第31話 チート第三号
勇者の存在を力技で証明したところで、ようやく本邸に招かれた。
ハーゲンさんに応接室へ案内されながら、俺と睦琴は屋敷の中をつぶさに観察する。
「睦琴から見て、どう思う?」
「外には見られなかった配管が、廊下の壁に等間隔で設置されている。これはおそらく温水を循環させて屋内を温める、セントラルヒーティングだろう。屋敷中に広がっているとすれば、それなりに大きなボイラー室があるはずだ」
「いいね。期待できそうだ」
「期待はいいが、この商談をまとめなければ、何も始まらないぞ」
「……だな。上手くいかなきゃ、訴訟を起こされてもおかしくないことまでやらかしてるし」
はたして、聖士郎が壊してしまった門の修理費はおいくらほどになるだろうか。
聖士郎とアブリルさんには申し訳ないが、俺と睦琴がハーゲンさん相手に商談している間、二人には表の後始末をお願いした。事故現場さながらの惨状を放置しておくと、ご近所さんにあらぬ噂を立てられてしまうからな。手遅れ感は否めないけど。
他にも、聖士郎が装備している鎧。一応原型は留めているものの、そのままアブリルさんにお返しできるような状態ではなくなってしまった。修理に持っていったとしても「買い替えた方が安く済みますよ」と言われるレベルで損傷が激しい。
なかなか金は入ってこないのに、出費ばかりがどんどんかさんでいく。
精神的に休まらないので、早いとこ、収入が支出を上回る状況に持っていきたい。
「こちらの部屋へどうぞ」
ハーゲンさんに通された部屋は、応接室らしく、足の低いテーブルを挟んで対面ソファーが置かれていた。最低限の装飾しかなく、無駄に緊張を煽ってくることもない。
着席を促され、俺と睦琴は並んで座った。
ハーゲンさんが、棚から人数分のカップを取り出してお茶の用意をし始める。
使用人ではなく、ハーゲンさんが自らもてなしてくれているのは、俺たちに気を遣っているからではなく、そもそも使用人を置いていないんだろう。敷地に入ってから、ここへ来るまで一人も見ていない。
それなりに広い屋敷なのに。経費的な理由かな、と適当に想像した。
俺たちの前に茶を出してくれたハーゲンさんも、正面のソファーに腰を下ろす。
それを見てから、まずは熱い茶に顔を近づけ、湯気に乗って漂う香りを鼻で味わった。
「いい匂いですね」
「妻が、好んでいるものでして」
ハーゲンさんの状況を考えると、その言葉にも含みがあるように聞こえた。
「改めて。急にお邪魔してすみません。でも、勇者のことは信じていただけたみたいで」
「まだ信じたわけではありません。雷に見えましたが、本当に一瞬のことでしたので」
お望みとあらば、納得してくれるまで何百回、何千回でも目の前でぶっ放してもいいですけれど。MP消費ゼロだし。ただ、この辺りの地形が変わってしまうな。
「なら、どうして屋敷に入れてくれたんです?」
「偽物だとしても、あれだけの仕込みができる者が、他でもない、私を指名して会いにきた。それだけでも無視できる案件ではないと判断した次第です。もちろん、門の弁償費用は後ほど請求させていただきますがね。はは」
おどけて見せてはいるが、警戒心は、むしろ強くなっている。
「お名前を、うかがっても?」
「不動です。不動桐春。こっちは由々敷睦琴」
ぺこり、と睦琴が会釈をする。完璧な所作は有能な秘書を思わせる。
「フドウ様、エリクサーをお持ちだというのは、本当なのですか?」
おっと。500金貨を返す話から入ろうと思っていたんだけどな。
ハーゲンさんからすれば、何を置いても、まずはその確認が大事か。
これに俺は、無慈悲な返答をする。
「すみません、嘘です」
「………………。……そうですか」
とにもかくにも、こうして話の場を作るための方便。
その可能性を、ハーゲンさんも考えてはいただろう。
いや、その可能性が濃厚だと考えていたはずだ。
それでも、ハーゲンさんの肩の落としようは凄まじい。
「怒りましたか?」
「ただただ、落胆しています」
「心中お察しします」
「……それで、私はミスリルダガーの買い手を探せばよいのですか? それとも卸し先を紹介すればよいのですか? 後者でしたら、いくつか候補があります。それを紹介したら、すぐに出ていってください。そして、二度と私の前に現れないでいただきたい」
「エリクサーはありませんが、奥さんの目を治すことができます」
俺は流れをブッタ切り、逸れていきそうになった話を元に戻した。
俺の言葉にハーゲンさんは目を剥いたが、すぐに悲しそうな表情へと変わっていく。
「また、嘘ですか?」
期待するたびに裏切られてきたんだろう。
あんな胡散臭い、あからさまな詐欺にまで手を出すくらいだ。
絶望を突きつけられた回数だって、一度や二度じゃきかないはず。
それでもすがるしかない。
いったいどれほどの苦しみに苛まれていたのか、俺には想像もつかない。
「俺が欲しいのは、初めから言っているように、あなたからの信用です」
