第33話 進捗確認、みたいな
なんつーか……。
聖士郎と……しちゃったん……だよなー。
いや、キスをね。それ以上のことは誓っていたしていない。あの後、すぐに風呂を出たし、他の女子にも何があったかなんて話していない。話せるわけがない。
あれは事故だ。もう終わったことだ。
それなのに……。
ふと気づけば感触を思い出すように、唇を指でなぞっている自分がいる。
乙女かよ。
あれから十日が経った。
俺の中で、あのお風呂ハプニングは結構な事件だったというのに、当の聖士郎はさほど気にしていないのか、普段と変わらない態度で接してくる。ぎくしゃくするのは嫌だし、ありがたくはあるけど、俺ばかり意識しているようで、なんとなく釈然としない。
「不動、さっきからころころ表情変わりすぎー。不審者っぽいし」
「きりはるくん、ちゃんと前を見て歩かないと危ないわよ」
「ああ、すまん」
二十日後に行われるオークションのカタログを見るため、南の商業区にある迎賓館まで足を運ぶ道すがらに聖士郎のことを思い出していると、鬼ヶ島と川尻に注意されてしまった。
鬼ヶ島に続いて川尻も冒険者登録し、二人で毎日何かしらのクエストをこなしている。
鬼ヶ島は先日購入した、盗賊風のコスチュームを着て。
川尻は冒険者というか、探検家というか、ベージュ色のサファリジャケット風の装いだ。
俺は――。いや、男の服装描写なんてどうでもいいな。
今日はクエストの現場が俺の行先と同じ方向らしく、途中まで一緒に行くことにした。
聖士郎のことで誰かに相談なんてできないし、悩んだところで何も解決しない。
頭を切り替え、近況の整理でもしよう。
まず、+4ミスリルダガーだけど、売れた。
正確には売れていないが、ひとまずコルネット商会で買取という形にしてもらった。
お金がね、尽きそうだったんですわ。
とはいえ、全額分をもらったわけじゃない。元々返すはずだった500金貨を、前金として手元に置き、残りは実際に売れた後で受け取る手筈になっている。信用のなせる業だ。
パーティーメンバーについても確認しておこう。
鬼ヶ島と川尻は、今言ったように冒険者として頑張っている。
加えて鬼ヶ島は、冒険者業の傍ら、肉体が全盛期に若返ったビエネッタさんから剣の稽古をつけてもらっている。剣というか、鬼ヶ島のエモノは鉄パイプだけど。
俺も一日だけ付き合ってみたが、二日目以降は辞退した。
無理無理。ビエネッタさん、優しそうなのに、めっちゃスパルタなんだもの。
その指導方針というのが、
一に実戦、二に実戦、三四も実戦、五まで実戦。
軽く柔軟をしたら、そこからはビエネッタさんとの実戦訓練オンリー。
基礎体力は自分で勝手につけなさい。つけなきゃ痛い思いが増えるだけ。ああしろこうしろ細かいアドバイスは一切なし。頭ではなく体で覚えましょう。
完全に肉体言語での脳筋指導だ。
それとなく改善を要求しても、「不器用なもので」と可愛らしくハニカまれてしまった。
強くて美人で、しかも可愛い。そりゃ現役時代はモテただろう。師匠としてはエグいが。
彼女の指導についていけている鬼ヶ島を尊敬する。俺には向いていない。
俺はどっちかっていうと、後衛タイプなんです。魔法の素質はないが。
睦琴もそうなんだけど、あいつはというと、ビエネッタさんの旦那であるハーゲンさんから商売のノウハウを学んでいたりする。
最初は俺もこっちを担当するつもりだったんだけど、数学とか経済学とか、頭を使うことが多すぎた。発想はともかく、マジもんの勉強が絡んでくると、俺は睦琴の足下にも及ばない。一を教わり十を学んでいく睦琴に、ハーゲンさんも脱帽していた。
コルネット商会が、ユユシキ商会に改名される日も遠くないかもしれない。
マイホームの図面も睦琴自ら引きかねない勢いなので、生活基盤に関しては、もうあいつに丸投げすることにした。
続いて、久慈林先生。
彼女は、人手が足りていないグリコス武器店に、今も手伝いに行っており――
と、その前に、当の女店主であるパピコについて軽く話しておこう。
先日、+4で中断していたパピコの精錬実績を、さっさと+5にしてしまおうと提案した。追加で500金貨が手に入ったことだし。
しかし、本人に断られてしまう。
精錬実績+4の今でも客足が途絶えず、目が回る忙しさなのに、+5なんて看板を背負ってしまったら、あたしは過労で死ぬと涙目で言われた。
