第4話:6歳児の静かなる日常、未来知識のスクリーニング
第1章:【覚醒編】平成元の6歳児、神の玩具を起動する
第4話:6歳児の静かなる日常、未来知識のスクリーニング(1989年9月・6歳・小1)
一九八九年九月、小学校の二学期が開始された。
教室内には、夏休み明けの子供たちが放つ特有の騒がしさと、容赦のない汗の匂いが充満している。
鈴木雄大は窓際の席に座り、ただ静かに黒板を見つめていた。
ひらがなの書き取りを進める担任教師の声を、四十二歳の記憶を持った脳殻がただの環境音として処理していく。
(大人たちの目を欺くカモフラージュは完璧だ。ここで目立つ必要は微塵もない。教師からもクラスメイトからも『大人しくて手のかからない普通の児童』と認識されること。それが、裏の経済戦を完全に隠蔽するための絶対的な仮面となる)
雄大は周囲の視線が黒板に向いている隙を見計らい、机の下で静かに右手を動かした。
制服のポケットの内側、大人たちの誰も気づかない死角に、極薄の黒い結晶体を滑り込ませている。
二〇二六年の5G回線を受信し続ける、閲覧専用の神のスマホ。
滑らかなガラス面に触れると、液晶から放たれる微弱な光が、机の影の暗闇を硬質に照らし出した。
雄大は一ミリの遅延もない超高速データベースにアクセスし、近未来のタイムラインを脳内へスクリーニングし始めた。
画面に映し出されているのは、一九九〇年代初頭に日本経済を直撃する、バブル崩壊の引き金となった正確な歴史データだ。
不動産融資の総量規制、公定歩合の急激な引き上げ、そして東京証券取引所が大暴落へと突き進む秒単位のチャート。
世間はまだバブルの残り香に浮かれ、無限の繁栄を疑いもしない狂乱の只中にいる。
しかし、神のスマホの画面に並ぶ数字は、わずか数年後にこの国が数世紀分の富を失い、奈落へと転落していく確定した未来を告げていた。
(歪んだ未来の構造はすべて把握した。仕掛けるポイントを間違えなければ、この未曾有の大暴落は、俺の帝国を築くための最大の苗床になる。仕込みのタイミングを秒単位で精査しろ)
「鈴木くん、次の行を読んでみてください」
不意に教師の声が響き、教室内の一斉の視線が雄大へと注がれる。
雄大は一瞬でスマホの画面を消し、六歳のあどけない表情のまま、教科書へと視線を落とした。
「はい。……お、お、き、な、か、ぶ」
わざと舌足らずな、児童そのものの声帯をコントロールして音読を執行する。
教師は満足そうに頷き、クラスメイトたちもすぐに興味を失って私語に戻った。
(よし。完璧だ。有象無象に牙を剥くのは今ではない。じっくりと、確実に、世界市場の首根っこを掴むための地型を整える)
授業再開のチャイムが響く中、雄大は机の下の黒い端末を指先で愛撫しながら、前方の黒い板を見つめ続けた。
じりじりと迫るカウントダウンの音を、その鋭い理性が確かに聞き取っていた。




