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第3話:じいちゃんの輸送船と、小説の種

第1章:【覚醒編】平成元の6歳児、神の玩具を起動する


第3話:じいちゃんの輸送船と、小説の種(1989年8月・お盆・6歳・小1)


夜になっても、宮崎の古い平屋を包む熱帯夜の熱気は引かなかった。

畳から立ち上る草の匂いと、居間の片隅で首を振る扇風機の規則正しいプラスチックの摩擦音だけが室内に満ちている。

お盆の帰省。

鈴木雄大は、暗い居間の古びた座卓を挟み、祖父の栄治と対峙していた。

(前世の四十二年間で俺が嫌というほど味わわされたのは、持たざる者が徹底的に毟り取られるという冷酷な現実だ。あの不遇と貧困の底を這いずるような絶望を、この二度目の生で繰り返すつもりは毛頭ない。そのためには、大人の社会を支配するルールを先取りし、圧倒的な軍資金を我が手に掴む必要がある)

部屋の隅に置かれた重厚なブラウン管テレビからは、夏の戦争特番のドラマが流れていた。

安っぽい役者が軍服を着て突撃を叫ぶ白々しい爆音と、不自然に綺麗な軍艦の映像が、青白い光とともに畳を照らしている。

栄治はその画面を、険しいシワを刻んだ顔でただ無言で見つめていた。

剥き出しの腕には、かつて南方戦線へと赴いた海軍輸送船員としての、深い焦げ茶色の皮膚と無数の細い傷痕が刻まれている。

「雄大、テレビの戦(いくさ)ちゅうのはな、華々しい軍艦ばかり映すが、本当はそんな話じゃねえとよ」

栄治は、盆の濁った冷茶を喉に流し込み、テレビから視線を外すことなく、かすかに掠れたマイルドな宮崎弁で語り始めた。

「俺らが乗った輸送船はな、大砲もロクに付いちょらん鉄のハコよ。お国のために、兵隊や米ん袋を腹いっぱい詰め込んで、ただ魚雷の来んことを祈りながら波を被る。あれはな、戦いじゃねえ、生きたまま棺桶に入って海を漂うようなもんじゃ」

雄大は動じず、六歳の澄んだ瞳の奥に四十二歳の冷徹な理性を宿したまま、その言葉の重みを脳内データベースへと刻み込んでいった。

(この老人の口から漏れる言葉には、目の前の液晶画面のフィクションには決して載らない、本物の戦場の匂いが染みついている。これを俺の冷徹な知略と融合させれば、文壇を揺るがす最大の爆弾へと昇華できるはずだ)

「じいちゃん、その船のリーダーはどんな人だったの」

「リーダー、艦長のことね。そりゃあ小難しい顔をした人じゃったが、忘れられん笑い話があるがね」

栄治は画面からようやく視線を巡らせ、シワだらけの顔をわずかに綻ばせてクスクスと笑った。

「俺がその船に着任した初日のことよ。いきなり艦長室に呼びされてな。身構えて入ったら、艦長が俺の顔をジロジロ見てこう言うたとよ。『貴様は田舎では漁師だったらしいな? それなら泳ぎは得意だろう? この船が沈んだら俺を背負って泳いで逃げろ』ちね。ガハハ、軍隊の偉い艦長が、最初に部下に命じた国策がそれよ」

雄大の鉛筆を握る手が、一瞬だけ止まった。

(……これだ。命の保証などどこにもない極限の洋上で、部下に己の命を預けた男の、泥臭くも強烈なリアリズム。この『笑い話』の裏には、生への執着と人間臭さが凝縮されている。小説のタイトルは決まった。『輸送船(はこぶね)の艦長』。このエピソードを核心に据える)

「その艦長は、本当にじいちゃんに背負われたの」

「いや。船が沈んだとき、艦長は最後まで船と残った。あの一戦で、俺の乗った船も多くの戦友も還らぬ人になったがね……」

栄治の視線が、再びテレビの青白い光の奥、どこか遠い南洋の記憶へと彷徨い、言葉が静かに途切れる。

具体的な沈没のディテールまではまだ語られない。

しかし、雄大の胸の内で、未来の文学界を震撼させる強烈な小説の種が、音を立てて完全に弾けた。

二〇年後にミリオンセラーとなるはずの物語スキーム。

それを今、この一九八九年の段階から前倒しで脳内に設計しておけば、将来、国家すら動かすための最強の財務インフラを構築する足がかりになる。

(感傷に浸るつもりはない、これは俺が仕掛ける最初の経済戦の設計図だ。じいちゃんの記憶のすべてを、いずれ俺の帝国を築くための弾薬に変えてやる。今はまだ、その輪郭だけでいい)

雄大は無言のまま、栄治の言葉の断片を、一文字の狂いもなく自由帳の余白へと冷徹に書き留めていった。

まだお小遣い数百円の六歳のガキ。

(現世の有象無象をすべて去勢し、この国の頂点へと登り詰めてやる。そのための確固たる野心は、すでにこの六歳の胸の内に熾烈に燃え上がっている)

このじいちゃんの話は作者の実話だったりしますw

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