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EP64 隣の救世主

だんだん暑くなってきましたな

 良く考えて正しく判断する、勿論当たり前の事だが、そんな事をしている間も聖域と呼ばれている建物の中には人の気配が多く残っている。

が、其れ等は様子を見ているのか何か別の事をしているのか、雨宮達銀河旅団がΩウィルスについての対策を立てている間も、クロスチャーチルにコレといった動きは無い。


 「俺は感染していないんだがなぁ・・・。」


 「私もだょ?」


 ロペと雨宮の二人は特にコレといった対策をしていた訳でも無いのだが、感染せずその周りに居るほぼ全てのクルー達がウィルスに感染し、軍として動きがとれないで居る。数人の眷属クルーが自らの肉体を材料に様々な症状を確認し、空気感染では無く銀河旅団、雨宮の作ったリンクシステムの脆弱性を軽々と突破し、何故か(・・・)サーバーに感染するという通常では理解出来ない状況に陥っていた。


 「しかしなんなんだこのウィルスは、身体には何の影響も無いのに、精神生命体に感染するとかどういう事なんだ?」


 ロペも事態を把握するには情報が足りないと思いながらも、その場に座り込み首を捻りながら今迄に判っている事を整理する。


 「うーん。空気感染してぇ、電子顕微鏡で目視できてぇ、肉体を素通りしてぇ、エーテルサーキットも素通りしてぇ、精神生命体に感染してぇ・・・暴走する?」


 「何が?」


 「・・・精神生命体・・・魂?」


 「どぉ言う事だってばよー?」


 「何だろうねぇ?魂に悪影響を及ぼしているのはアナライズでもスキャンでも判るんだけど、反転進化・・・だっけ?その言葉だけだとウチの娘達何かに進化しちゃうのかなぁ?」


 雨宮は頭の中でナノマシンをフル回転させ、眷属達の進化についての情報を見直していた。リンクが復活した事で、ラピス内部で起こった事や話し合われた事等、全ての情報が共有されている。


 「それは多分出来ないと思うんだがなぁ・・・。」


 「え?どぉして?」


 「眷属の進化は俺が意図的に出来ない様に作ってあるから。変な進化をしたら目も当てられないだろ?一応ナノマシンは完全にコントロール出来ているとはいえ、俺の認識の範囲外で謎の存在が生まれる事も考えられるし、普通の進化プロセスだと間違いなく不可逆だし、そのプロセスを無視して新しい流れを作り出したのが、眷属だぞ。意図して成りたい者になれる、そういう風にしてあるが・・・。」


 雨宮は自由進化を意図的に止めている理由として、敵対する可能性がある事をロペに伝えるとロペの隣に腰を下ろし、ぎこちない動きをしながらゆっくりと雨宮の方へと向かって進んでくる眷属達の方を見る。


 「怖いからなぁ・・・。」


 「そだねぇ。」


 雨宮は殆ど他人を信用しない。自分が創り出し、コントロールを奪う事さえ出来る存在であっても、それのスタンスは変えられなかった。

ある種潔癖とも言えるその心の中は、複雑怪奇に入り組み、自分自身でもどうにもならない程に捻くれている。

信じる、信じたフリをするというのは誰にでも出来る、だが疑うというのは誰にでも出来る事では無い。特に人間は。

無意識に楽な方に、試行回数が少なくて済むストレスのない方へと無自覚に進んでしまう、そう言う生き物だ。

其処を意志という理性で捻じ曲げ自らでコントロールする、流れに逆らう事を是とする行為、それが判断。

しかしその判断一つで全ては変わる、雨宮の意図する方向であれそうで無い方であれ、精査し選び取り続ける事を雨宮は人生だとそう考えている。

そうであるが故に、自らの望まない未来を選ぶ人間が怖い、雨宮も又臆病さを抱えている、だからこそ全てを自らの手でコントロールする方を雨宮は自らの判断で選んだのだが、現実はそう踏み切れるものでは無かった、今迄そうなる可能性がある事を考えながらも、結局自由意志を残している、と言うより心の部分、精神生命体に関わる部分には手を付けられないで居た。

