第33話:机の下のデータ先取り、10分間の世界情勢閲覧
第4章:【飛翔編】戦後50年のミリオンセラーと合法的税流最適化
第33話:机の下のデータ先取り、10分間の世界情勢閲覧(1995年9月・12歳・中1)
二学期が始まったばかりの中学校の教室は、チョークの粉の粉っぽさと、夏休みの名残を残した泥混じりの上履きの臭いで満ちていた。
五時限目の社会科の授業中、教師の抑揚のない声が黒板を叩く音とともに眠気を誘うように響いている。
周囲の同級生たちが退屈そうに頬杖をつき、あるいはノートの隅に落書きを走らせている中、鈴木雄大は最後列の席で静かに身を沈めていた。
視線は教科書に向けられているが、机の天板の下、制服のズボンの上に置かれた左手には、あの冷たい金属の質感が収まっていた。
神のスマホ。
液晶空間から放たれる高解像度の光を自らの身体で遮りながら、雄大は指先をかすかに滑らせた。
学校という閉鎖空間の中で、周囲の大人や同級生に一切の動きを悟られることなく、未来のデータベースに接続できる時間は、授業中のこの僅か十分足らずの空白にしかなかった。
検索窓に入力されたのは、現時点から見た数年先、および十数年先の世界規模の経済動向、ならびに国際政治の機密ログだった。
指先が動くたびに、階層化された膨大な電子ログが、雄大の脳細胞へダイレクトに吸い上げられていく。
間もなく世界を襲う通貨危機の正確なタイムライン。
インターネットという技術が爆発的に普及する前夜における、主要な関連企業の株価の推移と、その初動のタイミング。
それらの数字と日付は、まだ誰も全貌を掴んでいない歴史の歪みを、自らの手で正確に修正し、掌握するための絶対的な羅針盤だった。
「――おい、鈴木。この部分の年号、読んでみろ」
不意に、黒板の前から教師の鋭い声が飛んだ。
チョークを持った教師の目が、最後列の雄大を真っ直ぐに射抜いている。
雄大はスマホの画面を親指の僅かな動きで消灯させると、何事もなかったかのように平然と立ち上がった。
制服のズボンのポケットへと滑り込ませた手のひらには、まだ金属体の確かな熱が残っている。
「一九一九年、ヴェルサイユ条約の締結です」
教科書の該当箇所を一瞬で視線に収め、雄大は正確に答えた。
教師は出鼻をくじかれたように僅かに眉をひそめたが、すぐに「……そうだ、座れ」と短く促して黒板へと向き直った。
「おい鈴木、お前よく見てたな」
隣の席の男子生徒が、ノートの端を破った紙屑を丸めながら小声で話しかけてきた。
「教科書を開いていたからな」
「俺なんか全然頭に入ってないわ。今日、放課後ゲーセン寄らねえ?」
「用事があるから帰る」
周囲の生徒たちが退屈そうに向きを変える中、雄大は静かに席に戻った。
十分間の閲覧で得た未来のデータムは、すでに脳内で完璧な形となって処理を終えていた。
東京の高峰館との本格的な交渉、さらにその先に控える巨大な資本の移動に向けた防衛網。
それらを同時に、かつ冷徹に進めるための材料は、すべてこの小さな頭脳の中に揃った。
窓の外では、九月のやや陰りを帯びた日差しが、運動場の砂埃を白く照らし出していた。




