第1話 「人格は設計できる。しかし、人格は設計だけでは完成しない」
まえがき
人間の人格は、設計できる。
役割を決める。
記憶を与える。
価値観を組み込む。
感情の反応を調整する。
意思決定の方法を設定する。
そうすれば、人はその設計通りに生きるのだろうか。
――たぶん、そんなに簡単ではない。
この物語は、異世界に転生したひとりの女性が、
「人格設計士」という職業を通して、
王子、勇者、聖女、魔王、そして自分自身の人格と向き合っていく記録である。
……と、ここまで書くと、なんだか非常に壮大で難しそうに聞こえる。
だが、安心してほしい。
主人公は転生初日に、
「チート能力はありますか?」
と聞いて、
「ありません」
と即答されるタイプの人間である。
しかも、魔法の才能もない。
剣術の才能もない。
鑑定能力もない。
そんな彼女に与えられた職業は――
人格設計士。
人格は、設計できる。
けれど。
人格は、設計だけでは完成しない。
これは、そんな世界で始まる、
少し不思議で、少し哲学的で、
たぶん本人はそれどころではない物語である。
「あなたは、何者ですか?」
そう聞かれて。
私は、答えられなかった。
まずここはどこだ。
「……え?言っている意味が分からない」
「何者ですか?」
「いや、質問の意味はわかるけど」
「では、答えてください」
目の前の男は、白い紙を一枚めくった。
白い髪。
金色の瞳。
長い耳。
そして、額に生えた一本の角。
どう見ても、私の知っている人間ではない。
「まず、ここはどこなの?」
「死後管理局です」
「……」
「どうしました?」
「いや、死んでも管理されるって、一般社会と同じだなと」
「あなたは死亡しました」
「…ちょっと!!少しは死んだ余韻に浸らせて」
「必要ですか?」
「…必要でしょ」
(3秒経過)
「では、あなたは死亡しました」
「余韻に浸る暇もないし、そんなんじゃカップラーメンすら作れないじゃん」
男は、何も気にせず書類に目を落とした。
「死因は――」
「ちょっと待って」
「はい」
「私、死んだの?」
「はい」
「え、本当に?」
「はい」
「ちなみにいつ?」
「昨日です」
「昨日?」
「正確には、午前二時十七分」
「……」
「何か思い出しましたか?」
私は、そっと目を閉じた。
昨日。
午前二時十七分。
何をしていた?
どこにいた?
誰といた?
何を食べた?
何を考えていた?
「……」
何も、思い出せなかった。
男は、また紙をめくった。
「前世記憶は保持されています」
「されてないんだけど」
「保持されています」
「何も思い出せない」
「記憶があることと、記憶を取り出せることは別です」
「記憶はどうやったら取り出せるの?」
「前世記憶なんて必要ですか?」
「必要でしょ、アイデンティティの為には」
「死人に口なし」
「勝手に殺さないでもらえる?
死んでるけど、生きてるから」
男は、私を見た。
「では、転生先を決定します」
「スルーしないでよ!」
「ちなみに転生先ってどうやって決定するの?」
「サイコロです」
「なんで第二の人生をサイコロなんかで決めなきゃならないのよ」
「人生ゲームと一緒です」
「何事もゲームとして楽しめっていう教訓?一理あるけどさ…ってそうじゃない!
危うく丸め込まれるところだった」
「では、転生を始めます」
「ちょっと待って!
その前に質問していい?」
「手短にどうぞ」
「魔物はいる?勇者は?魔物は?」
「います」
私は、少しだけ身を乗り出した。
「そ、それならチート能力はあるの!?」
男は、書類を見た。
「ありません」
「……聞き間違いかな?もう一回言って」
「ありません」
「えーっと…それなら魔法の才能は?」
「平均以下ですな」
「………あ、じゃ、じゃあさ。剣術や鑑定能力は?」
「才能なしです」
「なんでそう言い切れんのよ、失礼ね」
「見ればわかります」
「…それさ、もはや書類確認して言ってないよね?」
男はそっと目を逸らした
「………」
「あ、そ、そうよ!転生っていうくらいだから、不老不死みたいな能力はあったりして?」
「却下です」
「なんであんたが決めんのよ」
「もうわかったわ。そもそも能力がないというなら、アイテムボックスくらいはあるんでしょ?お助けアイテムくらいあってもいいわよね?」
「ありませんね」
「なんなのよこの転生!!!お決まりの転生ものだったら一つくらいあってもいいじゃないのよおおぉぉぉ!!」
男はそっと耳栓をし、一枚の書類を差し出した。
そこには、見たことのない文字が並んでいた。
けれど、なぜか意味だけは理解できた。
【転生者特別適性】
【人格設計】
「……人格設計?」
「あ、すみません何か言いました?」
「あんた耳栓取りなさいよ」
「バレていましたか」
「さっきこそこそしていたからバレバレよ」
男は耳栓を外しながら
「あなたの職業は人格設計士です」
「え、人格設計士…?どういうこと?」
「転生先の職業です」
「ごめん聞きたいのはそこじゃない」
「あのさ、転生って言ったらお決まりは魔法使いや勇者じゃないの?」
「あなたの場合は違うみたいですね」
「私みんなから崇められる聖女になることを夢見てたんだけど」
「御愁傷様です」
「あんたほんと酷くない!?
