第13話:カスタムショップの夜
第2章 【胎動編】軍資金の獲得と秘密基地の構築
第13話:カスタムショップの夜(一九九三年、夏、九歳、小五)
真夏の熱気が夜になっても引かない。
宮崎の夜を覆う湿った空気の中、俺はマウンテンバイクを走らせていた。
目指すのは、街道から一本外れた倉庫街の片隅にあるカスタムショップだ。
昼間に出会ったビラーゴの乗り手が、マシンを押し込んだであろう場所。
そのショップがこの地域で最も腕の立つメカニックが集まる場所だということは、脳内の知識が示していた。
店先には白熱灯の剥き出しの光が落とされ、数台の鉄の馬が闇の中に佇んでいる。
工具がコンクリートの床に当たる高い音が、夜の静寂を不規則に切り裂いていた。
「だから言ったろ、インシュレーターだけじゃねえって」
昼間の男の声が、開け放たれたシャッターの奥から聞こえた。
俺は自転車を静かに止め、オイルとガソリンの臭いが立ち込める店内へと足を踏み込んだ。
リフトの上には、外装を剥ぎ取られたXV400ビラーゴが載せられている。
その周囲を、油汚れのツナギを着た三人の大人が囲んでいた。
「ボウズ、何の用だ。ここはガキの遊び場じゃねえぞ」
一番体格のいい、初老のメカニックがスパナを握ったまま俺を鋭く睨みつけた。
「お兄さん、プラグの状態を確かめた方がいいって言ったから、気になって」
俺は十歳の子供らしいトーンで答えた。
しかし、その視線はリフトの上のエンジン心臓部へと真っ直ぐに向けられていた。
昼間の男が俺の顔を見て、あっと声を上げた。
「親方、こいつだ。昼間、一目で二次エアーを見抜いたガキは」
親方と呼ばれた男は眉をひそめ、俺の品定めをするように視線を落とした。
「フン、ただの偶然だろ。マニホールドの亀裂なんざ、この年式のビラーゴの持病だ。だがな、ボウズ。インシュレーターを換えても、同調がまるで戻らねえんだよ。フロント側の突き上げが強すぎる」
俺はリフトの側までゆっくりと歩を進めた。
大人のメカニックたちが、十歳のガキの動きに気圧されたようにわずかに道をあける。
衣服の下で最適化された俺の筋肉は、一ミリの無駄な動きもせず、マシンの前に位置取った。
「負圧キャブレターのダイヤフラムを見た?」
俺の声が、ガレージの中に響いた。
「ダイヤフラムだと?」
「フロント側のゴムフラップに、目に見えないレベルのピンホールが開いている。経年劣化による硬化が原因だ。だから負圧が綺麗に抜けず、ピストンの上昇スピードが左右で同調しない。いくらインシュレーターを新品にしても、そこからエアーのバランスが狂い続けるよ」
俺は抑揚のない声で、淡々とディテールを告げた。
静寂が店内の空気を凍らせた。
大人たちの視線が、一斉にビラーゴのキャブレターハットへと注がれる。
親方が無言でドライバーを握り、フロント側のキャブカバーを外した。
慎重に取り出されたラバー製のダイヤフラムを、白熱灯の光に透かす。
「……あった。針の先ほどの穴だ」
若いメカニックの声が震えていた。
親方はダイヤフラムを机に置くと、深く息を吐き出し、俺をじっと見つめた。
その瞳には、もはや子供を侮る色は一切なかった。
「ボウズ……お前、一体何者だ。どこのショップの回し者だ」
「ただの小学五年生だよ」
俺はそれだけを言うと、背を向けた。
「待て」
親方が俺を呼び止める。
「このマシンのオーナーになるには、お前はまだ若すぎる。だが、もし数年後、お前が本物の鉄の馬に跨る時が来たら……うちに持ってきな。どんな無理な注文でも形にしてやる」
「一九九九年の11月」
俺は足を止めずに答えた。
「その時に手に入れる最新の新車をここに持ち込む。予算は百五十万。クラシックカスタムをフルビルドでお願いするから、腕を磨いておいて」
背後から、大人が息を呑む気配が伝わってきた。
ガレージを後にし、俺は再び夜の闇へと自転車を走らせた。
大人たちの驚愕など、これから始まる計画のほんの小手調べに過ぎない。
俺はペダルを強く踏み込み、次なるステップへと意識を向けた。