 何が起こるか判らないのは有るが、精神生命体とは純粋な情報の塊と言い換えても問題ない存在でもあり、その中の情報の一つがふとした拍子に書き換わってしまうと、それだけで別人に変わってしまう事もある。雨宮にはある程度その変化についての予想は出来ているが、そうなってしまった後雨宮という存在について否定的に成られてしまうのが雨宮には怖かったのだ。


 雨宮の中の奥底に有る深い場所ではそうなってしまった相手に対して、どういう行動を取るか昔々から決して変わらない、それこそ雨宮、超高密度精神生命体と言っても差し支えない程、濃密な存在となる程の何かが過去に経験した何か、流動的で有るとされている精神が固定化されてしまう程の何かが、雨宮のその選択肢を排除し、それに対しての行動を確定させている。


 間違いなく裏切られると殺してしまう。


 雨宮の根底となる何かは、その答えを否定しない。


 「今は待っていられそうだから待とう?向こうも動かないみたいだし。」


 ロペはそっと雨宮の手に自分の手を重ね、その触れた手から何かが流れ込むのを感じた。


 (!!!!!)


 ロペの忘れていた雨宮・・・雨宮では無い別の存在。しかしそれは雨宮でも在って今の雨宮とは全く異なると言っても過言では無い存在。

ロペの開いた目から見える景色とは違う、脳裏に直接映る雨宮の認識していない情報。それはロペの中に在って、鍵の掛かっていた引き出しの一つ。

遠い、遠い、遙か昔の雨宮銀河。


ーーーーーーーーーー


??


 アスファルトの道路に横たわる男の頭を膝に乗せ、止めどなく流れる涙を拭う事も出来ず、声が枯れる程の絶望が、響く事も無く激しい雨音にかき消され呑み込まれる。


 必死に呼びかける声も虚しく、男の身体には生ける者の意思が通わず、只打ち付ける雨を受け止めるだけ。


ーーーーーーーーーー


 (あ・・・あ・・・。)


 知らず知らずのうちにロペの頬を伝う熱い涙の跡は雨宮には分からず、ロペ自身も強烈に湧き上がる衝動を、歯を噛みしめて堪える事しか出来なかった。


 ロペは脳の至る所を電撃が奔るかの様な衝撃を感じ、視界は一瞬目映い星々に呑み込まれたかの様に明転しホワイトアウトする、記憶の彼方と今が繋がった時ロペは自分が失敗をした事に気が付いた。しかしそのことに雨宮が気付く事は無い。


 (・・・何故・・・。)


 「ロペ?」


 「・・・。」


 雨宮の問いかけに反応する事も出来ず、表情の見えない顔を漸く持ち上げる事で、話を聞いていると言う事だけは判ってもらえただろうか。


 (どうして今此処に貴方がいるの・・・?)


 ロペの思考にナノマシンは反応せず、雨宮に伝わる事も無いその想いは、深く押し込められ奥底へと仕舞われる事になった。


 (何処で間違えたのかな・・・。)


 「おーい。」


 「銀河きゅんΩウィルスのデータ貸して?」


 「いやしかし今は・・・。」


 「良いから。」


 「お?おぅ?」


 眷属リンクからΩウィルスに関する詳細なデータが送られ、ロペはそれを軽く流し確認した後、ゆっくりと立ち上がる。


 「銀河きゅんはまだまだだねぇ・・・?」


 「う、・・・うーむ?そうだな?」


 ロペは一時的にナノマシンの力を解放し、周辺に居る眷属クルーへと新しいデータを持たせたナノマシンを配布し、雨宮の手を取って立ち上がらせた。

眷属達は何かに気付いたのか、手足を振って確認し、自分の身体のコントロールが戻っている事に気が付いたようだった。


 「いこ?あぁ、サングラスの人は殺したり分解したら駄目だよ?」


 「???そう言う奴がいるのか???」


 「そゆこと。」


ーーーーーーーーーー


聖域と呼ばれた建物


 (外では何が起こっているのだろうか、こうやって此処に閉じ込められてからどの位時間が経ったかも分からん。ユー・・・。お前は一体何処に居るんだ。俺を殺し損ねた事は分かっているはず・・・。)


