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第31話:12歳のフィクサー、大人の戦場へ

第3章:【潜伏編】インターネット黎明期の覇王と歪んだ未来の修正


第31話:12歳のフィクサー、大人の戦場へ(1995年7月・夏・12歳・中1)


夕食の素麺を終えたばかりの居間には、壁の掛け時計が刻む重い秒針の音だけが響いていた。

鈴木健一は、雄大が差し出した高峰館の白い通知書を、何度も裏返しながら無言で見つめていた。

仕事帰りのスラックス姿のまま、父親の肩が微かに緊張で強張っている。

「雄大、これは……本当にお前が一人で書いたものなのか」

健一が低く重い声で切り出した。

「うん。じいちゃんから聞いた輸送船の戦場のディテールを、原稿用紙五百枚にまとめた」

雄大は、父の愛飲するブラックコーヒーの香りが残る空間で、一切の視線をぶらさずに答えた。

「満場一致の最高得点と書いてある。東京の大きな出版社が、12歳のお前の文章を認めたということだ。だが、相手は老獪な大人の集団だ。このまま素直に応じれば、都合よく買い叩かれるかもしれない」

「だから、父さんに協力してほしいんだ」

雄大は身を乗り出し、真っ直ぐに父親の目を見つめた。

「これから高峰館との具体的な交渉が始まる。12歳の俺が直接表に立って、大人の社会とすべてをやり取りするわけにはいかない」

「俺に、お前の代理人になれというのか」

「そう。名義や契約の窓口として、父さんに大人の戦場に立ってほしい。もちろん、ただの飾りじゃない。実家のこれからの生活を完全に変えるための、最初の防衛線になる」

健一は深く息を吸い込み、机の上の通知書をもう一度見つめてから、短く頷いた。

「分かった。お前がそこまでの覚悟で動いているなら、父親として逃げるわけにはいかないな。高峰館との交渉の席には、俺が鈴木家の代表として同行する」

「あなた、本当に大丈夫なの……相手は東京の大きな会社なんでしょう?」

それまで台所で片付けをしていた恵子が、不安そうに布巾を握りしめながら居間へと入ってきた。

「心配ないよ、母さん。俺たちの手元には、彼らが欲しがっている原稿がある。主導権はこちらにあるんだ」

雄大は母親の目を見て、その不安を和らげるようにフラットなトーンで告げた。

「でもねえ、雄大がこんなすごい賞をもらうなんて、お母さんまだ夢を見ているみたいで……」

「夢じゃないよ。じいちゃんの生きてきた証が、東京の大人たちを動かしたんだ。父さん、だからこそ俺たちは一歩も引いちゃいけない」

「ああ、分かっている。お前が命を吹き込んだ原稿だ。安易な妥協は一切しない。だが、俺はただのサラリーマンだ。法律やお金の専門的な駆け引きが始まったら、相手のペースに巻き込まれる恐れがある」

健一の言葉に、雄大は静かに立ち上がり、勉強机の引き出しの奥で鈍い光を放つ金属体へと視線を落とした。

「そのための備えは、これから俺が手配する。父さんは鈴木家の代表として、堂々と前を向いていてくれればいい」

最高得点での通過という絶対的な事実を引っ提げて、大人の戦場へ電撃的に介入する。

そのためには、東京の出版界を相手に回しても完全に圧倒できる、強力な専門家の力を今すぐこの宮崎へ呼び寄せなければならなかった。

理不尽な困窮の歴史を完全に書き換えるための歯車が、激しい雨の上がった夏の夜、確実な精度で噛み合い始めた。

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