第16話:じいちゃんへの再取材、戦場のディテールを求めて
第2章 【胎動編】軍資金の獲得と秘密基地の構築
第16話 じいちゃんへの再取材、戦場のディテールを求めて(一九九四年、冬、十一歳、小六)
一九九四年の冬、年末の冷気は日を追うごとに鋭さを増していた。
実家の自室を拠点とした俺は、次なる帝国の礎となるミリオンセラー小説の執筆に向け、さらなるリアリズムの肉付けを求めていた。
ターゲットは、鈴木栄治。
元海軍輸送船員であり、大正九年生まれの俺の祖父だ。
お盆の帰省時に聞いた断片的な記憶だけでは、目の肥えた出版界を震撼させる圧倒的なディテールには届かない。
俺はノートと一本のペンをポケットに差し、居間に座るじいちゃんの前に腰を下ろした。
白髪の混じった厳めしい顔立ちの栄治は、十歳の孫が真剣な面持ちで対面してきたことに、小さく眉を動かした。
「じいちゃん、輸送船に乗っていたときの話を、もっと詳しく教えてほしいんだ。船の型式や、敵の潜水艦に襲われたときの状況を、細かく知りたい」
俺は感情の起伏を排したフラットな標準語で、真っ直ぐに切り出した。
栄治はじっと俺の目を見つめ、それから煙草を一本咥えて火をつけた。
紫煙がゆっくりと天井へ上り、居間の重苦しい空気に溶けていく。
「雄大、あんな地獄のような話を、何でまた聞きたがるとね」
栄治の口から、名戦を潜り抜けた老人特有のマイルドな宮崎弁が漏れた。
「歴史に残したいんだ。じいちゃんたちがどんな戦場で、どうやって生き抜いたのかを、一文字も狂わずに書き留めたい」
俺は濁りのない視線で、老人の深く刻まれた皺を見つめ返した。
栄治はしばらく沈黙していたが、灰皿に灰を落とすと、遠い記憶を手繰り寄せるようにぽつりぽつりと語り始めた。
「俺が乗っていたのは、一型戦時標準船の改造輸送船だ。排水量は約五千トン。ディーゼルじゃなく、石炭を焚くレシプロ蒸気機関でな。最高速力は十ノットそこそこしか出んかった」
老人の声は低く、乾いていた。
「南方の海域に入ると、いつ敵の魚雷が腹に刺さるか分からん恐怖が、昼夜を問わず付きまとう。空襲を喰らえば、逃げ場のない鉄の箱の上で、ただ爆弾が外れるのを祈るしかなかった」
栄治は煙草を灰皿に押し付け、次の火をつけた。
「一番酷かったのは、雷撃を受けて船が傾いたときだ。周囲の海は重油で真っ黒に染まり、そこへ火がついて火の海になった。救命艇を下ろす暇もありゃせん。戦友たちが海に飛び込み、叫びながら沈んでいくのを、俺はただ甲板の手すりにしがみついて見ていることしかできんかった」
言葉の端々に、安易な形容詞を寄せ付けない戦場の凄惨なリアリズムが宿っていた。
煙の臭いと共に、当時の熱気と鉄の焦げる臭いが、居間の空間にまで侵食してくるようだった。
俺は一言も聞き漏らさぬよう、脳内のデータベースへとそのディテールを克明にインストールしていった。
船内の温度、重油のぬめり、機関室の狂おしい金属音、そして死に瀕した人間のリアルな挙動。
これこそが、後に三五十万部を叩き出すことになる『輸送船の艦長』の、本物の血肉となるデータだ。
「じいちゃん、ありがとう。十分に分かったよ」
俺はノートを閉じ、静かに席を立った。
「雄大、お前は本当に十歳の子供ね……。まるで、すべてを見てきたような目をしちょる」
背後から聞こえた栄治の呟きを、俺は振り返ることなく自室へと持ち帰った。
机の前に座り、暗闇の中で「神のスマホ」の画面を点灯させる。
じいちゃんの記憶と未来のデータが、俺の脳内で完璧に噛み合った。
すべてのピースは揃った。
俺は静かに、現世の歴史を大きく歪めるためのペンを握り直した。