 男は両手を天井から垂らされた鎖で縛られ、両目を布で覆い隠されたままで両足の腱を切られている。立ち上がる事も出来ず、只ぶら下げられたままで数年、生命維持を優先させてきた魔力も間もなく尽きようとしている。


 「カカッ、団長殿!お仕事の時間だぜ!」


 「なにぃ?」


 完全に光を遮断する布のせいで、開かれた扉から差し込む光は感じ取れ無いが、唯一動く口は挑発を忘れない。声や雰囲気から漂う小者臭は男の立場からは聞こえるだけで神経を逆撫でされている様で、無意識に険のある返事になってしまう。


 「ふん、まあ良い、さっさと足を治せ。」


 「そりゃ無理ってもんだ!俺にゃ出来ねぇ!」


 勢いの有る喋りであっさりと否定する小者の方へと首を向ける事もせず、揶揄からかいに来ただけかと生命維持優先へと意識を切り替えようとするが、小者はそれをさせず、彼の頭から薄いグリーンの液体をドバドバとかけ流す。


 (このヒリ付く液体は・・・。まさか偽聖水(ぎせいすい)か!)


 以前教会王国の一部貴族が、戦争の為に開発したとされている液体改造兵器、偽聖水。

男はその効果の程を知っている。


 (んぅ”ぅ”ぅ”ぅ”ぅ”ぅ”ぅ”ぅ”ぅ”ぅ”ぅ”!!!)


 じゅわじゅわと男の身体が酸性の液体と炭酸水を混ぜた音が混ざった様な音を立てながら、徐々に崩れていく。

せめて情け無い声は上げるまいと口元を引き締め奥歯を必死に噛みしめた男は、それでも筋肉の収縮によりこみ上げてくる音は止められない。


 (ピュリア・・・様・・・。)


ーーーーーーーーー


聖域前


 ロペは雨宮から受け取ったデータを軽く弄り、表示させたARモニターをさっと叩くとあっという間に表示を消し、頭を掻いた。


 「ふ~ぅん・・・。」


 「なんだ・・・?どうしたんだ?」


 (なんなんだ今のは・・・。アレは誰だ・・・。)


 ロペの脳裏に焼き付いていたフラッシュバックは、何故か雨宮にも見えていた様で、未知の領域から突如滝の様に押し寄せる情報に混乱し、涙を流すロペに時を奪われた。


 (変にあれこれ問うのはなんか違うなぁ。確かに気にはなるけど・・・。)


 僅かな間を置いて冷静さを取り戻した雨宮は、先ほどの出来事を整理して考え直すが、何処をどう探そうとも今の雨宮にはその情報を明確にする為の断片は見つからず、分からない、の一言で片付けるしか無かった。


 「ねぇ銀河きゅん。」


 「ん?」


 「何にも聞いてこないんだね?」


 「しょうがねぇだろ。俺にはわかんねぇからな。」


 「それもそうかぁ。」


 「・・・、言いたくなったら言えば良いんじゃねーの。」


 何はともあれ現場の混乱は徐々に収まり、雨宮とロペを中心にいつの間にか出来てい車座は、二人の何とも言えない空気感すらナノマシンによって伝播し、声を掛けられないが取り敢えず観ていると言った不思議な空間を作り出していた。


