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実力S級の俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない 〜定時で帰りたいので、追放してくれてありがとう〜  作者: U3
第1章:追放・バズり・ざまぁ編

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8/15

第8話 疑惑と炎上

 インターネットという海は、一夜にして荒れ狂う嵐へと変わることがある。

 カイトたち『閃光の剣』による涙の告発配信は、まさにその引き金となった。


 巨大匿名掲示板『ダンジョンちゃんねる』。

 そこでは現在、二つの正義が正面から衝突し、泥沼の戦争状態に突入していた。


★★★★★★★★★★★


【D-Tube】探索者総合スレ 1850層目【泥棒疑惑】


 1: 名無しの探索者

 カイトの配信見たか?

 マジならあのおっさん、とんでもねえクズだな。


 2: 名無しの探索者

 装備持ち逃げして、そのアイテムで無双動画捏造とか……。

 人間の屑すぎて引くわ。


 3: 名無しの探索者

 >>2

 でも待てよ。

 カイトの話、矛盾してね?

 「強制排除爆弾」みたいなアイテムを使ったって言ってたけど、動画のスロー再生見ても爆発なんかしてないぞ。

 どう見ても斬撃だろ。


 4: 名無しの探索者

 >>3

 お前は騙されてるんだよ。

 最新の魔導具なら、衝撃波を見えなくすることくらいできる。

 F級ごときがミノタウロスを斬れるわけないだろ。常識で考えろ。


 5: 名無しの探索者

 高橋すず様は「本物だ」って言ってたぞ。

 俺はすず様を信じる。


 6: カイト親衛隊

 すずは洗脳されてるんだよ!

 もしくは、あのおっさんと裏で繋がってるんだ!

 カイトくんたちの涙を見ても何とも思わないのかよ!

 あんなにボロボロになって……許せない!


 7: 名無しの特定班

 おっさんの住所特定まだ?

 練馬区周辺って情報は出てるけど。


 8: 名無しの探索者

 特定してどうする気だよ。

 凸る気か? やめとけ、相手が本物だったら殺されるぞ。


 9: カイト親衛隊

 >>8

 本物なわけないだろwww

 ただのコソ泥だよ。

 俺たちで正義の鉄槌を下してやる。


★★★★★★★★★★★


 カイトたちの演技に騙された信者たちが暴徒化しつつある。

 この状況を危惧したトップランカー、高橋すずは自身の公式SNSを更新した。


『高橋すず @suzu_edge

 憶測で他人を攻撃するのはやめてください。私は自分の目で見た「技術」を信じています。彼が泥棒かどうかは知りませんが、あの剣技は盗んだアイテムで再現できるものではありません。冷静になってください』


 彼女なりの精一杯の擁護だった。

 しかし、火に油を注ぐ結果となった。


『すずちゃん見損なった』

『犯罪者を庇うんですか?』

『失望しました。ファン辞めます』


 リプライ欄は阿鼻叫喚の嵐。

 世論は「カイト=被害者」「悠作=悪の犯罪者」という構図に傾きつつあった。


★★★★★★★★★★★


 翌朝。午前8時。

 そんなネット上の大炎上など露知らず、鈴木悠作はアパートの玄関で靴紐を結んでいた。


「……ふわぁ。よく寝た」


 昨晩は純子からもらった高級弁当と、茜に買わされた五右衛門との喧嘩で疲れて、泥のように眠った。

 今日からまた、地道に稼がなければならない。

 背中には1000万円の借金があるのだ。


「行くぞ、五右衛門」

『へいへい。旦那、今日はどこ行くんで? 高級寿司屋?』

「ダンジョンだ。浅い階層で小銭稼ぎだよ」


 俺は背中の風呂敷を叩き、部屋を出た。

 今日の目的は、昨日の騒ぎを避けるため、人気のないマイナーなエリアでの素材採取だ。

 東京大迷宮の入り口ではなく、隣県にある「埼玉のダンジョン」へ向かうことにした。

 あそこならF級やE級しかいないし、マスコミもいないだろう。


★★★★★★★★★★★


 埼玉ダンジョン、地下3階層。

 ここは「初心者の森」と呼ばれる、低レベルモンスターが生息するエリアだ。

 木漏れ日が差し込む静かな森の中を、俺は散歩気分で歩いていた。


『旦那ァ、ここショボすぎやしませんか? 魔素が薄くて息苦しいでヤンス』

「文句言うな。借金返すまでは質素倹約だ」


 五右衛門がブツブツ言っているが無視する。

 周囲にはスライムやゴブリンの気配があるが、俺が少し殺気を放つと、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 平和だ。

