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第4話 「王子に自由意思を追加してください」

翌日。


私は人格設計室と書かれた扉を見上げていた。


「……ねぇ」


「呼び出しを確認しました」


「Siriに転生したい願望でもあるわけ?」


「ではなんと応答すればよろしいのでしょう?」


「常識の範囲で答えなさいよ」


「担当者です」


「否定しないの?」


「質問の前提が誤っています」


「もうAIチャットじゃん」


「人格設計支援システムです」


「名前変えただけじゃない」


「何をおっしゃっているのか分かりません。

もう一度どうぞ」


「…これからはMr.Siriとでも呼ぼうかしら…

あ、本題忘れてた。この部屋って毎日入るの?」


「退職されるまでは」


「異世界にも退職あるんだ」


「死亡すると退職になります」


「二回目の退職条件が重いのよ」


部屋へ入る。


机の上には今日も書類。


昨日より少ない。


「今日は紙少ない」


「重要案件ですので」


「重要だと減るの?」


「読む量ではなく、責任が増えます」


「ブラック企業の説明みたい」


「優良部署です」


「自己申告だった」


男は一枚の封筒を差し出した。


赤い封蝋。


王家の紋章。


「依頼書です」


「昨日と違うの?」


「追加依頼になります」


私は封を切る。


中には一枚だけ。


【追加人格設計申請書】


その下に。


【自由意思を追加してください】


「…………」


私は三度見した。


「自由意思って追加するものなの?」


「追加可能です」


「スマホのオプション機能みたいね」


「標準機能ではありませんのでその表現は適正かと」


「え?」


思わず聞き返す。


「ちょっと待って」


「待機しております」


「人間って自由意思標準装備じゃないの?」


男は首を横に振った。


「誤解があります」


「どこが?」


「意思はありますが、自由ではありません」


「哲学の授業始まった?」


「業務説明です」


「この部署、業務内容が重いのよ」


コンコン。


扉が叩かれる。


「入室許可済みです」


「返事する文化覚えたのね」


扉が開く。


昨日会った王妃だった。


「失礼します」


私は慌てて立ち上がる。


「お、おはようございます」


「おはようございます」


王妃は優しく微笑む。


でも。


昨日より疲れて見えた。


「依頼書をご覧になりましたか」


「はい」


私は紙を持ち上げる。


「これ……自由意思って」


「私が申請しました」


「どうしてですか?」


王妃は静かに王子を見る。


今日も本を読んでいる。


いつもと同じ。


何一つ変わらない。


だからこそ。


胸が苦しくなった。


「私は」


王妃が小さく笑う。


「完璧な王を望みました」


「……」


「泣かず」


「怒らず」


「迷わず」


「誰よりも優秀な王を」


私は何も言えない。


「でも」


王妃の声が少しだけ震えた。


「息子は、一度も笑いませんでした」


部屋が静かになる。


担当者が紙を一枚追加した。


【自由意思】


【追加時の注意事項】


私は読む。


一行目で止まった。


【既存の役割を拒否する可能性があります】


「え」


担当者を見る。


「これ」


「注意事項です」


「王様にならないって言うかもしれないってこと?」


「可能性はあります」


「え」


「母親を嫌う可能性もあります」


「え、そんな…」


「人格設計士を嫌う可能性もあります」


「最後だけ私!?」


「担当者を嫌う可能性もあります」


「そこは激しく同意」


「ただ」


担当者は少しだけ間を置いた。


「現時点でも好意は確認されておりません」


「なんか地味に傷ついたんだけど」


王妃は静かに依頼書を見つめる。


「それでも」


小さく息を吸う。


「私は息子に一度だけ、

自分で人生を選んでほしいのです」


私は王子を見る。


「王子様」


「はい」


「もし…」


言葉を選ぶ。


「自由に選べるとしたら」


王子は考える。


長い。


昨日より長い。


やがて口を開いた。


「分かりません」


「……」


「選んだことがありませんので」


私は息をのんだ。


そうか。


この人は選べないんじゃない。


選んだ経験がないんだ。


私は担当者を見る。


「ねぇ」


「質問受付を開始します」


「あ、はいはい。毎回そこにツッコむと話が進まないからスルーするわね。

それで自由意思って…」


担当者は一瞬だけ言葉を止めた。


「定義をご説明します」


私は思わず吹き出した。


「Siri、学習した!?」


「苦情は改善対象です」


「アンケート制度あるんだ」


「年一回実施しております」


「受けた覚えないけど」


「死亡前に送付しております」


「だから記憶がないのよ!」


担当者はいつもの無表情のまま続けた。


「自由意思とは」


「正解を選ぶ能力ではありません」


私は王子を見る。


担当者は静かに言った。


「間違えることを、自分で選べる能力です」


私は依頼書を見つめた。


自由意思。


それは。


幸せになるための設計ではない。


誰かの期待を裏切る勇気まで、設計してしまうということだった。

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