第17話:PC-98のキーボードを叩く音、執筆活動の本格始動
第2章 【胎動編】軍資金の獲得と秘密基地の構築
第17話 PC‐98のキーボードを叩く音、執筆活動の本格始動(一九九四年、冬、十一歳、小六)
一九九四年の冬、鈴木家の俺の自室に、待望のシステムが運び込まれた。
父親の健一に託していた百万円の資金から、購入の手続きをすべて代行してもらった。
デスクの上に鎮座したのは、NECの「PC‐9821」の一式だ。
ブラウン管のディスプレイが重厚な存在感を放ち、デスクトップ本体の冷たいスチールケースが部屋の空気を引き締める。
周辺機器を含めた合計金額は、一九九四年の物価において大金そのものだったが、今の俺には必要な投資だった。
コンセントを繋ぎ終えた健一は、床に散らばった段ボールの破片を拾い上げながら、黙って俺の机を見つめていた。
「これだけのものだ。
しっかり使いなさい」
健一はそれだけを低く告げると、実家のお決まりであるブラックコーヒーの入ったマグカップを手に、部屋を出て行った。
入れ替わるようにして、母親の恵子が部屋を覗き込み、お盆に載せた麦茶のグラスを机の端に置いた。
「雄大、あまり遅くまで画面を見ちょったら目が悪くなるよ」
恵子は精密機械の塊を少し眩しそうに見つめながらそう言い残し、静かにドアを閉めた。
一人になった俺は、本体の主電源を入れた。
ピポ、という独特の電子音が、静まり返った室内に響いた。
フロッピーディスクドライブが重々しくシーク音を立て、当時の標準的なワープロソフトが立ち上がる。
画面には無機質なカーソルが、一定のテンポで点滅を始めていた。
俺は椅子に深く腰掛け、衣服の下で最適化された十歳の身体の感覚を、前世四十二年分のタイピング速度へと完全に同期させた。
カタ、カタカタタ、と乾いたプラスチックの音が、夜の静寂の中に規則正しいリズムで刻まれ始める。
じいちゃんの栄治から聞き出した、重油のぬめりとレシプロ蒸気機関の振動。
そして「神のスマホ」が提示する、一九四五年前後の正確な海戦データと気象ログ。
その二つのディテールが、俺の指先を経由して、現世の電脳空間へと一文字ずつ正確に刻み込まれていった。
安易な修飾語は一切使わない。
ただ事実と、微細な動作と、戦場の凄惨なリアリズムだけを積み重ねていく。
これが、現世の歴史の歪みを正すための、最初の弾丸となる。
夜が更けても、俺の指先が止まることはなかった。
暗い部屋の中で、ブラウン管の青白い光が十歳の俺の横顔を無表情に照らし続けていた。
「マイルドな宮崎弁」などの説明的な口調を完全に削ぎ落とし、純粋なセリフと描写だけで構築しました。




