第5話 「人格を設計するなら、まず自分から?」
翌朝。
私は人格設計室の机に突っ伏していた。
「……無理」
担当者は書類を一枚めくる。
「現状を確認しました」
「確認しなくていいの」
「業務開始時の状況把握は必要です」
「朝礼か」
「定例業務です」
「異世界まで朝礼あるのね……」
担当者は私の前へ一枚の書類を置いた。
【人格設計 実施申請】
「……来ちゃった」
「予定どおりです」
「予定どおりだから困ってるのよ」
私は書類を見る。
王子の名前。
自由意思。
追加予定。
昨日見た文字なのに、今日は少しだけ重く見えた。
「ねぇ」
担当者は私を見る。
「続行します」
「その返事、日本語として合ってる?」
「会話継続の意思表示です」
「チャットAIみたいに会話を管理しないで」
担当者は気にせず続けた。
「設計変更前に適性検査を実施します」
「まだ検査あるの?」
「重要案件ですので」
「本当に仕事らしくなってきたわ…」
「責任の所在を明確にする必要があります」
「完全に役所の会議資料なのよ」
新しい書類が差し出される。
【人格設計士 適性確認】
「これ何?」
「設計者の確認です」
「採用されたよね?」
「採用と適性は一致しません」
「会社として大丈夫?」
「現在も人員を募集しております」
「求人広告まで出してるんだ」
「離職率が高いためです。
人気職業は離職率も高くなります」
「求人サイトみたいな説明しないで」
担当者は淡々と次のページを開いた。
一番上に書かれていた。
【あなた自身の人格を分析してください】
「…………」
私は紙を見る。
担当者を見る。
もう一度紙を見る。
「いやいや」
「分析対象に誤りがあります」
「そうじゃないの」
私は紙を持ち上げる。
「なんで私なの?」
担当者は即答した。
「人格設計士だからです」
「説明になってない」
「人格を理解していない設計者は、他者を設計できません」
私は少しだけ黙った。
「自己分析ってこと?」
「その表現で問題ありません」
「転生してまで自己分析かぁ……」
思わず天井を見る。
「就活って異世界まで追いかけてくるんだ」
「業種が変更されただけです」
「転職扱いなのね」
私は書類へ目を落とした。
【役割】
【記憶】
【価値観】
【感情反応】
【意思決定】
【権限】
【他者との関係性】
昨日見た項目と同じだった。
でも。
最後だけ違った。
【願望】
私は指を止める。
「……あれ?」
担当者を見る。
「昨日さ」
「願望は設計項目じゃないって言わなかった?」
担当者は書類を確認する。
「王子には存在しません」
「じゃあこれは?」
「人格設計士用です」
「職種限定機能?」
「業務内容が異なります」
「パソコンの上位モデルみたいに言わないで」
担当者は淡々と説明する。
「人格設計士は他者の願望を扱います」
「はい」
「自分の願望を理解していない場合」
一拍置く。
「他者の願望と混同する危険があります」
私は言葉を失った。
昨日。
王子を見て思った。
「自由意思をあげたい」
本当に?
それは王子のため?
それとも。
私がそうしてほしかっただけ?
胸の奥が少しだけざわつく。
私は書類を見る。
【願望】
空欄だった。
「……書けない」
小さく呟く。
担当者がこちらを見る。
「未記入ですね」
「見れば分かるでしょ」
「確認しました」
「報告しなくていいから」
私はペンを持つ。
止まる。
聖女。
勇者。
魔法。
チート。
そんなことばかり考えていた。
でも。
違う。
「……私」
自然と口が動いた。
「聖女になりたかったんじゃない」
担当者は黙って聞いている。
「誰かに必要だって言われたかっただけなんだ」
静かな部屋だった。
担当者は書類へ何かを書き込む。
カリ。
カリ。
ペン先だけが動く。
「何書いてるの?」
私はのぞき込む。
【願望】
【自己承認欲求】
「ちょ、アイドルみたいじゃん」
「要約です」
「履歴書の自己PRじゃないんだから」
「文字数制限はありません」
「じゃあもう少し優しく書いてよ!」
担当者は首をかしげる。
「事実を変更する権限がありません」
「そこだけコンプライアンス徹底してるのね」
私は笑った。
少しだけ。
本当に少しだけ。
担当者は静かに書類を閉じる。
「人格設計とは」
私は顔を上げた。
「他者を変える技術ではありません」
少し間が空く。
「自分を誤解しないための技術です」
私は書類を見る。
役割。
記憶。
価値観。
感情反応。
意思決定。
権限。
他者との関係性。
そして。
願望。
王子にはなかった項目。
私にはある項目。
人格を設計するということは。
誰かを書き換える仕事じゃない。
まず、自分が何を望んでいるのか。
それを最後まで見失わないための仕事なのかもしれなかった。




