第2話:アザス、天照大神
第1章:【覚醒編】平成元の6歳児、神の玩具を起動する
第2話:アザス、天照大神(1989年7月・6歳・小1)
一九八九年のじっとりとした湿気が、早朝の古い和室に満ちていた。
鈴木雄大は午前五時ちょうどに、アラームの鳴る前に正確に意識を覚醒させた。
六歳の肉体はまだ眠気を訴えていたが、内包された四十二歳の冷徹な魂がそれを力ずくでねじ伏せる。
薄暗い部屋の片隅、学習机の引き出しの奥から、現世の技術を遥かに超越した極薄の黒い結晶体を取り出した。
二〇二六年の5G回線を受信し続ける神のスマホ。
液晶画面が滑らかに起動し、淡い光が雄大の未成熟な顔線を硬質に照らし出す。
雄大は端末を畳の上に静かに置き、その前に端座して深く頭を垂れた。
「アザス、天照大神」
乾いた声で、毎朝のルーティンとなる短くも絶対の礼拝を執行する。
それは至高の女神への形だけの感謝ではなく、歪んだタイムラインを叩き潰し、この国の富と尊厳をすべて掌握するという冷徹な誓意の再確認だった。
スマホを机に仕舞い込むと、雄大はすぐにTシャツを脱ぎ捨て、冷たい畳の上に両手を突いた。
ここからが現世における肉体最適化プログラムの初動だ。
「学年×十回」
小学一年生である今のノルマは、毎日わずか十回。
しかし、その十回には二〇二〇年代に完成する最新のスポーツ科学理論が極限まで詰め込まれていた。
ただ回数をこなすだけの無駄な運動は、子供の未発達な骨格や関節を致命的に傷つける。
雄大は脇を厳密に締め、肩甲骨を下方へ引き込みながら、ミリ単位の正確さで胸を畳へと近づけていく。
大胸筋、三角筋前部、体幹を支える腹横筋へ、インナーマッスルを確実に覚醒させる負荷が均等に注ぎ込まれていく。
「一、二……」
六歳の細い腕がかすかに戦慄く。
だが、大脳皮質へインストールされた解剖学データが、完璧なフォームを維持させたまま肉体を駆動し続ける。
十回目のプッシュアップを終え、額に滲んだ薄い汗を拭うことなく、流れるようにスクワットへと移行する。
骨盤の傾き、膝の角度、重心の移動。
衣服の下に、同年代を遥かに凌駕するしなやかなインナーマッスルと基礎体力の苗床が、静かに、そして確実に構築されていく。
柱時計が規則正しい音を刻むだけの静寂が、家の中に満ちている。
雄大は冷徹な眼差しで、窓の外に広がるバブル狂乱の宮崎の空を見つめた。
牙を研ぐ時間は、まだ十分に用意されている。




