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第3話 「王子様の人格に、不具合はありませんでした」

翌朝。


私は机いっぱいに積まれた紙を見て固まっていた。


「……ねぇ」


「質問を受け付けます」


「この紙の山、見間違いじゃないよね?」


「正常に認識されています」


「認識の概念から外れて」


男は一番上の書類を私の前へ滑らせた。


【第一王子 人格設計仕様書】


「仕様書……。」


「はい」


「人格にも説明書あるんだ」


「設計物ですので当然かと」


「人間を家電みたいに言わないでよ」


「家電には保証書も付きます」


「人間のほうが扱い雑じゃない?」


男は気にせずページを開く。


「では、調査を開始します」


「調査って、何を調べるの?」


「設計内容です」


「それ見れば終わりじゃない?」


「設計どおりに動作しているかは別問題です」


「動作って言った」


「失礼しました」


私は少し安心する。


「言い間違えることもあるんだ」


「人権上、表現を修正しました。」


「反省じゃないのね」


男は最初のページを指差した。


【役割】


【第一王子】


【次期国王】


【国家の象徴】


「異常なしですね」


「まだ見てないけど?」


「役職は変わっておりません」


「そこだけ見たの?」


「役割とはそういうものです」


「あんたの設計書も気になってきたわ…」


私は仕様書をめくる。


【記憶】

【保持率 100%】


「え、前世の私は思い出せないんだけど」


「仕様が違います」


「便利な言葉ねそれ」


次のページ。


【価値観】


【国家を最優先】


【合理性を重視】


【私情を排除】


私は思わず王子を見る。


窓際で本を読んでいる。


昨日と同じ姿勢だった。


「ねぇ、王子」


「はい、どうしました?」


「毎日読書してるの?」


「そうですね、ルーティンに組み込まれているので」


「好きだから?」


「必要だからです」


「必要って何に?」


「国家運営に必要な知識です」


「まぁ確かに必要ではあるけど…

じゃあ、小説は?」


「必要ありません」


「料理本は?」


「料理人ではありません。」


「徹底してるわね…」


「恋愛は?」


「将来の国家存続のために必要とあらばお見合いは致しますが」


「………だめだこのロボット壊れてるわ」


男「ロボットの安全確認完了ですね」


「そうねこれで完璧!

…こら、ロボット言わない!最近こいつのペースに巻き込まれるわ」



そして男が一枚書類をめくる。


「価値観に矛盾はありませんが」


「今ので分かるの?」


「十分です」


「早くない?」


「人格は長話を嫌いますので」


「人格が?」


「設計者が」


「まさかの設計者の都合だった」


私は王子の前まで歩く。


「ねぇ」


「はい」


「王様になりたい?」


「なります」


「いや、そうじゃなくて…」


「質問を修正してください」


「まるで21世紀のロボットだわ……おっと失礼」


私は慌てて言い直す。


「王様になりたいと思う?」


王子は少し考えた。


「分かりません」


「じゃあ…国を治めたい?」


「必要があります」


「必要って…ねぇ、あなた楽しいの?」


「分かりません」


「褒められると嬉しい?」


「評価として受け取ります」


「えーっと…怒られると悲しい?」


「改善点として受け取ります」


私は男を見る。


「ねぇ」


「呼び出しを確認しました。」


「会話っていつもそんな感じなの?」


「円滑に進めております。」


「Siriじゃあるまいし」

「王子様さ、本当に人間なの?」


「定義上はそうですね」


「定義上って何よ」


「戸籍があります」


「え、戸籍あるんだ」


「王族ですので一応」


「そこはちゃんとしてるのね…」


私はもう一度仕様書を開いた。


役割。


記憶。


価値観。


感情反応。


意思決定。


権限。


他者との関係性。


全部ある。


全部埋まっている。


全部、完璧だった。


「……変ね」


男が私を見る。


「どこがでしょう?」


「何も壊れてないじゃない」


「故障報告は上がっておりません。」


「そういう意味じゃない!」


男は少しだけ考えた。


「足りない、という主観ですね」


「そう、それなのよ!

第三者から見ると足りていないの」 


「仕様には存在しません」


「また仕様…この世界は仕様書が権力の根源なの?」


私はページを何度もめくる。


役割。


記憶。


価値観。


感情反応。


意思決定。


権限。


他者との関係性。


「……あれ?」


私は手を止めた。


「ねぇ」


「どうしました?」


「好きって、どこに書くのかしら?」


男は一瞬で答えた。


「ありませんね」


「え?」


「設計項目ではありませんので」


「恋とかは夢は?」


「ありません。必要ではないので」


「なんで?必要じゃない、生きていく上で大事なことよ」


男は静かに仕様書を閉じた。


その音だけが部屋に響く。


「人格設計において…」


私は息をのむ。


「願望は、必須項目ではありません。」


「…………。」


私は王子を見る。


王子もこちらを見ていた。


「王子様」


「はい」


「あなたは、今…」


私はゆっくり聞いた。


「本当は、何がしたいの?」


王子は少しだけ考えた。


そして、困ったように微笑んだ。


その表情だけは、とても人間らしかった。


「それが分からないから」


静かな声だった。


「私は、依頼したのです」


胸の奥が、少しだけ重くなる。


仕様書には不具合はない。


設計も間違っていない。


それでも…目の前の人間は、自分が何を望んでいるのか分からなかった。


私は初めて思った。


人格は、設計できる。


だけど。


「生きたい理由」まで、設計できるのだろうか。

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