第42話:シンガポール匿名ダミー会社の極秘設立
第4章:【飛翔編】戦後50年のミリオンセラーと合法的税流最適化
第42話:シンガポール匿名ダミー会社の極秘設立(1996年夏・13歳・中2)
湿度の高い宮崎の夏の夜気が、木造住宅の部屋にまでじっとりと忍び寄っていた
自室の机に向かった雄大は、ISDN回線に繋がった画面に映し出される英文の書類データを静かにスクロールしていた
手元にある神のスマホのデータベースから抽出したのは、アジアにおける最高峰の租税回避地としてのシンガポールの会社法、およびノミニー制度を活用した匿名性の高いインフラ構築データだった
受話器を耳に当て、東京の不破法律事務所へダイヤルを回す
重い呼出音が途切れると同時に、不破の引き締まった声が返ってきた
「はい、不破です。鈴木さんですね」
「鈴木雄大です、不破先生。手元にある個人資産の二億一千万円を原資として、シンガポールに匿名ダミー会社の設立手続きを開始してください」
受話器の向こうで、不破が万年筆を置くかすかな音が響いた
『シンガポール、ですか。いよいよ海外のインフラへと舵を切るわけですね。現地の手続きを進めるにあたって、名義や株主の秘匿性はどう担保しますか』
「現地のアドボケイトやノミニー、いわゆる名義貸しの取締役を調達して、僕の名前が表に一切出ない完全なブラインド構造にしてください。会社の名称は、アマテラス・グローバル、とします」
『アマテラス・グローバル。中学生の君が、日本の神話の名を冠した匿名法人をアジアの中枢に置くというわけですか。高坂とも共有し、国際税務のスキームと、現地の名義人を経由する書類の作成に即座に入ります』
「ええ、お願いします、不破先生。この一九九六年の夏というタイミングが最も重要なんです。翌年、アジア全体を襲う未曾有の通貨危機の波が押し寄せる前に、資本を無傷で移動させるための絶対的な受け皿が必要になりますから」
不破が深く息を呑む気配が、黒い受話器を通じて伝ってきた
『通貨危機、ですか……。君のそのあまりにも明確な先見性の理由は、私には未だに分かりませんが、その書類の精密さを見る限り、疑う余地はありませんね。しかし鈴木さん、現地のノミニーを維持するための年間維持費や、日本の外為法に基づく報告義務の回避ラインはどう引き算しますか』
「現地の維持報酬は、二億一千万円の原資から発生する金利や小規模な運用経費で十分に相殺できます。外為法に関しては、高坂先生の組んだ少額多頻度の還流ルートと、現地名義人による自己資本信託の形をとれば、国税の網にもかかりません」
『なるほど、信託契約ですか。それなら日本の居住者としての君の資産ではなく、現地の法人が独立して駆動している体裁が完全に整いますね。高坂もこの精密な国際税務書類を見れば、また舌を巻くでしょう』
「高坂先生にも、二億一千万円の資本を名義人を介して移動させるための国際送金の準備を進めるよう、伝えておいてください。名義の防衛線こそが、これからの戦いの牙城になります」
『承知しました。現地の提携事務所とコンタクトを取り、登記の書類が整い次第、すぐに暗号化されたFAXで報告を入れます』
「頼みます」
受話器を静かに置くと、自室には再び、通信端末の微かな作動音だけが残された
窓の外の夜空を見つめながら、雄大は冷めたブラックコーヒーを口に含み、喉の奥へと滑り落ちる苦味を静かに味わった
前世の孤独と、飢えるような貧混の記憶
それらすべてを完全に過去のものへと変え、自らの内に入れた身内を守り抜くための、世界へと繋がる最初の大規模な防衛要塞の始動だった
画面の向こうに表示されている「アマテラス・グローバル」という文字を見つめながら、雄大は次なる無傷の資本移転ルートの構築に向けて、次の一手を静かに計算し始めていた
(アマテラス・グローバルの総資産:2億1,000万円)