「……私が、いつ怒るか試しているのですか?」
「そんなつもりはないです」
「……本当に……やめていただきたい。もう……限界なのです」
項垂れたハーゲンさんが肩を震わせる。
「光を失っても、妻は私に微笑みかけてくれます。ですが、誰も見ていないところで、彼女は泣くのです。まだ首の据わっていない息子のおしめを替えてやることもできない。甘えてくる我が子の顔を見ることもできない。どれだけの幸せを取り零しているか、君にわかりますか? 彼女に何もしてやれないことが不甲斐なくて、情けなくて。そんな自分を殺してやりたいと、私が何度思ったことか……。その気持ちがわかりますか!?」
まくし立てるようにぶつけられる言葉は、俺以上に、自分への怒りに染まっていた。
「俺はまだ、見てのとおりガキで、子どもを持ったことはありません。だから、あなたたちの気持ちがわかるだなんて、偉そうなことは言えません」
「……そうでしょうね」
「だけど、悲しんでいる親を持つ子どもの気持ちなら。親が悲しんでいるのを、大きくなった息子さんが見た時、どう思うのか、それは想像できます」
女神テラによって、向こうの世界で俺たちが生きた軌跡は全て抹消されている。
親でさえ、俺たちのことを覚えていないという。
それは救いであると同時に、考えてしまう。
もし、俺たちのことを忘れていなければ、いったいどれほど悲しませてしまうだろうかと。
ハーゲンさんは、自身の顔を右手で鷲掴むようにして涙を隠した。
「信用して任せてくれとは言いません」
俺は身を乗り出し、血が滲み出るほど握り固められたハーゲンさんの左拳に、そっと自分の手を重ねた。ハーゲンさんが、くしゃくしゃになった顔を上げる。
「その涙を呑んで、俺に任せてください。そして、その結果で俺を信用してください」
「連れてきました。妻のビエネッタです」
ハーゲンさんに手を引かれてやってきた女性は、両目を帯で覆っていた。
触れ込みどおり、美しい人だった。歳は四十近いと思うが、肌の老いもさほど感じない。
ビエネッタさんをソファーに座らせたハーゲンさんは、そのまま傍らで立ち控える。
「フドウ様、お願いいたします」
「お任せを。と言っても、治すのは俺じゃなくて、こっちの睦琴なんですけど」
「医術士のようには見えませんが……」
違いますしね。ちょっと前まで、ただの高校生だったし。
ここからは俺に代わり、睦琴が問診を進めていく。
「奥方に質問させていただきたいことがあります」
「な、なんでしょうか」
「奥方は、ハーゲン氏と結婚されるまでは冒険者をされていたと聞きました。ということは、魔物を倒したこともありますよね?」
「それは、はい。引退時はBランクでした」
「現在のレベルとお歳は、おいくつですか?」
「レベルは35です。歳は……38です」
レベル35。
高いのか低いのか、常識知らずの俺にはわからない。後でアブリルさんに聞いてみよう。
「レベルが35に上がったのは、いつですか?」
「えっと、かれこれ十五年は前だったかと……」
睦琴のスキル【経験値消去】
俺は経験値を消去する仕組みについて、取り込んだ魔素を取り除くのだろうと予想した。
だけど、実際は違った。
それに気づいたのは、大食いの終盤。
テラ盛の折り返しに差し掛かったところで、俺は睦琴のスキルを検証した。
そしたらなんか、よくわからないうちに完食してしまった。
あり得ない。俺にあの量は、絶対に食えない。
でも食えた。
何故か。
考えられることは一つ。
睦琴が、経験値と一緒に、胃の中にぎっしり詰まった内容物まで消したからだと思われる。
どうでもいいことのようでいて、これは、とんでもない可能性を秘めている。
自分の仮説を証明するために、俺は腹をパンパンにしたままレベル上げに走った。
牙の生えた兎からダメージを受け、HPがわずかに減少したけど、狙いどおりレベルを4に上げてから竜の肉球亭に帰ってきた俺は、気持ち悪くなり、その場で吐いた。
そして用意しておいてもらったハサミで、前髪と、着ていたシャツをジョキンと切った。
ここで再度、睦琴にスキルを使ってもらう。
その結果。
‐キリハル・フドウ‐
Lv:4 ➡ Lv:3
HP:32/40 ➡ HP:35/35
MP:20/20 ➡ MP:15/15
SKILL:物質移動
―――――――――――
STR:13 ➡ STR:12
AGI:11 ➡ AGI:10
VIT:11 ➡ VIT:10
DEX:11 ➡ DEX:10
INT:12 ➡ INT:11
おわかりいただけるだろうか。
HPの最大値こそ減っているが、全快しているのが。
パッツンになっていた前髪も、元の長さに戻っていた。
しかし、吐いた物と切り落とした髪はそのまま残っており、切れ込みの入ったシャツもそのままだった。これらのことから、スキルの及ぶ範囲を特定することができる。
マジ、パネぇわ……。
俺は聖士郎と、久慈林先生の時に覚えた震えを、ここでも感じた。