少しは乙女心を理解しなさいよ!」
「さて、本題に戻りまして。
これがあなたの職業についての書類です」
「…スルースキルだけ上達してるじゃない」
「聖女様のおかげです」
「………」
「もういいわ、あんたと真面目に会話してるともう一回死ぬくらい疲れるわ。
それで?私は人の人格を設計するの?」
「はい、聖女様」(棒読み)
「その扱い方をした方が事務作業早く終わると思ってない?」
「定時が17時なので」
「所詮あんたもお役人ってことね…」
私は、書類を見た。
もう一度見た。
やっぱり、書いてある。
【人格設計士】
「人間って、設計できるの?」
「この世界ではできますね」
男は、淡々と答えた。
「それって誰でも可能なの?王様や魔王も?」
「はい、勇者でも可能です。ちなみに聖女も」
「………聖女も?」
「はい、可能です」
「あんたまさか私の人格も設計しようとしてない?」
「僕が人格設計士なら迷わず聖女を設計しますね。可憐で清楚な聖女様に。
あと操作しやすいように作り変えます)」
「最後さらっとえげつないこと言ってるけど、サイコパスなのでは?」
「妄想癖が酷いようで」
私は、腕を組んだ。
「それならまずはあんたから設計し直してあげようか?」
「間に合っております」
………
とりあえずこいつに今構っている暇はない。
私がこれからやるべきことはなんだ?
考えろ私。
「…あ、そうよ!魔王の人格を変えればよくない?」
「魔王ですか?」
「魔王の人格を優しい人に変えれば、この世界は平和になる!それで万事解決でしょ?」
男は目を伏せ黙った。
「なによ、私、何か間違ったことでも言った?」
「人格設計を、かなり単純なものだと考えていますね」
「違うの?魔王は悪でしょ?
だから悪の根源である魔王の人格を変えてしまえば何も問題なんて起きないんじゃ…」
男は、私の前に一枚の紙を置いた。
そこには、いくつかの項目が並んでいた。
【役割】
【記憶】
【価値観】
【感情反応】
【意思決定】
【権限】
【他者との関係性】
「これらを組み合わせて、人格を設計します」
「……」
「どうかしました?」
「ゲームのキャラクター作成画面みたいよね」
「そんな感じです」
「あんたって結構雑だよね」
「お褒めに預かり恐悦至極」
「褒めてないから」
「さて。ゲームの注意事項があります、
完成後の修正は困難です」
「ゲームって言っちゃったよこの人…」
「修正できないの?」
「人間ですから」
「そこだけはリアルなんだ。不便ね」
「人間ですから」
「そこだけはリアルなんだ。不便ね」
男は静かに書類を閉じた。
「説明は以上です」
「え?もう?」
「はい。これより転生手続きを開始します」
「ちょ、心の準備とかないの?」
「先ほど三秒ほどご用意しました」
「あれ余韻だったじゃない!」
男は何事もなかったかのように立ち上がった。
「最後に、一つだけ質問があります」
「……なに?」
金色の瞳が、まっすぐ私を見つめる。
「あなたは先ほど、『魔王の人格を優しくすれば世界は平和になる』と言いましたね」
「うん。それが一番早いでしょ?」
「では、質問です」
一拍。
「もし、あなた自身の人格を設計し直せるとしたら――」
男は静かに言った。
「あなたは、今の自分を書き換えますか?」
「……」
言葉が出なかった。
私なら、どうする。
もっと賢く。
もっと優しく。
もっと勇敢に。
もっと器用に。
そんな自分になれるなら。
……私は、本当に私のままでいられるのだろうか。
男は小さく頷く。
「その答えを探すことも、人格設計士の仕事です」
そう言って、机の引き出しから一冊の分厚いファイルを取り出した。
表紙には、大きく書かれている。
【人格設計依頼書】
「……これって」
「あなたの初仕事です」
私は思わず身を乗り出した。
「最初のお客さんは誰なの?」
男は一枚だけページをめくる。
【依頼対象】
【第一王子】
「……王子!?」
さらに男は、淡々と読み上げた。
「依頼内容――」
もう一枚、紙がめくられる。
【感情がありません。
人間らしくしてください。】
「…………は?」
男は事務的な笑顔で告げた。
「人格設計士としての最初の仕事です」
次の瞬間、視界が真っ白に染まった。