そこまで大きな問題ではないんだけど、これだとちょっと予定が狂う。
+4の武器を量産するより、+5の武器を一つ作って売った方が、素材となる魔鉱石の数は格段に節約できる。つまり、コスト面で結構な差ができてしまう。
どうしたもんかと頭を悩ませていたが、この問題は、思わぬ形で解決した。
久慈林先生に、鍛冶師の才があったのだ。
と言っても、自ら武器を作り出すとか、そこまでの話じゃない。
製作過程をパピコの傍で見ているうちに、武器の構造を理解するに至る。そこに魔力操作の素質が加わり、精錬だけなら久慈林先生が単身でできることが判明した。
魔力操作には、鍛冶師として何年か修行が必要だとか言っていた本人に問い詰めると、
「なんかー、精錬の魔力操作は例外だったみたいー。うぇへへー」
と笑って誤魔化していた。
さすがに、ご都合主義を感じずにはいられなかったけれど、まあ、見習い以下の鍛冶師が、精錬なんていう、店の威信と大金をかけたギャンブルに手を出すことなんて、まずあり得ないだろうから、そういう勘違いが起きても無理はないのかもしれない。
なので、今後、装備を+5以上にする時は、久慈林先生にやってもらうことにした。
久慈林先生は、鍛冶師として商売をするわけじゃないから、ステータスは常時非公開にしていても問題ないしな。
そして、聖士郎。
基本寝てる。
ただし、昼食時と夕食時に、めっちゃ活躍する。※朝食には起きてこない。
見た目だけは、どこの妖精さんですか? てなくらいの超絶美少女だからな。ご尊顔を一目拝もうと、聖士郎が姿を見せる時間帯を狙って、飯処が混むようになった。
妖精が羽を休める宿として、宿泊部屋も常に満室状態。
ただいるだけで、竜の肉球亭の利益に多大な貢献をしている。
特に、夕食時。
ある日を境に、俺たちは夜の飲食代を一銭も払わずに済むようになった。
日が沈めば客に酒も入るため、中には厄介な輩も出てくる。
ウチのパーティーの女子は、身内の欲目ではなく、綺麗可愛いどころが揃っていると思う。そんな中、イケメンでもない弱そうな男が一人混じっていると、
「よーよー。兄ちゃん、可愛い子を独り占めはよくねーな。俺たちにも分けてくれよ」
なんて言って酔っ払いが絡んできたりする。これも異世界あるあるだ。
そこで聖士郎の出番。
相手も別に、荒事がしたいわけじゃない。変に「やめてください、騎士を呼びますよ!」と拒絶するより、ノリに合わせてバカ騒ぎに誘導するのが賢いやり方だ。
聖士郎に酒で勝てたら、誰でも好きな女の子を指名して、お酌させる権利をくれてやろう。その代わり、負けたら飲食代全部そっち持ちな。みたいな感じで。
ちなみに、この世界では16歳から成人なので、飲酒も法的にOKという設定です。
そこから聖士郎は、酒飲み勝負で無敗を誇っている。
だってこいつ、酔わないんだ。
酒に強いとかそういう話じゃなく、マジで酔わない。アルコールが全部【状態異常無効】のスキルで分解されているらしく、冷凍庫に入れても凍らない。火を近づけたら引火しちゃう。そんな酒をジョッキで飲んでもケロリとしている。
こんな美少女が、くそキツい酒を水のように飲むもんだから、周囲のテンションは爆上がり。店の酒を飲み干すつもりかってくらい、注文が飛び交う。
無謀と知りつつも、聖士郎に挑戦する輩は後を絶たず、頼んでもいないのに、これも食え、あれも食えと、ノリのいい客たちがテーブルに料理を置いていく。
しまいには、フランナさんから「宿代はいりませんから~。いつまでもいてください~」と言われてしまう始末。
加えて、アブリルさんの言動も、この祭り騒ぎに拍車をかけている。
あの人、仕事の後、毎日欠かさず夕食時にやってきては、聖士郎の前で膝をついて、祈りを捧げていくんだ。騎士丸出しの鎧姿で。しかも、聖士郎を様付けで呼ぶし。
その姿はさながら、素性を隠した某国の姫君のもとを訪れる騎士のようで。
これがまた、絵になるんですわ。
俺なんかより、彼の方が、よっぽど聖士郎の隣に相応しい。
そんなのはわかりきったことだ。
わかりきったことなんだけど。
なーんか、モヤッとはする……。
なんなの、この締まりの悪いサドルに座っているような、ぐらぐらと落ち着かない感じ。
あれか? キスしたからか? しちゃったから意識しまくってんのか?