 「むぅ・・・。でも諦めてないもん。」


 「何か分からんが、良いと思うぞ。」


 ロペが何かの決意をした所で、クルー全員のメディカルチェックが終了し改めてクルー達から疑問の声が上がる。


 「銀河様先ほどまでの出来事は一体何だったのですか?」


 当然の質問と言えば当然だ、だが雨宮にも事態の詳細は分からず、それを知っているらしいロペは話す必要が無いとばかりに周囲をぐるりと見渡し、(せわ)しなく手元を動かし、端末に無いの情報を見直している様だ。先ほどの事が有ってから人が変わったかの様な印象が残る彼女だが、時々ぼーっと雨宮を見つめていたり、周りの状況を細かく確認していたり、まるで雨宮が初めてこの世界にやって来たときのように気持ちが一段も二段も上がり上擦っている様に見える。


 「皆も知っての通りだよ、Ωウィルスだ。だがそれはもう解決した・・・。一休みしたら中に入ろう。」


 「しかし・・・いえ、分かりました。」


 彼女も此処でごねるつもりは無いのか、雨宮から事態が収拾したと言う事だけ聞くことが出来た事で良しとし、自らの部隊へと戻っていく。

結局独房ユニットへと閉じ込めた一般クルー達も元に戻って居るのだが雨宮はそれを忘れている。


 「ピュリア。」


 「んぅ?」


 ライの側に座り込みあくびをかみ殺していたピュリアは、雨宮に急に呼ばれ無理な体勢で振り向くと同時に首の辺りから妙な音が鳴り、ゴトリと視界が暗転する。


 「「「「「「「「「「・・・え?」」」」」」」」」」


 一瞬雨宮もギョッとした顔をしたものの、良く考えてみれば彼女は完全なロボットで有る事を思い出す。と言うより具体的には人型兵器なのだが。


 「おい無理な動きをするなよ・・・。首のフレームが折れてるじゃねーか・・・、いくらロボとは言え普通の人間の首は二百度とか回らんのだぞ?」


 コレが仮にハイパーヒューマノイド、若しくは普通の人間だったら安全装置でも働きそうなものだが、元々そんな動きが出来る様なプログラムなど作る事など無い。

只単に壊れるだけの動きをプログラムする程、雨宮は暇では無いのだ。


 理由は不明だが人格が存在しているせいで、プログラムされたOSではしない様な動きもしてしまう事が有り、稼働許容範囲を軽く超えてしまう事も暫し起こり、ピュリアはハンガー内で壊れたおもちゃの様な姿で転がっている事も有ったりする。先日雨宮は両肩の関節が外れ、内部のエネルギー循環チューブが伸びきった状態で床に落ちた腕をどうしようかと眺めている所を発見している。そんな事が有る度に誰も居ない所で変な動きをするなと注意はするものの、恐らく彼女のニュートラルな感性が人間の時のままで有るが為に、むず痒さや違和感を感じてその解消の為に何かをしようとしていたのだろうと考えられている。


