第38話 死ぬまでに一回言ってみたい台詞
バカップルの出現で有耶無耶になったとはいえ、俺が川尻と鬼ヶ島を怒らせたという事実は変わらない。
しかし、その原因がいまいちよくわからない。
そこで俺は、女性経験豊富そうな甘いマスクをお持ちのアブリル・ブローズント氏に相談を持ちかけることにした。本日も飽きずに勇者(仮)聖士郎に礼拝しに来たところを確保する。
竜の肉球亭の隅っこのテーブルを男二人で挟み、俺は事の顛末を話した。
「え? コヒメ殿とソヨギ殿、お二人ともに指輪を贈ると言ったんですか?」
「はい。目当ての魔具が、どちらも指輪タイプだったんで」
「…………」
冗談でしょう? みたいな顔をされてしまった。
「それは……まずいですよ。首飾りなどとは、意味合いがまるで違います」
「指輪を贈るって、特別な意味があるんですか?」
「ありますとも。男が女性に求婚する手段として用いられ……あ、もしかして、キリハル殿のいた世界では違うのでしょうか。であれば、私の意見は当てはまらないかと」
「いえ、同じですね」
「…………」
マジか、こいつ。みたいな顔をされてしまった。
「や、待ってください! 言い訳してもいいですか!?」
「はあ、どうぞ」
「俺は最初から、魔具探しだって言ってあったわけですよ。それでたまたま魔具が指輪の形をしていただけで、その流れで求婚だなんて思いますか? 普通、思わないでしょ?」
「それだけ、男性から指輪を贈られるというのは、女性にとって特別で、大事件なのですよ。この件に関して、彼女たちを責めることはできないかと」
「責めるつもりなんて一切ないですけど、でも、俺ですよ!? 俺がパーティーの女子に高価な物を贈ったって、そんなのカル●アのマ●ターがガチャ回して推しサー●ァントの概念●装を強化するのと大差ないし、三次元女子の好感度をちまちま上げるために万札をつぎ込むくらいなら、ソシャゲの課金に回した方がはるかに有意義だと本気で思っているような男ですよ!? そんな俺から指輪をもらって喜ぶ女子がいると思いますか!?」
「え、ええと……キリハル殿の言葉は高尚すぎて、私のような凡人には理解が及びませんが、私はキリハル殿が、魅力にあふれた人物だと確信していますよ?」
「アブリルさん(トゥンク☆)」
「男二人で、何やら香ばしい話をしているね」
大部屋のある二階から睦琴が降りてきた。
「ムツコト様、本日もお邪魔させていただいております!」
立ち上がって敬礼しそうになるアブリルさんを、睦琴がどうどうと抑えた。
睦琴がビエネッタさんを治療して以来、こんな調子だ。
彼の中で、聖士郎は勇者。睦琴は聖女という位置づけになっているらしい。
アブリルさんが睦琴のために椅子をもう一つ用意し、飲み物を注文してまいりますと言って席を離れた。
「聖士郎は?」
「久慈林教諭と、今日買ってきた耐電性のある防具を精錬している」
「どうやって先生の【危険察知】スキルを発動させてるんだ?」
「それは女子だけの秘密だ」
何それ。超気になる。
「ちなみに、いくつまで強化予定?」
「+10だ」
「……マジか」
「中途半端に精錬して、結局落雷に耐えられなかったら、目も当てられないからな。それに、武器と違って防具なら、万が一紛失したとしても、最悪の事態にはならないだろう」
「そりゃまあ、そうかもだけど」
うっかり武器を失くしたせいで国が亡んだとか、笑い話にもならない。
なので、武器に関しては、強化は+6までと決めている。
「あれ? でも所持金は金貨200枚くらいしかなかったろ?」
+10まで上げるには、魔鉱石が十個必要になる。
魔鉱石は一個30金貨ほどなので、完全に予算オーバーのはずだ。
まさか借金? いや、堅実な睦琴が、そんなことをするはずもないか。
「もしかして、+4ミスリルダガーが売れたのか?」
「いや、売れていない」
「じゃあ、借金したのか?」
「まあ、聞いてほしい。+4ミスリルダガーが売れるのを根気よく待ち続けるのもありだが、一つ売るだけで何十日もかかってしまうのは嬉しくない。それに、+4でこれでは、+5以上だと、まず売れないと思う」
