第34話 神にだってなれる
道中でクエストを一つ終わらせた俺たちは、そのまま三人で連れだって迎賓館に入った。
名前と用途から大使館みたいなイメージがあったけど、建物の中は、ほぼ美術館だった。
素人にはさっぱりわからん絵や彫刻が、種類や年代ごとに区画分けされ、宝石や骨とう品の類は厚いガラスケースに入れられた状態で飾られている。
「俺、こういう所にいると、トイレ行きたくなってくるんだよな」
「わかるー。本屋で立ち読みしてる時とかなるよねー」
あははは、と学生のノリで鬼ヶ島と雑談を交わしていたら、職員らしき人が「おほん!」とわざとらしく咳払いをした。川尻に「めっ」と叱られ、俺たちは慌てて口をつぐむ。
へこへこと謝り、職員さんに競売のカタログを見せてもらいにきたことを告げる。
どう見ても競売と縁遠そうな俺たちに職員さんも一瞬眉をひそめたが、嫌みを言われたり、追い返されるようなことはなく、ソファーの置かれた休憩スペースに案内された。
同時に、持ち出し厳禁と念を押されてから競売カタログを受け取った。後で返却しなければいけない。A4サイズで厚みはないけど、児童向け絵本のようにしっかりした装丁だ。
テーブルが無いため、鬼ヶ島と川尻が俺の両隣に腰を下ろした。
「きりはるくんは、競売でどんな物を買おうとしてるの?」
深く座ったことで、床に足が届いていない川尻が質問してきた。
「とある系統のスキルが使用可になる魔具だな。出品されてるかわからんけど」
「とある? 具体的には、どんな?」
「お、聞きたいか?」
「んー。別にそんなにかなー」
正直な子。そこは食いついてほしかった。
極薄の板みたいな表紙をめくり、カタログの1ページ目を開く。
競売でのルールやマナーなんかが書かれていた。
その中の一文に目を留めた鬼ヶ島が、「うわっ」と声を上げた。
「参加料として、金貨10枚が必要ってあるじゃん。ぼったくりー」
「冷やかしお断りって意味があるんだろ。オークショニアも、無償で運営はできないしな」
さらにページをめくると、競売に出される品の説明がイラスト付きで出てきた。
この世界、印刷技術はあるけど、写真技術はないらしい。
「【オリハルコンの剣】だってよ。すごいな、未精錬なのに攻撃力で120もある」
ミスリルダガーの未精錬攻撃力は20だった。基本性能の差がよくわかる。
とはいえ、+4まで鍛えたミスリルダガーの攻撃力は480。四倍だー。
高価すぎて精錬できない装備より、手頃な値段の装備を精錬強化した方が優秀ってことだ。
なんか、人間にも通じるものがあるな。
才能にかまけて努力しない奴より、底辺から叩き上げた人間の方が最終的には強くなる。
もっとも、俺たちには久慈林先生というチートがいるので、ミスリルだろうがオリハルコンだろうが、関係なく精錬できちゃうんですけどね。
「ちなみに、鬼ヶ島の鉄パイプって、未精錬攻撃力はいくつなんだ?」
「5」
「まあ、そんなもんだよな」
「何? その剣、買うつもりなの?」
「いや、全然。鬼ヶ島は欲しいのか?」
「アタシも趣味じゃないかなー」
ウチのメンバーで、こんな派手な武器が似合う奴……んー、聖士郎ならワンチャンあるかもしれないけど、あいつの今の筋力じゃ、長剣なんて持てないわな。
ページをぺらり、ぺらりとめくっていく。
ふむ。ふむ。
予想はしていたけど、競売に出る品のほとんどは、実用性よりも希少性。
所有していること自体が金持ちステータスになるようなものが目立つな。
まあでも、こういうのって、見ているだけでテンションが上がる。北海道物産展のチラシを見ている時の感覚に近い。買うわけじゃなくても、なんとなく心が豊かになる気がする。
そんな中で、ふとページをめくる手が止まる。
「【ユニコーンの角】――霊薬エリクサーの素材。へえ、エリクサーって、ユニコーンの角から作られるのか。睦琴がビエネッタさんの目を治していなかったら、ハーゲンさん、この競売で大金をつぎ込んでたかもな。その前に、落札できないと思うけど」
「でも【ユニコーンの角】の値段、金貨100枚って書いてあるわよ?」
川尻が、説明書きを指差した。
「これはオークションスタート時の値段だな。ここから何十倍にも膨れ上がっていくはずだ」
「そっか、それならハーゲンさんのかいしょーだとむりね」
うん、まあ、事実だとしても、甲斐性とか言わないであげよ?