童貞かよ。
童貞だけど。
それなら久慈林先生のおっぱいだって、めちゃくちゃに揉みしだいたわけだし。
でも、そっちはなんとなくセーフっていうか、ファーストキスやロストヴァージンと違い、初めてにそこまで重きを置かないというか。いや、それも久慈林先生に対して酷いけども。
わかんねー。
なんで聖士郎は、普通の態度でいられるんだよ。
あーもー。気づいたら、また聖士郎のことで堂々巡りしてるじゃねーか。
「ありりんにも困ったもんだよねー」
「まったくだ」
反射的に答えてしまい、すぐに失言だったと気づく。
そろりと鬼ヶ島の顔を見ると、案の定、底意地の悪い笑みを浮かべていた。
「えーなになにー? やっぱ、ありりんとなんかあったわけ?」
「なんのことだかさっぱりわからないな」
「隠さなくてもいいっしょ。アタシは応援するしー」
応援と言いつつ、完全に楽しんでいやがる。オモチャにされてたまるか。
「鬼ヶ島、この際だから言っておくぞ」
「ん、どーぞ?」
「俺は仲間たちのことを、兄弟姉妹のように思っている。久慈林先生が歳の離れた姉で長女。次に、俺が長男のポジションにいる」
「アタシは?」
「鬼ヶ島は二女で妹だ」
「ふーん。アタシ、不動の妹なんだ。ふーん、別にいいけどー」
暴力的なギャル。数ある文献を紐解いてみても、姉か妹かで言えば、妹の方が収まりがいいだろう。アンケートでも取ったら、過半数が力強く頷いてくれるはずだ。
「そして、面倒臭がり屋の聖士郎が三女。末っ子なのに、しっかり者の四女が川尻だ」
「わたし、きりはるくんより誕生日早いのよ!?」
すまん、川尻。
お前を心の中でお姉ちゃんと呼ぶのは、俺の中の何かが壊れてしまう気が――
いや、俺の中で何かが芽生えてしまう気がするんだ。
「あれ? むっちゃんは?」
「睦琴か。あいつは双子の弟あたりだな」
「弟て」
「つまり、家族だ。そこに恋愛感情は介在しない」
ただ、(川尻を除く)姉妹たちを、たまにエロい目で見てしまうこともある。
別に普通だよな? うん、何もおかしいことはない。
大事な仲間で家族。それ以上、それ以下でもない。
「なるほどねー」
「わかってくれたか」
「つまり、そう思い込まないといけないくらいの何かが、ありりんとあったわけっしょ?」
「そうだ、川尻。今受けてるクエストって、どういうものなんだ?」
「いや、露骨に話題変えすぎだし」
悪いが、デリケートな問題なんだ。
「俺自身、戸惑っている。しばらくそっとしておいてくれ」
「はいはいわかりました。それと言っとくけど、むっちゃんに弟とか言ったらダメだかんね」
「なんでだ?」
「それくらい自分で考えろし」
ふむ。
つまり、鬼ヶ島的に、睦琴は弟ではなく、兄貴の方が似合っていると言いたいわけか?
確かに、頼りになるあいつは、兄貴ポジと言えなくもない。
「言いたいことは理解できた」
「マ?」
「ああ。長男の座は睦琴に譲る」
この直後に、俺は尻鉄パイプを喰らったわけだが。
何が正解だったのか、誰か答えを教えてくれ。