取り込んだ魔素を取り除くのとは、次元が違う。
睦琴のスキル【経験値消去】の正体、それは――時間遡行だ。
エリクサーなんて必要ない。
たとえ体の一部を欠損していようとも、巻き戻して万全の状態に回復させることが可能。
断言できる。
睦琴は、この世界のどんな医術士よりも優れた性能を秘めていると。
下手すりゃ、死人すら生き返らせてしまうかもしれない。
だが、気をつけなければいけない。
場合によっては、回復どころか、より酷い状態へと変わることもあり得る。
俺が今、五体満足でいられるのは、運が良かったからだ。
俺がレベル2に、そしてレベル3に上がったのは、女神が用意した体験学習で、ゴブリンをまとめて焼き殺したことによる。その時、俺はどういう状態だったか。
左腕は肩からもげ、頭も強打し、大量に血を流して満身創痍だった。
睦琴のスキルは、レベルが上がる直前の状態へと身体を逆行させる。
もし、昨日レベルを4に上げていなかったらと思うと、背筋が凍る。
何も考えずにレベル3から2に。もしくはレベル1に下げていたら。
あの時と同じ状態になり、俺は、今頃死んでいただろう。
それを回避するため、再検証の前に慌ててレベルを4に上げたわけだ。
だから、これは絶対に確認しておかなければいけない。
睦琴が「最後の質問です」と前置きをする。
「レベル35に上がった時、大きな怪我などはしていませんでしたか?」
「は、はい。そういったことは、なかったかと思います」
睦琴が、ちらりと俺を一瞥した。
これに頷きを返す。
睦琴が立ち上がり、ビエネッタさんの隣に移動した。
そうして、両手で彼女の髪を梳くようにして頭を支え、互いの額を合わせる。
「ユユシキ様、妻の目は、治せるのでしょうか?」
「静かに。この治療は、非常に高い集中力を必要とします」
嘘です。あっさりぽんとやっちゃえます。
「……くっ……手強い……」
「ど、どうか……どうか妻を……!」
何が手強いのかは、睦琴本人にもわかっていません。
「ご心配なく。少しばかり寿命を持っていかれるかもしれませんが、必ず成功させます」
「じゅ、寿命を!?」
「気に病まないでください。善良な家族に笑顔が戻るのであれば、安いものです」
「ユユシキ様!!(感涙)」
はい、これも演出です。
寿命ではなく、MPを1消費します。5分くらい休憩したら回復します。
たっぷり数十秒の時間をかけて苦しい表情を作り、いよいよクライマックス。
「天より漏れ差す聖なる光よ。この者の傷を癒し、闇を払う加護を与えたまえ!」
ここで眩しいライトエフェクトでも発生したらそれっぽいんだろうけど、睦琴のスキルは、一瞬だけ手が白い光に包まれ、それが対象に渡っていくだけだ。
しかし、その効果は絶大。
皆が固唾を呑み、睦琴の言葉を待つ。
「……成功……しました」
がくり、と睦琴が膝をついた。
体力、精神力共に使い果たしたっぽい感じがよく出ている。
嘘か本当か証明のしようがないから、こういうのは言ったもん勝ちだと思うけど、俺たちは何も、恩を売りつけるだけ売りつけてやろうなんて、あくどいことは考えちゃいない。
こんな奇跡を片手間程度の労力で起こせるという噂が、万が一にも広まってしまった場合を考えてのことだ。間違いなく、厄介では済まない事態になる。
「奥方、どうですか? 光を感じますか?」
問われてハッとしたビエネッタさんが、こくこくと何度も首を縦に振った。
そうして、両目を覆う帯に、おそるおそる手を伸ばしていく。
帯をまくり上げると、中から傷一つない美しい顔が現れた。
閉ざされていた目蓋が、ゆっくり、ゆっくりと持ち上がっていく。
「…………み……見え、ます。……見えます! あなた!!」
「ビエネッタ!!」
夫婦が互いの手を取り、感動を分かち合う。
だが、それも束の間。ビエネッタさんが、すぐに部屋を飛び出してしまった。
ハーゲンさんがこちらを振り返ったが、「早く行ってください」と言ってあげる。
下げた頭を上げきらないうちに、ハーゲンさんもまた走り出した。
二人が向かったのは、最愛の息子の所だろう。
俺たちも、のんびり向かうとしよう。
「おつかれさん」
「まったく疲れていないのが、逆に申し訳ないくらいだ」
「傷が治るのは確信してたけど、まさか、あっちも想定どおりとはね」
ビエネッタさんのレベルは35から34にダウン。
その副次効果として、若返っていた。
最後にレベルアップしたのが十五年前。
それだけの肉体的な時間を、睦琴のスキルがマジで逆行させちまった。
38歳から15歳を引き、23歳時の若さまで。
ヤバすぎ……。
このスキルを繰り返し使えば、実質不老不死じゃね?
聖士郎と久慈林先生のスキルが霞むくらい、最重要秘匿案件だ。
あと、これは余談だが。
ハーゲンさんとビエネッタさんは、そう遠くないうちに第二子を授かることになる。
ただでさえ綺麗な奥さんが、あそこまで若返っちゃったんだもの。
そりゃね、ハッスルしちゃうでしょうよ。
お二人とも、末永くお幸せに。