「鹿の角みたいに生え変わったりするなら、ユニコーン一体捕まえて飼えば大儲けじゃん」
ぽん、と名案に至ったみたいに鬼ヶ島が手を打った。
「それができりゃ皆やってるだろうさ。たぶん、牛の角みたいに生え変わりはしないんだろ。用途と価値を考えると乱獲もされただろうし、絶滅危惧種とか、こっちの世界でも伝説に近い扱いになってるんじゃないかな」
「なるほー。角とか飼うとかは置いておいて、ちょっち実物を見てみたい気もしたけどねー。不動以外は乗れそうじゃん?」
ユニコーンは清い乙女が好きっていう逸話か。
今なら聖士郎も乗せてもらえるだろう。複雑な顔をして乗馬する聖士郎。見てみたいな。
ああ、同じく乗れちゃう久慈林先生の反応も捨てがたい。
「わたしは乗れないわ」
「「えっ!?」」
川尻の衝撃発言に、俺と鬼ヶ島は目を剥いた。
「ひ、恋姫、いつの間に!? 相手は!? 誰!? 削ぎ落してやる!!」
「お、鬼ヶ島、落ち着け! 何を削ぎ落とすつもりだ!?」
「まさか……不動……あんた、アタシの目のないところで恋姫に手ぇ出したの?」
ゆらりと立ち上がった鬼ヶ島の目が、怒りの沸点を超えて虚ろになっている。
「そんな命知らずな真似するか! 鉄パイプを下ろせ! 持ち方が怖い!」
思い切り突き刺してやるぞと言わんばかりの逆手持ち。マジで削ぐつもりだ。
先端が、俺の股間に照準を合わせようとゆらゆら動く。
「ありりんと賽子先生がいるから大丈夫だと思ってたけど、まさか最初に恋姫にいくなんて、完全に裏切られたんですけど。まぢショックなんですけど。動かないで。うまく狙えない」
「待て待て待て早まるな! これはきっと、あれだ、乗馬の経験がないとか、そういう意味で言ったはずだ! 川尻、そうだよな!?」
「そうだけど?」
「ほらみろ!」
「恋姫~~信じてたよ~~」
きゃる~ん、なんてSEが入りそうな猫なで声。三秒前と本当に同一人物か?
「もう、そよぎちゃんたら。急に甘えてきてどうしたの?」
どっと汗が吹き出す。冗談抜きで、異世界に来てから、今が一番身の危険を感じた。
川尻のことが絡むと、鬼ヶ島は簡単に我を失う。
よりいっそう肝に銘じておかないと、もし川尻との間で、聖士郎の時みたいなハプニングが起ころうものなら、玉──もとい、命を取られかねない。
「恋姫~。恋姫~。ごろごろ~♪」
「……鬼ヶ島、俺に言うことは?」
「不動はいつ女子になんの?」
「女子になることが決定しているような言い方はやめろ。そんな予定はない」
職員さんの視線が辛くなってきたので、さっさとカタログをチェックして退散しよう。
ぺら、ぺら、とペースを早めてページをめくっていく。
「うーん、武器と消耗品の項目には無さそうだな」
「探してる魔具って、もしかして、アタシたちのスキルと関係あんの?」
「ほう、鬼ヶ島は興味津々か。どうしても聞きたいって言うなら教えてやってもいいぞ」
「じゃあいいや。訊いてほしそうな顔してたから訊いただけだし」
「そすか」
「気をつけた方がいいよ。今の顔、めっちゃキモかった」
「お前、キモいとか言うなよ」
この年頃の男子は、ガラス細工のように繊細なハートをしているんだぞ。
「そよぎちゃんは、言葉がするどすぎるわ。言っていいことと悪いことがあるのよ」
「ぴえん。恋姫に怒られたー」
「こういう時はね、それとなく教えてあげるのがいいの」
そう言って、川尻が折り畳みコンパクトミラーを、そっと差し出してきた。
これを見て、自分のキモい顔に気づけということらしい。
なんでだろう。
直接キモいって言われるよりも、ずっとダメージがでかい。
「俺たちのスキルと関係があるのかって質問に答えるなら、ある」
「へー。どんな風に?」
「これもいつもみたいに検証が必要だけど、ざっくり言うと、パーティーの戦力強化だな」
くそ女神が言っていた。
俺たちに与えられたスキルには、大なり小なり、魔物を引き寄せる効果があると。
街中にいる分には安全かもしれないけど、この先、どんな危険に遭遇するかわからない。
メンバーの一人一人が戦える力を備えておいて損はない。
「ゴミだと思われている俺たちのスキルも、発想次第で化けることがわかったからな」
「実際、ありりんと、賽子先生と、むっちゃんのスキルはヤバいしね」
「久慈林先生と睦琴のは、偶然みたいなもんだけどな」
「その言い方だと、他は全員偶然じゃない仕込みがあるわけ?」
「全員は言いすぎだな。俺の【物質移動】も、半分は偶然みたいなもんだ」
「ん、どゆこと?」
「俺のスキルでも充分に戦える。検証済みだ」
「……マ?」
ただ、使い勝手がいいとは言えない。
雷攻撃なんていう、範囲と状況が限定される聖士郎もそうだ。
だからそれを補える戦力が必要になる。
そんなシチュエーション、来ないに越したことはないけど。
「俺のスキルなんて、鬼ヶ島と川尻のスキルの可能性に比べたらカワイイもんだ」
その可能性を活かすために、ある種の魔具が必要になる。
「ちょっとは興味がわいたか?」
「まーね。でも聞かないでおく。アタシ、楽しみは後に取っとく派だから」
「そよぎちゃんがそう言うなら、わたしもそうする」
「了解だ」
「ちなみに、アタシと恋姫のスキルが不動の想像どおりになったら、かなり強いわけ?」
「そうだな。控えめに言って最強だ」
「控えめで最強って、どんだけ。じゃあ、大げさに言ったら?」
適当な言葉を探したが、これといったものが思いつかない。
何をどう言っても冗談っぽくなってしまいそうだ。
けどまあ、言えと言われているわけだし、胡散臭いのを承知で言わせてもらおう。
「この世界で、神にだってなれるかもな」




