第39話:両親の取締役登記と、所得税最低税率10%のブラケット活用
第4章:戦後50年のミリオンセラーと合法的税流最適化
第39話:両親の取締役登記と、所得税最低税率10%のブラケット活用(1996年春・12歳・新中2)
リビングのテーブルの上に、高坂税理士から速達で届いたばかりの複数の法務書類が広げられている
有限会社高天原企画の役員変更登記申請書、そして就任承諾書
実印の朱肉の臭いが、ストーブの熱気とともに室内にかすかに漂っていた
「ここに、お父さんとお母さんの実印を捺してほしい」
雄大は朱肉を差し出しながら、テーブルの向こうの二人に視線を向けた
健一は手元に用意した重みのある柘植の印鑑を握りしめ、申請書の役員欄を見つめている
「役員報酬を一人に集中させず、私と恵子、そして雄大の三人に分散させることで、所得税の最低税率十パーセントのブラケット枠を最大限に活用する……。高坂先生の解説書に書いてあったが、本当にこれで税率が劇的に下がるんだね」
「そうだよ、お父さん。日本の累進課税は個人の所得が上がれば上がるほど狂暴になる。だけど、高天原企画から複数の役員へ給与を分散して還流させれば、国家へ満額の納税をしつつも、鈴木家の資産を最も無傷な状態でプールできるんだ。元国税のプロが設計した、合法的な名義と財務の分離だよ」
「なるほど、個人ではなく会社として分散させるのか。しかし雄大、お前はまだ中学生なのに、よくこんな複雑な税金の仕組みを理解できたな」
健一が感心と困惑の入り混じった顔で手帳を見つめる
「東京の不破先生や高坂先生と、ISDNの回線を使って毎日データをやり取りしているからね。これからは情報の速度がすべてを決める時代になるよ」
「私にはもう、何が何だか分からんわ。でも、雄大が私たちのために一所懸命に動いてくれていることだけは伝わるよ」
恵子が少し緊張を和らげながら微笑んだ
「ありがとう。でも、お母さん、これは始まりに過ぎない。この登記が完了したら、次のステップへ進むから」
健一は深く息を吐き、就任承諾書の自分の名前の横へ、静かに実印を押し当てた
紙が机に沈み込み、鮮やかな朱色の円が捺印される
続いて恵子も、少し震える手で自身の印鑑を朱肉に浸し、健一の隣の枠へと慎重に実印を捺した
「これで、私も高天原企画の取締役、やね。何だかまだ夢を見よるみたいやわ」
「夢じゃないよ、お母さん。これで高坂先生が明日、法務局へ登記の申請を執行する。鈴木家を戦後の呪縛のような困窮から完全に引き剥がすための、これが強固な防衛線になる」
「そうだな。お前がここまで道筋を立ててくれたんだ。これからは、私たちもしっかりと会社の取締役としての責任を果たさなければいけないな」
健一が朱肉を拭き取りながら、真っ直ぐに雄大を見た
「ええ、期待しているよ、お父さん。これからは家族全員でこの高天原企画を動かしていくんだ」
雄大は二人が捺印した書類を丁重にまとめ、用意していた返信用封筒へと収めた
封の糊を湿らせて閉じ、テーブルの端に置く
窓の外からは、宮崎の穏やかな春の夜の気配が静かに忍び寄っていた
健一が淹れ直したブラックコーヒーの湯気の向こうで、鈴木家の、そして高天原企画の真の駆動網が音もなく噛み合い始めていた
(国内作家法人の総資産:4億2,000万円)