 昨日のミノタウロス戦が嘘のような静けさだ。


「……ん?」


 ふと、茂みの奥から微かな鳴き声が聞こえた。

 獣の唸り声ではない。

 もっと弱々しい、命が消えかかっているような声だ。


「クゥ……クゥーン……」


 俺は茂みをかき分けた。

 そこには、一匹の巨大な狼――「シルバーウルフ」の死骸が横たわっていた。

 腹を何かのモンスターに食い破られたのだろう。すでに事切れて冷たくなっている。

 そして、その腹の下に、小さな毛玉が震えていた。


「……犬か?」


 俺は屈み込み、その毛玉を摘み上げた。

 体長30センチほど。真っ白な毛並みに、少し青みがかった瞳。

 見た目は完全にシベリアンハスキーの子犬だ。


『……旦那、正気でヤンスか? これは犬じゃねえでヤンスよ』


 五右衛門が呆れた声を出す。


『こいつはフェンリル……しかも王種の幼体でヤンス。将来はドラゴンをも喰い殺す、災害級の魔獣になる器でヤンスよ』


「フェンリル? 冗談だろ。こんな可愛い顔してるのに」


 俺が指で鼻先を撫でると、子犬は俺の指を甘噛みしてきた。

 確かに牙は鋭いが、じゃれついているだけだ。

 尻尾をパタパタと振っている。


『騙されちゃいけねえ! こいつの魔力、すでにこの階層のボスを超えて……』

「よし、今日からお前は『ポチ』だ」

『聞いてねえ!!』


 俺は五右衛門の警告を一蹴した。

 親を失った子供を見捨てるほど、俺は冷血じゃない。

 それに、借金生活の荒んだ心には、こういう癒やしが必要だ。

 魔獣だろうが犬だろうが、躾ければいいだけの話だ。


「帰るぞ、ポチ。家には美味い角煮の余りがあるからな」

「ワフッ!」


 ポチは嬉しそうに吠え、俺の肩によじ登ってきた。

 軽い。

 俺は新しい家族を連れて、早々にダンジョンを後にした。

 このポチが、後に「冥府の番犬」として探索者たちに恐れられる存在になるとは、飼い主の俺もまだ知らなかった。


★★★★★★★★★★★


 深夜2時。

 悠作のアパート『ひまわり荘』周辺。

 昼間の喧騒が嘘のように静まり返った住宅街に、数人の人影が忍び寄っていた。


 黒いパーカーを目深に被り、手にはスプレー缶や石を持っている。

 彼らはネット掲示板で集まった、カイトの熱狂的な信者たちだ。

 通称『カイト親衛隊』。

 ネットの特定班が割り出した住所を頼りに、悠作への「正義の鉄槌」を行いに来たのである。


「……ここだな。203号室」

「汚ねえアパートだな。泥棒の住処にふさわしいぜ」

「おい、カメラ回せよ。証拠動画撮ってアップしてやる」


 リーダー格の男が、スプレー缶を振る。

 カチャカチャという音が、静寂に響く。

 彼らの目は、歪んだ正義感で血走っていた。

 犯罪行為をしているという自覚はない。彼らにとってこれは、悪を懲らしめる聖戦なのだ。


「ドアに『泥棒』って書いてやる。あと窓ガラスも割って……」


 男が階段を上り、悠作の部屋のドアに近づく。

 スプレーのノズルを向け、噴射しようとしたその時。


 シュッ。


 空気を裂くような、短い音がした。


「あ?」


 男の手元で、スプレー缶が弾け飛んだ。

 中身の赤い塗料が爆発し、男の顔と服を真っ赤に染める。


「うわっ!? な、なんだ!?」

「何が起きた!?」


 仲間たちが動揺する。

 スプレー缶が勝手に破裂したのか?

 いや、違う。

 地面に転がったスプレー缶には、何かが貫通したような穴が開いていた。


「……っ!?」


 リーダーの男が、遅れて激痛を感じて手首を押さえる。

 骨が砕かれたような衝撃。


 シュッ。シュッ。


 再び音が響く。

 今度は、石を持っていた別の男の足元のアスファルトが弾けた。

 火花が散る。


「ひっ……!」


 彼らは気づいた。

 狙われている。

 どこか遠くから、誰かが自分たちを撃っている。

 銃声はない。マズルフラッシュも見えない。

 ただ、目に見えない弾丸だけが、正確に自分たちの急所の数センチ横を掠めていく。


「誰だ! 出てこい!」

「警察か!? いや、警察がいきなり撃つわけ……」


 シュッ。

 三発目。

 リーダーの男のパーカーのフードが、何かに引っ張られるように弾け飛び、壁に縫い付けられた。

 そこには、黒い小さな弾丸がめり込んでいた。

 ただのゴム弾だ。

 だが、その威力はコンクリートを抉るほどだった。


 これが頭に当たっていたら。

 男たちの顔から血の気が引いていく。


「ひ、ヒィッ!!」

「殺される! 逃げろ!」

「バケモンだ! 誰もいないのに!」


 親衛隊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 正義感など一瞬で消え失せ、あるのは根源的な恐怖のみ。

