第18話:地元の図書館でのカモフラージュ工作
第2章 【胎動編】軍資金の獲得と秘密基地の構築
第18話 地元の図書館でのカモフラージュ工作(一九九五年、冬、十一歳、小六)
一九九五年の一月、宮崎の冬空は鉛色に低く垂れ込めていた。
自室での執筆作業が佳境を迎える中、俺はマウンテンバイクを走らせて市立図書館へと向かっていた。
十歳の小学生が、大人の海軍輸送船員や専門的な軍事戦術を克明に描いた小説を突如として世に送り出す。
その事実がそのまま世に出れば、不自然な疑惑や余計な詮索を生むリスクがある。
だからこそ、客観的なアリバイが必要だった。
「この子は地元の図書館に通い詰め、膨大な資料を読み漁ってあの傑作を書き上げた」という、大人たちを納得させるためのカモフラージュ工作だ。
館内に入ると、古い紙とカビの混じった特有の臭いが鼻腔を突いた。
暖房の効いた静まり返る空間の奥へ進み、俺はあえて受付カウンターから最も見通しの良い閲覧席を選んだ。
机の上に、書架から引き抜いた『日本海軍輸送船戦史』や『太平洋戦争船舶被害実績』といった分厚い専門書を何冊も積み上げる。
「ぼく、そんな難しい本を読んでるの」
しばらくして、館内の見回りをしていた年配の女性司書が、驚いたように足を止めて声をかけてきた。
「うん。
じいちゃんの乗っていた船のことを、もっと知りたくて調べているんだ」
俺は十歳の子供の声を意識しながら、淡々と答えた。
「偉いわねえ。
分からない漢字があったら、いつでも聞いてね」
司書は感心したように目を細め、俺の顔と専門書のタイトルを何度も見比べながら去っていった。
これで第一段階は完了だ。
彼女の記憶には「熱心に海軍の専門書を読み込む鈴木家の神童」という事実が鮮明に刻まれた。
俺は積み上げた本のページを開き、すでに脳内にあるデータベースと照合する作業を始めた。
文字を目で追いながらも、視線は一切ぶれることなく、客観的な証拠作りのための時間を淡々と消化していく。
夕方になり、館内に閉館を告げる静かな音楽が流れ始めた。
俺は本を元の書架へと戻し、受付カウンターの司書に向けて小さく一礼してから図書館を後にした。
冷たい夕方の風が、自転車を漕ぐ俺の頬を叩く。
アリバイの構築は完璧だ。
俺は自室という名の要塞へ戻り、再び現世を揺るがすためのタイピングを再開すべく、ペダルを強く踏み込んだ。