 「目の前が真っ暗だよー。」


 「メインカメラにエネルギーが回ってないからに決まってるだろ。よくしゃべれるなその状態で。」


 「一本だけ繋がったままのチューブは発声装置にも繋がっているようですね。」


 ライはピュリアの頭を元通りに付け直し、ナノマシンで再生を行い可動域のチェックを行う。


 「勢いが有りすぎるんだよー。」


 「普通そんな勢いで首を動かしたり出来ないんだ・・・よ?」


 そこでふと雨宮は何かを思い出した様で、ピュリアをスキャンして観るが、特に雨宮が考えていた様な異常は見られなかった。


 「アホなだけか・・・。」


 「あほっていうなー!」


 「まぁ良い。今此処で改良しても良いが、何か有ったら困るし後でな。」


 「もー。」


 「ってそうじゃない。ナノマシンで中の様子を探ってみたんだが、知ってる奴がいるか確認してくれって言おうと思っていたんだよ。」


 雨宮はナノマシンリンクでピュリアに映像を送り、暫く経ったのちゆっくりピュリアの首か横に傾いていく。

どうやら知り合いと思われる存在は確認出来なかったらしく、雨宮は先ほどのロペの言葉の事を一緒くたに考えるのをやめておく方が良いかと少し考えを修正した。


 「知らない人ばっかりだよ?ガーフィー居ないねぇ?」


 「あぁ、サングラスの男か。教祖なんだっけ?」


 「違うよー、ガーフィは騎士団長だよー?」


 「それは昔の話だろ?」


 「それもそうかー。」


 今と昔の違いが少しずつピュリアの中に蓄積されている様だが、今のクロスチャーチルはどうやら形だけの存在らしく、旧世紀に存在していたものとは全くかけ離れていると言う事が判る。そもそもクロスチャーチルとは攻撃の為の軍では無いとピュリアは言う。聖女を守り、聖櫃を守る為に存在する防衛機構の一つだと雨宮達にそう語る彼女は僅かに瞳を曇らせたようにも見え、人の目に似せて作られたそのメインカメラは雨宮を見ている様で見ていない、どこか別の場所を観ているようにも雨宮には思えた。


 「聖女はここに居るしぃ、聖櫃もラピスに置いて有るままだょ?」


 「え!?聖櫃有るの!?」


 「あれ?ピュリアたん知らなかったっけ?」


 「俺は神域に置いてきたもんだと思ってた。」


 「あんな危険なもの置いておけないよぉ。」


 「危険なのか?」


 此処で初めて雨宮はクロスチャーチルが何故存在しているのかを知り、何故歴史から一度消えたのかを知る事に成った。


 「何処から話したら良いかなぁ。」


 クロスチャーチルの役割はピュリアが話した通りではある、しかしロペの口から語られた者は更にその情報を深く掘り下げたものだった。


 「聖女を産み出す聖櫃と、逆さの十字、その二つを守って月からの侵略を防ぐ・・・それがクロスチャーチルの本当の役割。それを知っているのは恐らく今はそのガフィア・マーフィーだけだろうね、騎士団長には必ず伝えられるから、運営方針とか有るし。」


 ロペはピュリアを近くに呼び、改めてスキャン・・・では無くアナライズの魔法でその魂の奥底の情報を読み取っている様だ。


 「銀河きゅん、この件が終わったらこの子を人間に戻してあげて欲しいなぁ。」


 「わかった。」


 「ロペさん、逆さ十字の話は聞いた事無いよー?」


 「ん?あぁ。言わなかったんだね、きっと。」


 逆さ十字とはクロスチャーチルのエンブレムであると共に、聖女の加護を受けた彼らの武器でもあった。今の彼らは何処から人数を集めたのか、非常に大所帯であるのはコレまで襲い掛かってきた人数の多さから窺えるが、本来のクロスチャーチルの人数は、僅か数十人なのだという。

 その理由は逆さ十字の数のせいだ。逆さ十字は過去の戦いでその多くが失われ、本当の意味でクロスチャーチルたり得る資格を持つものが、クロスチャーチルとして存在出来なくなっていった。其れ等の騎士達は決して弱くはないが、逆さ十字を持つものとの戦力は天と地程の差があり、それ故に過去のクロスチャーチルは、勢力内外から特別視されていた。

