第11話:小学校高学年の日常、PC-98導入に向けたカモフラージュ設計
第1章:【覚醒編】平成元の6歳児、神の玩具を起動する
第11話:小学校高学年の日常、PC-98導入に向けたカモフラージュ工作(1994年秋・11歳・小6)
一九九四年の秋、宮崎の街道に吹き付ける風は、日を追うごとに鋭い冷たさを帯び始めていた。
鈴木雄大は十一歳となり、小学校最高学年という退屈なモザイクのような日常をただ静かに消化していた。
教室内では、相変わらず無邪気に遊び回る有象無象の児童たちと同調するフリを続け、完璧なカモフラージュを維持している。
しかし、その制服の内側にある大脳皮質は、すでに間もなく発売されるナンバーズ4の軍資金獲得と、その直後に執行すべき次なる段階(第2ステージ)のインフラ構築を見据えていた。
自室に情報収集、世界市場の監視、そして本格的な執筆活動を行うための絶対的な秘密基地――電脳情報要塞を設ける。
そのためには、当時数十万円もした高価なパソコンという精密機械を、ただの小学生が突然欲しがるという不自然さを周囲から消し去る必要があった。
大人の社会を欺き、両親の脳内に「これなら仕方がない」と一〇〇%納得させる完璧な言い訳を事前に設計しなければならない。
夜、実家のリビング。
網戸から入り込む秋の虫の声を遮るように、無口な父親の健一がいつものように深いコクのブラックコーヒーを啜っていた。
マグカップから立ち上る香ばしい湯気が、蛍光灯の青白い光に溶けていく。
雄大は学校で配られたJIS規格の自由帳を胸に抱き、健一の隣へと静かに座った。
「お父さん、僕、将来パソコンがほしいんだ」
健一がマグカップを動かす手をぴたりと止め、新聞から無口な視線をゆっくりと雄大へと向けた。
「パソコンか。どうしてだ、雄大。ゲームでもしたいのか」
「ううん、違うよ」
雄大は十一歳のあどけない、澄み切った子供の瞳で健一を見つめ、あらかじめ脳内で推敲を重ねていた完璧な台詞を口にした。
「お盆に、じいちゃんから戦争のときの話を聞いたんだ。凄く強くて、悲しいお話だった。だから、じいちゃんが生きていた証拠を、僕が大人になっても絶対に忘れないように、いつかパソコンで綺麗な物語にして遺したいんだ」
健一の喉仏が、微かに、しかし激しく上下に動いた。
我が子がこれほど深く祖父の過酷な記憶を受け止め、それを後世に遺そうとしているという、サラリーマンの健一にとって全く想定外の神童としての言葉。
無口な父親の目が、不器用な感動と、我が子に対する確かな誇りでじわりと潤んでいくのを、雄大は冷徹に、しかし温かい眼差しで見届けていた。
(お父さん、嘘をついてごめん。だけどこれは、俺たちが前世の貧困から完全に脱出し、お父さんやお母さんに一生遊んで暮らせる富を捧げるための、絶対に避けて通れないステップなんだ。俺を無条件で愛してくれるお前たちだけは、この俺が最高の力で絶対に幸せにする)
「……そうか。雄大がそこまで考えているなら、お父さんも考えてみるよ」
健一は短くそう言って、雄大の頭を不器用な大きな手で、包み込むように優しく撫でた。
完璧だ。
これで数ヶ月後、雄大がナンバーズ4の当選金から巨額の現金を叩きつけて、当時の最新鋭機「PC-9821」本体と周辺機器一式を電撃導入しても、両親の脳内には『じいちゃんのために必死に貯めたのか、あるいは天才児としての直感で手に入れたんだな』という完璧な納得の回路が繋がることになる。
身内への底なしの甘さと深い愛をカモフラージュの裏に完璧に潜ませ、雄大は静かに立ち上がり、自分の部屋へと戻った。
引き出しの奥底の自由帳には、一九九三年秋に逆引き検索し、一文字の狂いもなく書き写された四桁の数字が静かに眠っている。
世界を相手に仕掛ける最初の経済戦の引き金を引く瞬間は、もう目と鼻の先まで迫っていた。




