第53話:抄録・珈琲の覚醒、ストイックな14歳の深夜
第5章:【黎明・国崩し編】休み時間トレードと近隣国経済支配の罠
第53話:抄録・珈琲の覚醒、ストイックな14歳の深夜(1998年8月・14歳・中3夏休み)
深夜二時。
静まり返った鈴木家の二階で、俺は自室の明かりを落とし、デスクライトの細い光の中だけでパソコンの画面を見つめていた。
開け放した窓からは、昼間の熱気がわずかに残る夜風と共に、遠くで鳴くキリギリスの声がかすかに滑り込んでくる。
階下では、両親がすでに深い眠りについていた。
俺の傍らには、父親の健一が実家でいつも嗜んでいる、深いコクと香りが漂うブラックコーヒーを淹れたマグカップが置かれている。
そっと口に含むと、独特の強い苦味と豊かな香りが脳髄の隅々まで染み渡り、深夜の思考をさらに鋭く覚醒させていく。
前世での四十二年間の重みと、今を生きる十四歳の乾いた時間が、この苦い液体の中で静かに融和していくのを感じていた。
机の上の灰色のPHSが、無音の設定のまま、液晶のバックライトを淡く青く明滅させた。
東京の黒崎さんからの、電脳空間におけるアクセスログの集計と、シンガポール匿名口座の資金動静に関する最終報告が同期された合図だ。
俺はPHSを手に取り、静かに耳元へ当てた。
「黒崎さん、こんな時間にすまない。データの件、確認したよ」
受話器の向こうから、東京の深夜のオフィスでキーボードを叩き続ける黒崎さんの、疲れを感じさせない落ち着いた声が返ってくる。
『雄大さん、お疲れ様です。いえ、この時間の方が世界市場の動きがリアルタイムで追えますから問題ありませんよ。例の欧米メディアへの匿名配信ですが、狙い通りいくつかの大手通信社のデスクで事実上の報道規制というか、慎重論が優勢になり始めています』
「それでいいんだ。彼らに言い訳のできない一次史料を握らせておけば、安易なプロパガンダに加担するリスクを彼ら自身が避けるようになるからね。静かに世論の歪みを正していくんだ」
『本当に見事な一手でしたね。ネット空間の草の根の動きと合わせて、歪んだ言説の拡大を完全に未然に防ぎつつあります。シンガポール側の口座も、秋の仕込みに向けて完全に無傷のままスタンバイを完了していますよ』
「ありがとう、黒崎さん。この深夜の仕込みが、いずれ大きな防衛線になる。体に気をつけて、引き続きよろしく頼むよ」
『はい、雄大さんも。そちらは静かな夜のようですね。おやすみなさい』
ピッとボタンを押して通話を切り、PHSをマグカップの横へと置いた。
冷めかけたコーヒーを最後の一口まで飲み干すと、喉の奥に確かなコクが残った。
周囲の同級生たちが明日の夏休みの予定を夢に見ながら眠りについているこの瞬間。
俺は一人、この宮崎の静寂の自室で、未来の日本の首根っこを掴もうとする歪みを冷徹に削ぎ落とし、次なる市場への設計図をストイックに描き直していた。
新しい帝国の足音が、静かな夜の闇の向こうから、確かに近づいていた。
(アマテラス・グローバルの総資産:140億円)




