【第37話 ちょろすぎカップル】
「よう、久しぶりだな」
声に威圧を乗せた神足が、進路を阻むようにして仁王立ちしている。
その仕草だけで、まだ俺を許していないこと、俺を見下していることがわかる。
俺は、「ああ」と最小限の返事をした。「久しぶり、んじゃ」で別れるのは難しそうだ。
神足の恰好は、冒険者というよりも騎士に近い。アブリルさんが身につけていたものよりも光沢があり、デザインも見映えを意識したフォルムをしている。あと、腰に剣か。
「この恰好が気になるか? 俺は今、騎士団に所属している」
「騎士団に入ったのか。笛吹は冒険者だって言ってたな」
「笛吹に会ったのか?」
「噂で聞いただけだ」
「代行者は、半分が騎士団に。もう半分は冒険者になった。俺が騎士団側のリーダー。笛吹が冒険者側のリーダーってところだな。摩耶は副リーダーだ」
神足の隣にいる遠山は、一目で魔法使いだとわかる。ただし、野暮ったいローブではなく、生足を見せつけるように露出させ、胸元もはだけさせた挑戦的な装い――ではあるんだけど、そういったセクシーな恰好は、久慈林先生みたいなボン、キュ、ボンな大人の女性がやるからこそ似合うのであって、普通の女子高生でしかない遠山がやっても、うーん、がんばったね。としか言えない。あと、鈍器として使えそうな木の杖を持っている。
「いつまで経っても城に顔を出さないから、てっきり野垂れ死んだのかと思ってたぜ。今までどこで何をしていやがったんだ?」
「心配してくれてたのか?」
「はんっ、なわけないだろ」
ですよね。
心配してたとか言われても、戸惑うだけだわ。
「日銭を稼いで宿屋暮らしだよ。なんとかやっていけてる」
「は~ぁ? こっちは世界の平和を守る代行者としての務めを果たすために、毎日毎日厳しい特訓をしてるってのに、いい気なもんだな」
務めって何? 承諾した覚えがねーんだけど。
律儀に女神の要求に従う意味がわからん。
力を持ったものの義務とか言い出す気か? ノブレスオブリージュなの?
だったら、ゴミスキルを押しつけられた俺たちには関係なくね?
「知ってのとおり、俺たちがもらったスキルは余りものだ。魔物と戦うなんてできない」
ということにしておく。
「腰抜けかよ。戦闘以外でも、雑用とか役に立てることはあるだろ」
「召使いにでもなれって言ってるのか?」
「してやってもいいって言ってるんだよ」
「遠慮しとく」
「何様だ」
はい、こっちの台詞。
強いスキルを手に入れたせいか、やたら気が大きくなっているな。
「お誘いはありがたいけど、代行者としてのあれこれは辞退させてもらう。その代わり、城に保護を求めるつもりもない。他のクラスメイトに迷惑をかける気もない。だから放っておいてくれ。お前らだって、嫌われ者の俺と一緒にいても、気分が悪くなるだけじゃないか?」
「あれだけのことをやらかしておいて、罪悪感とかないのかよ」
「人並みにはあるさ。だからその分は殴らせてやっただろ」
「フザケんな。あんなもんで、摩耶の受けた苦しみを償えると思ってんのか?」
「総くん、私なら平気だから……」
彼女のことを第一に考える俺ってば、最高の彼氏じゃん、とでも言いたげに、神足が遠山の肩を優しく抱き寄せた。遠山も、彼氏を気遣って健気に振る舞える私、彼女として完璧よね、とでも言いたげに身体を預けている。
なんだかなあ……。
こいつらの過剰な言動は、なんつーか、どうにも演技臭い。彼氏彼女という配役をこなし、リア充っぷりを見せつけて優越感に浸っているだけな気がして薄ら寒い。
なんてことを指摘したところで、非モテの僻みと言われるのがオチだけど。
「というか、自分が嫌われ者だって自覚してる不動と、なんで鬼ヶ島たちは一緒にいるんだ? 鬼ヶ島は不動のこと、殺してやるくらいに思ってたんじゃないのか?」
「アタシ? あー、一発ボコったら、思ったよりスッキリしたってゆーか」
「なんだそりゃ。川尻は?」
「わたしは、きりはるくんに助──」
