第44話:13歳の裏フィクサー、次なる市場への視線
第4章:【飛翔編】戦後50年のミリオンセラーと合法的税流最適化
第44話:13歳の裏フィクサー、次なる市場への視線(1996年秋・13歳・中2)
黄金色に染まった宮崎の田園風景の向こうに、秋の短い陽が沈んでいく
自室の畳の上に座った雄大は、ISDN回線に繋がった電脳端末の画面に表示される、東南アジア諸国のマクロ経済データを静かに見つめていた
シンガポールの匿名ダミー会社「アマテラス・グローバル」と、香港のHSBC口座を結ぶ無傷の資本移転ルートの構築は夏のうちに完璧に完了している
手元にある神のスマホの未来データベースが示すのは、一九九七年七月に勃発するアジア通貨危機の全貌だった
固定相場制の限界、急激に膨らむ短期対外債務、あるいは過大評価されたタイバーツを執拗に狙う国際ヘッジファンドの影
まだ世界の誰もその予兆にすら気づいていない歪みを、雄大はフラットな表情のままスクロールしていく
「――鈴木さん、高坂から送金ログの完全暗号化の終了通知が届きました」
受話器の向こうから、低く落ち着いた不破の声が室内に響いた
「ありがとうございます、不破先生。これで二億一千万円の弾薬は、国内の国税当局や外為法の干渉を受けない聖域へ完全に配置されましたね」
『ええ。高坂の組んだ多頻度還流導線により、資金の足跡は国際市場の海へと完全に溶け込みました。中学生の君が、この一九九六年の秋というタイミングでこれほどの防衛要塞を完成させた事実には、驚きを禁じ得ません。しかし、タイバーツの経常赤字のデータまで国境を越えて追跡するとは、君は一体どこまで先を見据えているのですか』
「タイの中央銀行は、外貨準備高を取り崩してドルペッグ制を死守しようとしていますが、それも長くは持ちません。ヘッジファンドのクジラたちが空売りを本格化させるその一瞬の隙間に、僕たちの二億一千万円を滑り込ませる。不破先生、これは防衛のためだけではありませんよ」
不破は受話器の向こうで、深く息を吐き出す気配を見せた
『ただの防衛ではない、ですか。では、やはり仕掛けるわけですね』
「ええ。来たるべきアジアの地殻変動において、欺瞞の静けさを保っている市場の底へこの資金を滑り込ませる。鈴木雄大という名前を世界に一切出すことなく、莫大な果実を強奪するための牙です。そのために、これからは海外で実際に動く信頼できるフロントマン、僕たちの傀儡の盾となる実務家が必要になります」
『なるほど、表舞台に立つバンカーですか。確かに君の名前を完全に秘匿するためには、有能なプロフェッショナルを現地法人のトップに据えるのが最も確実ですね。高坂の伝手も含めて、シンガポールや香港の国際金融に精通した最適な人材の選定を水面下で進めておきます』
「頼みます、不破先生。すべては情報の速度と、名義の防衛線が決定しますから」
『国家の通貨制度そのものの崩壊を、君は本当に確信しているのですね。分かりました。私と高坂は、君の指先が次なる市場へ向けて動くその瞬間のために、国際法務と税務のバックアップを完璧に維持し続けます』
「ええ、またすぐに動いてもらいます。では」
受話器を静かに置くと、自室には再び、通信端末の微かな駆動音だけが戻ってきた
昼間にすれ違った詩織の、骨格を意識した無駄のない歩法
電脳の海を通じて未来の理論を確実に吸収しつつある東京の冴
そして、国境を越えてアジアの中枢へと配置を終えた、二億一千万円の無傷の弾薬
前世の孤独と困窮を完全に過去のものへと変え、自らの内に入れた身内を守り抜くための布石は、この一九九六年の秋、すべてが完璧な位置へと並んだ
雄大は冷めたブラックコーヒーを口に含み、喉の奥へと滑り落ちる温かい苦味を味わいながら、次なる世界市場の強奪に向けて次の一手を静かに計算し始めていた
(鈴木雄大の個人資産:2億1,000万円)




