第55話:夕暮れの宮崎、令嬢が受け取ったファーストキス
第5章:【黎明・国崩し編】休み時間トレードと近隣国経済支配の罠
第55話:夕暮れの宮崎、令嬢が受け取ったファーストキス(1998年11月・14歳・中3)
十一月に入り、宮崎の夕暮れは一段と早さを増していた。
十四歳最後の月。
誕生日を目前に控えた放課後、俺はあの古い特別棟の渡り廊下に立ち、茜色から群青色へと移り変わるグラデーションの空を眺めていた。
古い木造の窓枠はがたつき、隙間から入り込む風はすっかり冬の冷たさを孕んでいる。
校庭からは部活動の声が遠く響き、静寂がこの古い廊下を優しく包み込んでいた。
ポケットのPHSが一度だけ短く震え、東京の黒崎さんから、隣国経済の回復に伴う資産の安定と次なる仕込みの完了を告げる暗号ログが滑り込んできた。
すべては計画通り、水面下で強固な土台を築き上げている。
「鈴木君、やはりここにいらっしゃったのね」
背後から、衣擦れの音と共に鈴の鳴るような澄んだ声が響いた。
振り返ると、そこには隣のクラスの橘詩織が、いつものように気高い気品を纏いながら佇んでいた。
「詩織さん。どうしてここが分かったんだい」
「なんとなく、鈴木君の視線が向かう場所が分かってしまったのです。図書室の帰り道、いつもここを通っていらっしゃるでしょう」
彼女は白磁のように透き通るきめ細やかな肌を夕日の名残に染めながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。
違うクラスという壁を越 e、ここ一ヶ月の間に少しずつ言葉を交わしてきた二人の距離が、静かに縮まっていく。
「鈴木君と話していると、いつも胸の奥が不思議と落ち着くのです。名家の娘として周囲に作っている仮面を、すべて解いてしまえるような……」
「俺の前では、ただの詩織さんでいればいいさ。何も背負う必要はないよ」
俺は穏やかに微笑み、彼女の真っ直ぐな瞳を見つめた。
詩織の長い睫毛が細かく震え、普段の自尊心の奥に隠されていた、一人の少女としての強い熱情がその瞳の奥で美しく開花していくのが分かった。
差し込む夕闇の中、彼女の細腰が引き寄せられるように俺のすぐ近くへと傾く。
言葉はもう必要なかった。
互いの吐息が静かに重なり、俺たちはどちらからともなく、ゆっくりと唇を重ね合わせた。
それは、宮崎の古い木造廊下の片隅で交わされた、甘く、自由帳の暗号に込められた彼女の想いを受け止めるようなファーストキスだった。
唇から伝わる彼女の仄かな体温が、冷え込み始めた廊下の空気の中で鮮烈に融けていく。
詩織は驚くほど素直にその身を委ね、重ね合わせた唇を通じて、彼女の胸の奥に秘められていた強い情熱が心地よい熱量となって伝わってきた。
ゆっくりと唇を離すと、西日の残光が消えかけた薄暗がりのなか、彼女の潤んだ瞳が細かく揺れているのが見えた。
名家の令嬢としての高い自尊心はすっかり解き放たれ、ただ一人の少女としての深い安息が、その吐息に混ざって漏れ出ている。
「……鈴木君」
「うん。これからも、君のことは俺が完全に守るよ」
彼女は深く頷き、熱を帯びた手で俺の胸元をそっと握りしめたまま、その余韻を惜しむようにしばらくじっと佇んでいた。
遠ざかっていく彼女の細腰の雅やかなシルエットを見送りながら、俺はポケットのPHSをそっと触った。
誰もが受験や日常の忙しさに追われ、家路を急ぐ秋の夕暮れ。
俺の動かす巨富は一五〇億円の安定を見せ、そしてこの静かな夜の始まりとともに、俺の内に宿る独占欲が、彼女をこの手で守り抜くための確かな一歩を刻み出していた。
(アマテラス・グローバルの総資産:150億円 ※K国経済の微弱な初期回復による含み益)