川尻の口元に手を差し出して遮り、その先を言わせなかった。
神足が俺に難癖をつける理由と、俺が川尻を庇った理由は別件だ。
わざわざヘイトを散らす必要はない。
波風立てずにこの場を脱する方法を考えていると、鬼ヶ島が耳打ちをしてきた。
耳に息が当たり、思いがけず心臓が高鳴ってしまう。
「こいつ、偉そうでまぢイラッとするんだけど、頭ガチコンして逃げちゃう?」
「鉄パイプでか?」
「もち」
「おやめなさい」
それ、普通に傷害事件だから。
「オイ、話してる途中だぞ。人前でイチャついてるんじゃねーよ」
俺と鬼ヶ島の心が、かつてないほど一つになった瞬間であった。
「不動……お前、鬼ヶ島と一緒に暮らしてるのか?」
「いや、さっき言ったように、宿屋暮らしだから。部屋はちゃんと別だし」
「そのうちマイホームを手に入れる予定だけどねー。アタシたちの」
鬼ヶ島が川尻と手を繋ぎ、さらに俺の肩を親し気に組んで神足を挑発した。
うーわー、絶対ややこしいことになるぞ。
「ど、同棲……だと?」
「アタシと恋姫だけじゃなくて、むっちゃんと賽子先生も一緒よん」
聖士郎が女になったことを、神足たちは知らないはずだから、あえて名前を伏せたな。
「むっちゃん?」
「ああ、えーと、由々敷睦琴ちゃん」
「男1、女4……。ハーレムじゃないか……」
「総くん、まさかとは思うけど、羨ましがってる? え、燃やす?」
「(ギクゥ!)ハハ、そんなわけないだろ。俺は摩耶がいれば、他に何もいらない」
「総くん♡」
そいつ今、ギクゥ、みたいなリアクションしなかった?
「鬼ヶ島、川尻、目を覚ませ! そいつが何をしたか、思い出すんだ!」
「えー、でもぉ、不動ってば、意外と凄いしー」
「す、凄いって、何がだ?」
「それはアタシの口から言えないっていうかー、ご想像にお任せするっていうかー」
お任せするな。ちゃんと口にしろ。
「口にはできないような、凄いこと……」
「そうよ、きりはるくんは凄いんだから! さいこ先生とむつことちゃんも、きりはるくんのおかげで――あっ、これは内緒にしておかないといけないんだった……」
川尻が、慌てて口をつぐんだ。
けど、お前が心配しているようなことにはならない。
代わりに、別の誤解が生まれまくっているから。
神足が、わなわなと怒り(嫉妬)に打ち震えていらっしゃる。
「俺ですら摩耶とは男女別の宿舎で暮らしてるっていうのに、ではなく、クラスの仲間たちは日々魔物との戦いに備えているというのに……不動、貴様は万死に値する!」
しゅら、と音を立てて、神足が鞘から剣を抜いた。
めんっっっどくせえ。ほらみろ、ややこしいことになった。
「付き合ってられるか。勝手に言ってろ」
大通りを塞がれているため、遠回りになってしまうが、俺は脇道へ入ろうと回れ右をした。
しかし、脇道にも神足がいた。
何を言っているのかわからないと思うが、起こったことをありのまま話している。
「俺から逃げられると思うなよ」
「総くん、はやーい♪」
はやい。遠山のその台詞で、睦琴から聞いたクラスメイトのスキル情報を思い出した。
神足が女神から授かったスキルは、確か【高速移動】だったか。
制動時の衝撃なんかも完全に無視している。
腹立つくらい、使い勝手のいいスキルだな。ダッシュ斬りとか、シンプルで超強そうだ。
「今の俺は、100メートルを1秒で走り抜けられる。そう、人呼んで、神速の騎士」
もしかしてだけど、それって神足と神速をかけてたりすんの?
うぅん、センスぅぅ。
「かつて学び舎を同じにしたよしみだ。命までは取らないでおいてやる。だが、軽く痛い目を見せてから、他の仲間たちの前で土下座させてやる」
「そこまでやらされる責任はないな。どいてくれ」
「……摩耶」
神足が短く命じた瞬間、炎が走り、この場にいる全員を取り囲んでしまった。
遠山のスキル──【火炎操作】か。
「人は私を、紅炎の求道者と呼ぶわ」
なんて?
紅炎はわかるけど、求道者って、それ意味合ってる?
