第15話:500万円の衝撃と、100万円の秘密基地
第2章 【胎動編】軍資金の獲得と秘密基地の構築
第15話 500万円の衝撃と、100万円の秘密基地(一九九四年、冬、十一歳、小六)
一九九四年の冬、宮崎の乾いた風が実家の窓を小さく揺らし、冷えたアルミサッシがかすかに鳴っていた。
外は暗く、遠くを走る車のエンジン音が低く響いては消えていく、静かな夜だった。
夕食後のリビング。
流し台で食器を洗っていた母親の恵子が、プラスチックのボウルを置く手を止めて振り返った。
父親の健一が、仕事帰りの上着の内ポケットから一通の茶封筒を取り出し、テーブルの上へ音もなく置いたからだ。
使い古されて四隅の塗装が剥げた木目のテーブルの上に、生々しい厚みを持った現実が転がっていた。
健一の分厚い指先が封筒の口を広げると、中から折り目のない一万円札の厚い束が滑り出た。
帯封が巻かれた塊が、全部で五つ。
ナンバーズ4のストレート当選金、五百万円。
「これ……本当に当たったの。嘘でしょう」
恵子が濡れた手を何度もエプロンで拭いながら、乾いた声を震わせてテーブルへと近づいてきた。
「……お前の言う通りになった」
健一はそれだけを呟くと、椅子の背にもたれかかり、マグカップを手に取った。
いつも彼が嗜んでいるブラックコーヒーを深く一口啜る。
部屋の中に、香ばしくも苦い香りがゆっくりと広がっていく。
「健一さん、これ、どういうことね。雄大が何か言ってたの」
恵子が封筒と俺の顔を交互に見つめながら、困惑した声を上げた。
「この前の夜、雄大がこの数字のシートを俺に渡してきたんだ。絶対に当たるから買ってくれと」
健一の目は、目の前にある大金ではなく、じっと俺の顔を見ていた。
「そんな、嘘……。雄大、あなたこれ、どうやって当てたと?」
恵子がテーブルに両手をつき、俺の顔を覗き込んできた。
家計をやりくりしてきた彼女の目が、未知の存在を恐れる色に変わっていく。
「ただの勘じゃないよ、母さん。数字の流れを全部計算したんだ。だから、不思議なことじゃない」
俺は感情の起伏を排したフラットな標準語で答えた。
「計算って、そんな……」
恵子は言葉を失い、開いた口が塞がらない様子で立ち尽くした。
「そこから四百万円は父さんと母さんで使って。残りの百万円は、僕が近いうちに買うパソコンの代金として、そのまま父さんが預かっておいて」
俺は帯封のついた束をすべて、健一の方へと押し戻した。
「四百万って……雄大、これあなたのお金でしょう。私たちがもらうわけにはいかんわ」
恵子が慌てて手を振った。
「いいんだ。僕の名義じゃこのお金は動かせないし、今の鈴木家にはこれが必要だから。受け取ってほしい」
俺はそれ以上の言い訳をせず、健一の目を真っ直ぐに見据え続けた。
「……分かった。お前の言う通りにしよう」
健一は四百万円の束と、パソコン用として託された百万円の重みをじっと見つめ、何も言わずに深く頷いた。
その大きな手が、しっかりと現現金塊を掴むのを見届けてから、俺は椅子を引いた。
リビングを出て、階段を上がり、自分の六畳の自室へと戻る。
内側から静かにドアの鍵を閉めた。
カチャリ、と小さな金属音が響き、完全な静寂が訪れる。
ここが、俺の最初の秘密基地だ。
今はまだベッドと学習机があるだけの普通の子供部屋だが、いずれこの机の上に本物の電脳機材が収まることになる。
宮崎の片田舎から世界へとアクセスするための、絶対的な防衛陣地。
俺は部屋の明かりを消し、暗闇の中で「神のスマホ」の画面を静かに起動した。
液晶の青白い光が、静かに部屋の壁を照らし出した。