味方に居れば頼もしく、敵に回れば絶望する、そんな時代もあったのだとか。


 「兵器なんだょ、逆さ十字って。只のアクセサリーに見えるけどね。」


 雨宮はクロスチャーチルの屍が積み重ねられた場所をスキャンし、更に周辺一帯を探ってみるが、ロペの言う逆さ十字と思われるものは発見出来なかった。


 「此処には無い様だが・・・。」


 「あー。もしかしたら一個有ったかもしれないけど・・・。」


 ロペは積み重ねられた独房ユニットの一番上を指さし、どうしようかと雨宮を観て苦笑いを向ける。


 「あいつか・・・。」


 この場にウィルスを散蒔いた原因である、過去のクロスチャーチルからやって来たと思われるブリング・ガー・ライト彼の肩書きは第四隊隊長。

本物の逆さ十字を持っていても可笑しくは無い。だが今の彼はウィルスを保持したままだ、このまま解放する・・・必要は無い。


 「ふむ。」


 雨宮はナノマシンを浸透させ、ブリングの身に付けていると思われている物を探してみるが、彼はそれを所持していない様だ。


 「持ってないな。」


 「相当おかしな状態みたいだから、盗られちゃっててもおかしくは無いかなぁ。」


 確かに彼は実質錯乱状態にあると言ってもいい、しかも操られている可能性も捨てきれない。あの状態で操られているのならもう一人同じ様な人間がいる可能性もある、あれほどの能力を持っている人間を操る事など、それ以上の力の持ち主で無ければよほどの事がない限り不可能だろう。


 「でも、余程の事が有ったのではないですか?」


 「そうか、コールドスリープか・・・。」


 眠っている間に何かが有ったとしてもおかしくは無いが、その辺りの情報は今の時点では雨宮には無い。


 「今此処で出来る事はもう無いか。」


 待てど暮らせどこれ以上建物の中からクロスチャーチルが出てくる事が無いと考えた雨宮は、今居るクルー達を改めて再編し突入を決行する。


 「突入パーティ六で行こうか、あぶれた奴はこっちへ来い。」


 突入パーティとは雨宮がダンジョンへと突入するパーティの編成を考える練習をしていた時に、こう言った分け方が有った方が何か役に立つ事が有るかもしれないと、艦隊編成を越えたパーティ編成を暇つぶしに考えていた。しかしこの場に居ない者も勿論多く居る、そう言ったクルー達はこの場で改めて編成し、パーティー単位での行動を取らせ、身軽に動ける事を一番に考えている。


 「銀河きゅん六は多くなぃ?」


 「嫌な予感がする。」


 「お?」


 雨宮の背筋に悪寒にも似た不思議な感覚が奔り、同じ様に異様な感覚を覚えたクルー達が建物の方へと視線を移す。


 (銀河きゅんの第六感はヤバい・・・ずっと前から。)


 「何か分からんが、居るぞ多分。正直もう帰ろうかとちょっと思ってる。」


 「今の銀河君にそう言わしめるのは確かに危険だと思うけど、此処で引くと他にも問題が起こりそうだね?」


 エストも何かを感じ取っているようで、腰の剣に手を当てたままで警戒している。


 「ぎ・銀河きゅん守ってね?」


 「お・おう。」


 別にロペは弱くは無いのだが、以前に比べてやはり感情の起伏が激しくなっていると雨宮は感じ、僅かに動揺しながらも肯定し、編成から漏れた数人と共に聖域内へと歩みを進めていく事になった。


ガフィア・マーフィ 三十一歳 人種 クロスチャーチル教祖?


 旧世紀、宇宙歴八十一年から存在した聖教会王国を守る騎士団、クロスチャーチルの四代目騎士団長。教会王国崩壊後副団長ユーティリー・ナムランの反逆に遭い重傷を負うも生存、傷を癒やす目的で超低温治療装置に入り眠りについた。しかし教会王国の崩壊に伴い、装置の設置されていた施設が半壊、目覚める事の無いコールドスリープ状態に陥る。


 騎士団長であった頃は聖女の騎士として、ピュリア・ナッシュ専属のガーディアンを担っていたが、反乱が起こった際にピュリアを護りきれず死なせてしまう。

自責の念に駆られた彼は、反乱の首謀者であるユーティリー・ナムランを断罪する為に一人反乱軍のアジトへと向かったが返り討ちに遭い瀕死の重傷を負ってしまう。


 宇宙探索者によって彼の眠る装置が発見され、瀕死ながらもコールドスリープ治療は成功しており、傷付いた肉体は無事に再生したが、装置の故障により蘇生措置が不完全なままで行われ、記憶に混乱が生じている.


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