特設リングのつもりか、ちょうど飛び越えられないくらいの高さの炎が壁を作っている。
聖士郎の雷撃を除けば、初めて見る魔法らしい魔法に、ちょっとテンションが上がる。
「不動、俺と戦え」
「こっちは丸腰なんだけど?」
「ふん、この剣に臆したか。この剣は【+4鋼の剣】。攻撃力は、なんと480もある」
売りに出してるミスリルダガーと同じだな。
「国王から特別に貸し与えられた一振りだ。金貨3000枚以上の価値があるらしいぜ」
「さいで」
「お前ごときには、一生手にできない代物だろうな」
そうでもないけどな。
「さあ、戦え!」
「……だから、素手相手に――」
アンフェアすぎる勝負に文句をつけようとすると、俺の不満を代弁するかのように鬼ヶ島が一歩前に出た。
「アタシが代わりにやる。武器なら持ってっし」
カラカラと地面を掻いてから、鉄パイプを神足に向けて突きつける。
「鬼ヶ島か。なんのスキルが渡ったのかは知らないけど、どうせ、お前のもゴミだろ?」
「そういうあんたは、かけっこが自慢なわけ? ウケる。小学生かっての」
「チッ、どうやら、お前にもお灸を据えてやらないといけないようだな」
舌打ちをし、神足が剣を中段に構えた。
一応、騎士団でちゃんと訓練を受けているのか、それなりに様にはなっている。
「やっちゃえ、総くん! そいつ、前から生意気だったのよ!」
「うるさいから、公園の浮浪者さんは静かにしててくんない?」
「なっ……!?」
上手いこと言った鬼ヶ島が身体を捻り、バッティングスタイルで構えた。
「鬼ヶ島、よせ! 真っ向から打ち合って、勝負になるわけがない!」
「やってみなけりゃわかんないし」
「相手は実戦的なスキル持ちだ! いや、武器の性能、そして男女の筋力差。こんな不公平な条件でスキルまで使う卑怯者だとは思わないが、素の力比べじゃ分が悪すぎる!」
「アタシだって修行したもんね」
「俺だって、素人に毛が生えたような神足が、鉄パイプを両断なんてできるわけないと思う。だが、万が一ということもある!」
「あはは、もうそんくらいでいいよ。不動って、ホント(笑)」
鬼ヶ島は構えを解かない。
対する神足が、ニヤリと不敵に笑んだ。
「両断できるわけない、か。本当にそうかな?」
ちょっっっろ。
「いくぞ、鬼ヶ島!」
「はいはい。いっせーのーで」
鬼ヶ島が愛用している鉄パイプの攻撃力は、5だと言っていた。
ただし、これは未精錬での数値だ。
久慈林先生は、武器を作ることはできないが、精錬ならできる。
できるということは、試したことがあるということだ。
では、その試し打ちとして、何を使ったか。
もうおわかりだろう。
ガキィィィイン!!
――ひと際硬い音が響き渡った。
鬼ヶ島の鉄パイプは無傷。
神足の鋼の剣は予想どおり、真っ二つに叩き折れた。
当然の結果だな。
【+6 鉄パイプ】
(状態)非公開
(所有者)ソヨギ・オニガシマ
鉄製の鈍器。
攻撃力3600
防錆の効果が付与されている。
たかが480の攻撃力で、勝負になるはずがない。
そんな恐ろしい武器で尻を叩かれていたのに、どうして平気なのかという疑問を持たれるかもしれない。これに関して、武器のプロフェッショナルであるパピコ氏はこう語っていた。
『本当に良い武器っていうのはね、使い手の意図を汲んで、斬りたいと思うもの、壊したいと思うものを、ちゃーんと選んでくれるものなのさ』
ということらしい。
鉄パイプが良い武器なのかはともかく、俺はそれで納得することにした。
だって、ここは異世界だもの。
「な、なな、なななななああああ!? なん、そんな、馬鹿な! なんで俺が打ち負けて!」
金貨3000枚以上だっけ? 弁償乙。
とりあえず、仕上げ言っとくか。
「まさか、神足の武器の方が折れるなんてッ!! ハッ、そういうことか。神足はこれまでにもスキルを使いながら、その剣を幾度となく振り続けてきたはず! つまり、神足の強大な力でダメージが蓄積し、武器の方が耐えきれなかったんだ!」
こう言っとかないと、後々面倒だからな。
「あ、ああ……俺の力が強大すぎたせいで……ッ! くそおおおおおおお!!」
「総くんは悪くないよ! 泣かないで!」
こいつら、マジでちょろいな。ある意味、お似合いか。
とはいえ、勝負は勝負。勝ちは勝ち。
お、火の壁も消えてくれたか。
俺たちはショックに打ちひしがれている神足と遠山を尻目に、そそくさとその場をあとにした。