 彼らは二度と、このアパートに近づこうとは思わないだろう。


★★★★★★★★★★★


 アパートから500メートル離れた、雑居ビルの屋上。

 夜風に黒髪をなびかせながら、一人の少女がスコープから目を離した。


 山口純子。

 手には、彼女の身長ほどもある巨大な対物魔導ライフル『ブラック・ウィドウ』が握られている。

 銃身には消音術式と、発砲炎を完全に隠蔽する魔法が施されている。


「……ふぅ。駆除完了」


 彼女は慣れた手付きでボルトを引き、空薬莢を排出する。

 その顔は、コンビニで見せる愛くるしい笑顔ではなく、氷のように冷徹な無表情だった。


「店長の睡眠を妨害する害虫は、これくらいで十分でしょう。……本当なら頭を吹き飛ばしてもよかったんですけど、死体が出ると店長が迷惑しますからね」


 純子はライフルを分解し、足元のハードケースに手際よく収納していく。

 彼女は今夜、シフトが入っていない。

 ただ自主的に、推しの住環境を守るために、こうして見張っていただけだ。


「カイト……。貴方の信者も随分と質が悪いですね。次は、貴方自身の番ですよ?」


 純子は夜空に向かって、楽しそうに微笑んだ。

 その瞳には、歪んだ愛情と殺意が妖しく渦巻いていた。


★★★★★★★★★★★


 翌朝。午前7時。

 鈴木悠作は、小鳥のさえずりと、腹部に感じる強烈な圧迫感で目を覚ました。


「……ぐ、ぅ……?」


 息ができない。

 金縛りか? それとも敵の襲撃か?

 俺は薄目を開けて、自分の腹の上を見た。


 そこには、新しい家族であるポチが、幸せそうに丸くなって寝ていた。

 体長わずか30センチほどの、白い毛玉だ。

 しかし、その質量感は異常だった。


「……おもっ」


 思わず声が出る。

 俺は普段、80キロ近い荷物を「羽毛のように」軽々と背負ってダンジョンを走り回っている。

 その俺が、明確に「重い」と感じているのだ。

 この子犬、見た目は可愛らしいが、中身は鉛か劣化ウランで出来ているんじゃないか?

 

「……こいつ、もしかして体重100キロくらいあるんじゃないか?」


 俺が呻くと、枕元の五右衛門がニヤニヤと笑った。


『旦那ァ、甘いでヤンスよ。フェンリルの幼体は魔力密度が高すぎて、質量がバグってるでヤンス。推定200キロはあるでヤンスね』

「200キロ……?」


 俺は冷や汗を流した。

 普通の人間なら内臓破裂で即死コースだ。

 俺だから「ちょっと苦しいな」で済んでいるが、これは危険すぎる。


「おい、ポチ。起きろ。……内臓が出る」


 俺が苦し紛れに体を揺すると、ポチは「くぅ?」と寝ぼけた声を上げ、俺の腹を蹴って飛び退いた。

 ドンッ、とアパートの床が大きく沈み込み、ミシミシと悲鳴を上げる。

 やはり、ただの犬ではないらしい。


「……こいつを肩に乗せて歩くのは、いい筋トレになりそうだな」


 俺は腹をさすりながら起き上がり、ゴミ出しのために部屋を出た。


 ドアを開けると、廊下に妙なものが落ちていた。

 中身が飛び散ってベコベコになったスプレー缶と、壁にめり込んだ黒いゴムの塊。


「ん? なんだこれ」


 俺はスプレー缶を拾い上げる。

 赤い塗料がこびりついている。


「誰だよ、こんなところにゴミ捨てたのは。マナーがなってないな」


 俺は首を傾げながら、それを燃えないゴミの袋に入れた。

 昨晩、自分のドアの前で『正義の鉄槌』と『見えざる狙撃手』の攻防があったことなど、露ほども知らない。

 壁にめり込んだゴム弾についても、「子供のパチンコか?」程度にしか思わなかった。


「さて、今日はポチの餌代も稼がないとな」


 俺はゴミ袋を提げて、階段を降りていく。

 今日もまた、ネットは大炎上し、純子は裏で暗躍し、ヒロインたちが俺を探して走り回る一日が始まる。

 平和な日常は、まだ辛うじて保たれていた。

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