってーテンション上がるじゃん、めっちゃ楽しみにしてたんだから。

アンデがいつもと変わらなすぎ」

「ちゃんと楽しみにしてた」

「ほんと?」

「楽しみじゃないことに、わざわざ車出すかよ」

「アンデってそういう言い方するよね、直接言わないやつ。難しいわぁ」


今日は元気なヴァイラが、歌ったり喋ったり、車内は常に賑やかだ。


「めっちゃ歌った」

「喉、そんなに使って大丈夫なのか」

「訓練訓練」

「今日のチケット代はいくらだ?」

「今日は、アンデにサービスしてあげる」

「そりゃあいい」

「でもさ、スタジオ行かないと、力いっぱい歌えないから、単純に楽しい」


たしかに、アパートでこの声量は出せないだろう。

スタジオが開いていないときにヴァイラをこうやって外に連れ出すのも、いいかもしれない。


「てか聞いて。アンデにもらったダンベル、ちゃんと使ってるの。でも全然筋肉つかない」

「軽すぎたか」

「いや十分。すぐギブアップしてる」

「そこを耐えるんだよ」


ツアーに向けた体力づくりのために、アンデが女性用のダンベルをヴァイラにあげたのだ。

あげたときにはなんだか渋っていたが、ちゃんと使ってくれているらしい。


「筋肉できたかなぁ?触ってみてよ」


一生懸命力こぶを作ろうとしているヴァイラの二の腕に、手をかけた。


「たしかに太くならんな」

「いや、太くなりたくはないけど」

「どれだけ訓練しても、筋繊維が太くならない体質ってのはある。

でも硬さはあるから、ちょっとは成果出てるんじゃないか」

「ほんと?

アンデってさ、何キロのダンベル使ってんの?」

「40くらいまでいける」

「うっそ、まじ」

「ベンチプレスは130キロ」

「嘘でしょ?」

「だから、おまえを背負うのは余裕だったろ」

「あー」

「訓練でも40キロくらいの背嚢しょって行動するしな」

「聞いただけで倒れそう」


大げさに、シートにぐったりとしてみせるヴァイラ。


「おまえはとりあえず、ステージで倒れるかもと俺に心配させない体になれ」

「それ心配してんのアンデだけ。

別にステージでフラフラすることないよ、おれ」

「帰ったら抜け殻みたいだろうが」

「ステージで全力出し切るの」

「ちゃんと食えよ、ツアー中」

「アンデってめっちゃおせっかいだよね」

「心配かけんなよ」

「心配しすぎ」


ヴァイラに立て続けに返されて、ついにアンデは言葉を切った。


ヴァイラは勝ちを悟ったのか、アンデに向けて笑みを浮かべる。



「アンデの二の腕」


唐突に、二の腕を掴んでくるヴァイラ。


「ふっとぉ。半周しかできない」


ヴァイラの前に腕をだして、ぐっと拳を握り、前腕の筋肉を盛り上がらせてみた。


かぷり、ヴァイラに甘咬みされる。

そのまま、手の指から腕にかけて、何回もキスを落とされた。

手を引っ込め際に、ヴァイラの頬を軽く指で摘んでやった。


「もぉ、アンデ」


急に甘えモードの声になったヴァイラが、かわいい。


ヴァイラの頬にちょっかいをかけていると、ヴァイラがアンデの手に重ねてきた。

しばらく道なり、シフトチェンジの心配はない。

そのまま、二人の手を絡ませ合っていた。


✶⋆∘༓∘⋆✶


一時間ほど走った辺りで、一旦休憩を入れる。

ドライブイン付きの展望台で、家族連れが多く見られた。


「コーヒー買ってくる。おまえもいるか」

「おれも行く」


車を降りて、売店へと歩く。

ヴァイラが腕を取ってくるが、少し周囲の目が気になった。


「――人が多すぎる」

「いいの」

「一般人の評判を、もう少し気にしたほうがいい。

人気商売は、一旦そっぽ向かれたら終わりだぞ」

「向きたいやつは、向けばいいんだよ。

おれはそんな奴らに迎合したくない」

「理想はな。

……現実は、そう甘くないぞ。

おまえより長く生きてるから、言っとく。

少なくとも今は大事な時期だ。理想は売れてから考えろ」


する、とヴァイラの手がアンデの腕から抜けた。


ヴァイラの横顔を見ると、明らかに機嫌が落ちている。

だが、仕方がない。


世間の人というのは、なかなか人前に出る者に寛容ではない。

悪口を言ったら処刑されるような時代ならともかく、そうでない現代では、王室批判だって珍しくないし軍だって平和主義者とやらに槍玉に上げられる。

王室や軍といった大きな組織は崩れることはないが、いちアーティストでは観客に聴かれなくなったらたちまちお手上げだ。


ヴァイラの思いは分かるが、現実も分かってもらって、上手に泳いでいってもらうしかない。


「コーヒーでいいか?」

「コーヒー飲めない」

「じゃあ、カフェオレ」

「うん」


二人の分を買って、ヴァイラにカフェオレを渡す。


売店を出て、車の正面にもたれて遠く続く丘陵を眺めながら、コーヒーを味わった。


なんとなく頬を膨らませているような顔のヴァイラの肩に腕を回すように、車のボンネットに腕を置いた。

頭から突っ込んで駐車しているから、こちら側は他人の視線からは外れる方向。


気づいたヴァイラが、ちらちらとアンデを見上げてくる。


ちょっとずつアンデの方に寄ってきて、アンデの肩にもたれてきた。


「……こういう景色、久しぶり」

「もう、都会が長いんだったか」

「ん、出てきて5年位、一回も帰ってない。

……アンデよくそんな苦いの飲めるね?」

「コーヒーが多いな」

「おれは紅茶派かなー」


ヴァイラが、アンデの腰に背後から腕を回してくる。


「この後どこいくの」

「この先の森」

「人いない?」

「いない」

「じゃあ、それまでキス我慢する」


目力でアンデを見据えておいて、ヴァイラは先に車内に戻った。

車内からはやく、と手招きされて、アンデも車に乗り込んだ。



バックで駐車場を出るとき、ヴァイラのシートに腕を置いて後ろを見ながらバックするのがかっこいいといって、ヴァイラの機嫌はすっかり元通りになっていた。


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