「同感だ。だから、+3あたりを量産した方がいいんじゃないかと思ってたところだ」
「それも一案だが、ハーゲン氏に提案して、別の方向から攻めてみることにした」
「別の方向? どんな?」
「まず、売るのはやめた」
目をぱちくりさせてから、俺は聞き間違いかと思い、もう一度尋ねた。
「早合点しないでほしい。+4ミスリルダガーを直接売りはしないというだけだ」
「どゆこと?」
「質問をしよう。桐春、楽して大金を手に入れるためには、どうすればいいと思う?」
「楽して? 冒険者になって、レアなお宝を見つけるとか?」
「それは果たして楽だろうか。そんな宝が期待できるほどの冒険には、比例して大きな危険がつきまとうに違いない。となると、チャレンジすら、できる者は限られている」
「なら、あとはギャンブルくらいしか思いつかないな」
「そうだな」
「え、正解なのか?」
「まあ、ギャンブルで金を稼ぐと言うと、あまり綺麗な印象はないだろう。カジノのように、胴元が仕切っている場合はイカサマも考えなければならない。もちろん、良心的なカジノだってあるだろうけど、糸目の商人みたいな例もあるし」
「でも、睦琴はギャンブルを推奨してるんだよな?」
「思い出してほしい。ボクたちのいた世界には、とてもクリーンで、しかも一般大衆が当たり前のように楽しみ、それでいて一攫千金を夢見ることができるギャンブルがあったはずだ」
「そんな都合のいいギャンブルなんて――」
あ。
あるわ。
「【宝くじ】か」
「いかにも」
にんまりと、睦琴は種明かしを楽しむように笑んだ。
「調べたところ、この国、いや、この世界には宝くじに該当するシステムがまだないそうだ。宝くじは立派な経済チートだというのに。もったいないとは思わないか?」
「もったいないからって、即座に実行する行動力に、お兄さんビックリだ」
「大したことじゃないさ。成功の前例があるから躊躇する必要がなかっただけで。印刷や偽造防止の技術は確立されているようだし、遠からず誰かやっていたはずだ。猿じゃあるまいし、向こうの世界で暮らしていたら、普通に思いつくだろうからね。早い者勝ちさ」
ウキー。
「つまり、+4ミスリルダガーを宝くじの景品にしたってことか。1口いくらで?」
「1銀貨だ。あと、これも事後報告になってしまうが、+4ミスリルダガーでは少々パンチが弱いと思ったので、+5を用意させてもらった。問題は、公的に用いるとなると、職人の名を明かす必要があったことかな」
「まさか、先生の名前を出したんじゃないだろうな?」
「心配無用だ。パピコ氏を脅──説得して+5を一本作ってもらった」
今、怖い台詞が聞こえた気がしたけど、気のせいかな。
+5は無理。過労死しちゃうと半泣きだったけど……パピコだし、まあいいか。
うん、応援はするから、強く生きろ。
「宝くじは、何よりも信用が大事だ。この事業は商人ギルドを通して行うことにした。当然、いくらかマージンは取られてしまうが、その代わり、システムそのものに特許権が発生して、他の商会が真似をしようとした場合、コルネット商会に手数料が入る仕組みだ」
「そんなぽんぽん話をでかくして大丈夫なのか?」
「……いや。くじの発行を始めて、まだ三日目だが、正直、想定外だった」
「軌道に乗りそうにない?」
「逆だな。儲かりすぎて怖い」
「死ぬまでに一回言ってみたい台詞」
喜ばしいことのはずなのに、睦琴の表情にはかすかな疲れが見える。
「商人ギルドだけでなく、冒険者ギルドや目ぼしい店舗、地方の町でもくじの販売を委託するようにしたんだが、発行が追いつかない」
「そんなにか……」
いや、でも、うぅーん。
「上手くいっているからいいようなものの、普通なら宝くじに踏み切るよりも、先に値下げを考えるべきだったんじゃないのか? 結果オーライと言えば、それまでだけど」
「一応、上手くいくだろうという確証はあった」
「聞かせてくれ」
「+4ミスリルダガーの相場は金貨3,000枚強。おいそれと手を出せる額じゃない。だが、金貨2,000枚くらいに値下げできないだろうかという要望が、ことのほか多かった」
「ん、それって、金貨2,000枚なら買える、買いたいって奴が相当数いたってことか?」
