第22話 11歳、インターネット黎明期の覇王へ
第3章 【潜伏編】インターネット黎明期の覇王と歪んだ未来の修正
第22話 11歳、インターネット黎明期の覇王へ(一九九五年、一月、十一歳、小六)
話は少し戻って、一九九五年の一月、自室のデスクの上ではPC-9821が静かに駆動していた。
『輸送船の艦長』の執筆を進める傍ら、俺はもう一つのインフラをこの部屋に引き込んでいた。
デスクの端に置いたグレーの外付けモデムのスイッチを入れる。
ピー、という高い発信音に続き、ピーヒョロロ、ザザー、という独特の変調音が静まり返った夜の室内に響き渡った。
アナログの公衆回線を経由し、通信速度14.4kbpsの細い管から電脳空間へとアクセスする。
当時はニフティサーブなどの大手フォーラムや草の根BBSが全盛であり、一般向けの商用インターネット接続は始まったばかりの未開の領域だった。
ディスプレイの黒い画面へ、緑色の文字が上から一行ずつ、不規則なラグを伴ってじわじわと落ちてくる。
俺は点滅するプロンプトに向き合い、キーボードからATコマンドを直接打ち込んでいった。
国内の複数の草の根ホストを経由させ、中継局のログを攪乱し、自らの痕跡をダミープロキシの奥へと完全に隠蔽する。
この宮崎の片田舎にある六畳一間の自室から、公衆回線のパケットは東京の国際ゲートウェイを越え、海外の大学や研究機関が設置した剥き出しのパブリックサーバーへと飛んでいく。
ファイアウォールという概念すら定着していない、セキュリティプロトコルの脆弱極まりない黎明期のネットワーク。
俺はUNIX系の海外電子掲示板や、テキストベースのニュースグループの生ログをダイレクトに手元の画面へと引き出していった。
ポケットの中にある「神のスマホ」が提示する未来のタイムライン。
正式なデータとして網羅された二〇二〇年代までのログ。
そして、現世のネットの底に沈んでいる未加工のデータ。
その二つを脳内で突き合わせ、リアルタイムでスクリーニングしていく。
数年後に世界規模で巻き起こるITバブルの初動、その前兆となるシリコンバレーのベンチャー企業の動向や、技術者たちの微かな発言。
現世の誰もその全貌を掴んでいない市場の歪みを、俺は暗闇の中でただ静かに監視し、分析し始めていた。
モデムの小さなLEDランプが、データの送受信に合わせて赤く不規則に点滅を繰り返している。
俺はキーボードに指先を添えたまま、画面に映る無機質な文字の列をじっと見つめ続けた。




