第30話:文学賞一次・二次選考の完全突破の通知
第3章:【潜伏編】インターネット黎明期の覇王と歪んだ未来の修正
第30話:文学賞一次・二次選考の完全突破の通知(1995年7月・夏・12歳・中1)
ジリジリと蝉の鳴き声が降る実家の玄関で、郵便受けのプラスチックがカタンと乾いた音を立てた。
鈴木雄大は、自室の扇風機の音の向こう側でその音を正確に捉え、静かに木造の階段を降りた。
板張りの廊下に落ちていたのは、東京の有名出版社である高峰館のロゴが印刷された、一通の厚手の長形封筒だった。
宛名には、鈴木雄大の文字がしっかりと力強いフォントで刻まれている。
雄大は封筒を手に取ると、そのまま自分の部屋へと戻り、勉強机の前でハサミを丁寧に入れた。
中から出てきたのは、上質な白地に黒いインクで明瞭に印字された、選考結果の通知書だった。
『戦後五十年の節目に贈る、特別文学大賞。一次選考、および二次選考を満場一致の最高得点にて通過いたしましたことをご報告申し上げます』
用紙を持つ12歳の指先に、微塵の震えもなかった。
前世の祖父である栄治から聞き取った、あの輸送船員としての戦場の凄惨なリアリズム。
それを文章構成論と緻密なディテールで編み上げた原稿用紙五百枚の重みが、大人の編集者たちの脳髄を完全に撃ち抜いたことを、この文面が証明していた。
トントン、と小気味よい足音が階段から響き、部屋の引き戸が静かに開いた。
「雄大、何か届いたの? 郵便屋さんのバイクの音がしたみたいだけど」
麦茶の入った大きなガラスピッチャーを両手で持った恵子が、汗をにじませながら覗き込んできた。
雄大は通知書を隠すことなく、机の上に置いたまま振り返った。
「東京の出版社から。前にじいちゃんに取材して書いた小説の、選考結果が届いたんだ」
恵子はピッチャーを棚に置き、驚いたように目を丸くして机の上の白い紙を見つめた。
「えっ……あの、おじいちゃんの話を書いて送ったっていう、あれ? 本当に通知が来たの?」
「うん。一次と二次の選考を、一番上の点数で通過したって書いてある」
「すごい高得点じゃない……! 満場一致って、これ、全員が認めてくれたっていうことよね?」
恵子は声を弾ませ、我が子の快挙に顔を火照らせながらも、どこか信じられないといった様子で何度も通知書を読み返している。
「まだ途中の段階だから、これから大人の人たちといろいろ詰める必要があるんだ。だから、今日の夜に父さんが帰ってきたら、この紙を一緒に見せてちゃんと話すよ」
「そうね、健一さんもきっと驚くわ。お母さん、なんだか胸がいっぱいになっちゃった。今日の夕飯は奮発しなきゃね」
「うん。タマネギの皮剥きでも何でも手伝うから、下に降りよう」
「助かるわ。みんなで冷たい素麺にしましょうね」
恵子がまだ興奮の冷めきらない面持ちで階段を降りていく気配を感じながら、雄大は引き出しの奥の白い紙をもう一度だけ見つめた。
満場一致。
その四文字は、これから始まる、現世のあらゆる流れを自らの側へと引き込むための呼び水の初動に過ぎない。
理不尽な困窮の歴史を根こそぎ覆すための仕組みが、今、完璧な精度で回り始めていた。