「そういうことになる。しかも、この声は商人だけでなく、ランクE以上の一般冒険者からも寄せられた」
「……意外だ」
冒険者は、ギルドから発注されるクエストを受け、それをこなす。
言ってみれば、日雇いのアルバイトみたいなもんだ。金持ちのイメージはない。
そりゃ、高ランクの冒険者なら、報酬の大きいクエストも受けられるから羽振りが良くなるのもわかるが、ランクEですら、金貨2,000枚を出してでも欲しがるというのは驚きだ。
「もっとも、冒険者の場合は分割払いを希望されることが大半だったが、短剣使いに限らず、槍使い、斧使い、果ては弓使いや魔法使いなども含まれている」
「大人気だな」
「ボクたちは、この世界に来てまだ日が浅い。武器の需要についても勉強不足だった」
強い武器があれば、難易度の高いクエストをこなせる。
難易度の高いクエストをこなせば、ランクを上げられる。
ランクを上げれば、無理をして購入した高い武器も、先行投資ということになる。
「なるほど。高級車を買うような感覚とは、また別ってことか」
「高級車に興味がない者なら、仮にレクサスが100万円で売られていたとしても、見向きもしないだろう。だけど、この世界での高精錬武器は、車の免許を持つ者──すなわち、何かと戦うことを想定している者なら、ほぼ例外なく強い関心を示すはずと踏んだわけだ」
「例外なくとは言っても、非力な魔法使いなんかは重い両手剣や斧を欲しがりはしないだろ。そう考えると、ダガーにしておいたのはベストだったのかもな」
「さすがは桐春。先見の明ありだ」
いえ、完全に偶然でした。パピコに売れ残りを押し付けられたのが発端だし。
「今回は元手となる資金が無かったから断念したが、いずれは老若男女が絶対に関心を示す、金貨そのものを景品にシフトしようと思う。そうなったら、完全にボクたちの知る宝くじだ」
「国がでかけりゃ、それだけ儲けも大きくなるか。この国の人口って、どれくらいだっけ」
「エッセル国の総人口は約125万人。王都市クーリッシュで暮らしているのは約33万人。騎士は地方も合わせれば約2万人。冒険者は約3万人と記録されているな」
ぱっと数字を出してくる睦琴さん、さすがっスわー。
ということは、騎士と冒険者が1口ずつ買っても50,000口か。
「宝くじって、お一人様1口までってことはないよな?」
「当然だ。100口だろうが、1,000口だろうがOKだとも」
ここでアブリルさんが戻ってきた。
その手には、柑橘系の果汁を絞ったジュースが二つ。
「ムツコト様、どうぞ」
「ありがたくいただきます」
「キルハル殿も、よろしければ」
「あ、どうもです」
やだもう、イケメン。
「宝くじと聞こえたのですが、ムツコト様が主催しておられるのですか?」
「ええ、まあ」
「なんと! 私も5口購入させていただきました!」
「ありがとうございます。ですが、知人といえど、アブリル氏を贔屓にはできませんよ」
「もちろんです。当たればいいなという、心地良い期待だけでも購入した価値があります」
性格までイケメンとか。
「今日で三日目って言ったけど、あと何日やる予定なんだ?」
「競売前に締め切る必要があるから、十五日間と設定した。あと十二日だな」
「今で何口くらい?」
「150,000口を超えたあたりだ。勢いは、弱まるどころか増している」
「めっちゃ売れてるな。コルネット商会の……というか、ウチの取り分は?」
「全体の三割だ。くじの発行など、必要経費は商会持ちなので、売上のみで計算できる」
えーと、つまりー。
150,000銀貨=15,000金貨。
これの三割だから、既に4,500金貨稼いでいるわけですか。
パネぇ……。
「ここからは金融システムにも手を入れていきたいと考えている。この宝くじ事業を踏み台にコルネット商会の信用を盤石にしたら、為替を導入して、その発行元になるのも面白そうだ。ふふ、この世界の経済を牛耳るのも、案外簡単かもしれないな」
「マジでー。超やべー」
「あ、はは、私には、何が何やら……」
野心に目覚めた親友兼聖女の黒い笑みに、俺とアブリルさんは愛想笑いで答えるしかできなかった。




