第2話 「最初の依頼人は、次期国王でした」
目を開ける。
見知らぬ天井だった。
「……おぉ。」
高い。
やたら高い。
「異世界っぽい。」
「異世界です。」
「うわぁっ!」
私は飛び起きた。
「なんでいるの!?」
「担当者ですので。」
「転生したら担当変わるものじゃないの?」
「継続案件です。」
「私、役所の書類みたいな扱いなの?」
「転生届は受理されています。」
「提出した覚えないんだけど。」
「死亡と同時に自動提出されます。」
「便利なのか怖いのか分からない制度ね……。」
男は書類を一枚取り出した。
「本日の予定です。」
「予定?」
「午前、初仕事。」
「早い。」
「午後、報告書。」
「仕事なんだ……。」
「定時は17時です。」
「異世界なのに?」
「異世界ですので。」
「理由になってない。」
「世界が違っても、締切は存在します。」
「締切だけ異世界転生しなくていいのよ。」
男は歩き出した。
私は慌てて追いかける。
「待って!」
「歩行速度を調整します。」
少しだけ歩く速度が落ちた。
「そこは優しいのね。」
「新人が迷子になると始末書です。」
「私のためじゃないんだ。」
「管理者の評価が下がります。」
「最後まで他人軸だった。」
長い廊下を歩く。
赤い絨毯。
白い柱。
窓の外には城下町。
まるで絵本の世界だった。
「ここって……。」
「王城です。」
「え。」
「依頼人がお待ちです。」
「いきなり王族?」
「順番です。」
「順番なの?」
「受付番号一番です。」
「病院みたいに呼ばないで。」
男は巨大な扉の前で止まった。
「失礼します。」
そう言って扉を開ける。
「返事待ちなさいよ!」
「返事を待つ文化は部屋によります。」
「文化なの!?」
部屋には、一人の青年がいた。
窓際で本を読んでいる。
銀色の髪が光を受けて揺れる。
絵画みたいだった。
青年は本を閉じる。
「初めまして。」
静かな声だった。
「あなたが人格設計士ですね。」
「……はい。」
「お会いできて光栄です。」
私は担当者を肘でつついた。
「普通じゃない?」
「第一王子ですので。」
「いや、あんたより礼儀正しい。」
「礼儀は王族教育に含まれます。」
「教育なんだ。」
「努力でもあります。」
「そこは本人を褒めるのね。」
「事実です。」
私は少しだけ安心した。
少なくとも、この人は普通に見える。
担当者が書類を差し出した。
【依頼対象】
【第一王子】
もう一枚。
【依頼内容】
【感情がありません。
人間らしくしてください。】
「…………。」
私は紙を見る。
王子を見る。
また紙を見る。
「え?」
王子が首をかしげた。
「何かございましたか。」
「いや……普通に話してるよね?」
「はい。」
「ちゃんと会話もできる。」
担当者が淡々と言う。
「言語機能に異常は確認されておりません。」
「健康診断じゃないのよ。」
私は王子へ近付いた。
「少し質問していい?」
「もちろんです。」
「好きな食べ物は?」
「栄養価の高いものです。」
「嫌いな食べ物は?」
「ありません。」
「趣味は?」
「読書です。」
「楽しい?」
王子は少し考えた。
「分かりません。」
「分からない?」
「楽しいという感情を経験したことがありません。」
喉の奥が少しだけ乾いた。
私は笑おうとした。
でも笑えなかった。
「じゃあ。」
もう一つだけ。
「悲しいことは?」
「ありません。」
「怒ることは?」
「ありません。」
「誰かを好きになったことは?」
「ありません。」
静かだった。
王子の声には、
嬉しいも悲しいも乗っていない。
ただ答えがあるだけだった。
私は担当者を見る。
「これ、本当に感情がないの?」
「表現が曖昧です。」
「え?」
「感情が存在しないのではありません。」
「では?」
「感情を人生の判断基準に採用していません。」
「そんなことできるの?」
「設計上は可能です。」
私は王子を見る。
「治せる?」
「修理ではありません。」
担当者は静かに首を振る。
「人格に故障はありません。」
「じゃあ?」
「再設計です。」
「違いは?」
「故障品を直すのが修理。」
一拍置く。
「完成品を書き換えるのが再設計です。」
胸の奥が少しだけ重くなる。
完成している。
なのに。
変える。
それって。
本当に、やっていいことなんだろうか。
私は王子を見る。
「ねぇ。」
「はい。」
「あなたは変わりたい?」
王子は少しだけ考えた。
「変わりたい、という感情が分かりません。」
私は言葉を失った。
担当者が依頼書を閉じる。
「人格設計士。」
「……なに?」
「最初の依頼です。」
私は依頼書を見る。
王子を見る。
そして、担当者を見る。
「ねぇ。」
「質問を受け付けます。」
「もし私が失敗したら?」
担当者は迷わなかった。
「人格は元に戻りません。」
部屋が静まり返る。
私は依頼書を握り締めた。
ゲームじゃない。
魔法でもない。
これは。
誰かの人生を書き換える仕事だった。




