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LEFT OVERS  作者: 木野裕喜
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第30話 結果オーライ

 大食いチャレンジをした直後に魔物を倒しにいき、パンパンに膨れた腹で激しく動き回ったせいでゲロを吐き、そんな酸っぱい状態で散髪をするという、前後のつながりをガン無視したトライアスロンをこなした後、俺は睦琴と聖士郎、そしてアブリルさんを連れて、コルネット商会の本邸前にやってきた。

 校門のような背の低い仕切りの先には広い庭があり、さらにその奥に邸宅がある。


 ああ、そうそう。

 この世界、《ディスカリカ》とか言ったっけ。

 電波を送受信して世界の裏側とでも通話ができるようなハイテクは存在しないけど、超凄い糸電話みたいなものならあった。魔力を目に見えないほど極細の糸にして、その震動によって音を伝えられるそうだが、遮蔽物も関係ないっぽいし、詳しい仕組みはわからん。

 風属性の魔法を応用しているとかなんとか?

 つまり何が言いたいかというと、門の横にインターホンが付いています。


「みんな、準備はいいか?」


 商談の要(かなめ)となる睦琴が、やや緊張した面持ちでこくりと頷いた。


「桐春、質問」

「なんだ、聖士郎」

「なんで俺、騎士の鎧を着せられたんだ?」


 フルプレートアーマーを着込んだ聖士郎が、当然の疑問を抱いた。

 兜はつけていない。勇者の神々しさを演出するため、聖士郎は顔を出しておいた方がいい。


「いざとなったら実力行使もあり得ると考えているからだ。布の服は無理でも、鋼の鎧なら、最大出力じゃなければ全裸は回避できると思う」

「なるほど」


 しかし、聖士郎は鎧が似合わないな。

 サイズも合っていないし、着せられている感がすごい。

 それが逆に可愛いと言えなくもないが。

 本人は満更でもなさそうなので、野暮なことは言わないでおこう。


「これ、もらってもいいのか?」

「それはアブリルさんのツテで借りてきてもらったものだから、後で返却する」

「そうか……」


 しゅんとした顔も可愛いなオイ。

 それに、聖士郎に着せるなら、鎧よりもカワイらしいローブとかがいい。普通のローブだと神の雷で焼け落ちてしまうので、強化値を上げまくって丈夫にすれば、あるいは。

 そもそも、フルプレートアーマーは総重量が20キロ以上もあるので、聖士郎の今の筋力でまともに動けるはずがない。道中は台車で運び、この場で装備させた。


「キリハル殿、セイシロウ殿が勇者だというのは、本当なのですか?」

「勇者を名乗るつもりはないですけど、聖士郎は雷魔法が使えます」

「なんと!」


 厳密には魔法じゃなく、神様ペナルティーを利用しているだけですが。


「今回だけ、話が円滑に進まないと思ったら〝勇者〟を出してくださっても構いません」

「了解いたしました!」


 もはや見慣れた敬礼をしたアブリルさんだが、何やらチラチラと、聖士郎を横目に盗み見るようにして意識している。


「アブリルさん、どうかしましたか?」

「あのぅ……よろしければ、雷魔法を見せていただくことはできないでしょうか。あ、これは疑いなどではなく、純粋な好奇心ですので! 無理にとは!」

「そうですね。仲介をお願いするわけですし、アブリルさんには見ておいてもらった方がいいかも。聖士郎、雷(中)くらいの出力で実演頼む」

「わかった」


 ガシャコ、ガシャコ、とロボットみたいな足取りで、聖士郎が俺たちから距離を取った。

 そうして、女神を想い、女神に届けと願いながら、短い呪文を唱える。


「ドブス」


 瞬間、上空には雲一つ無いのに、バリィッ!! と槍のような雷が聖士郎の頭上に落ちた。

 放電によって、鎧からパチパチと火花が散っている。

 聖士郎は当然の如くノーダメージだけど、今触ったら感電しそうだな。


「ほ、本当に雷魔法を! しかも、詠唱もなしに! 素晴らしいです!」


 惜しみない賛辞を浴び、聖士郎も心なしか得意げだ。

 ここでアブリルさんが、睦琴にもしていたように、片膝をついて深く頭を垂れた。


「私は、今日という日を生涯忘れません。勇者の出現に立ち会えたばかりか、その御業の一端を、こうして目の前で披露していただけたこと、身に余る光栄にございます。セイシロウ殿、いえ、セイシロウ様。貴女が勇者として、これから何を行い、何を成していくのか、その偉業を傍らで拝謁したいというわがままを、どうかお許しください」


 さすがに持ち上げすぎだし、期待が重すぎる。聖士郎もちょっと引いている。

 興奮冷めやらぬアブリルさんを落ち着かせ、インターホンを押してもらった。

 しばらくすると、『はい』と男の声が返ってきた。使用人ではなく、若旦那本人だ。

 アブリルさん、お願いします。


「突然の訪問、無礼をお許しください。私は壁外防衛第一小隊所属、アブリル・ブローズント一級騎士と申します。本日は、コルネット商会次期会長であられるハーゲン・コルネット氏にお目通り願いたく、馳せ参じました」

『ハーゲンは私ですが、騎士様が、どのようなご用件でしょうか?』

「私はただの引き継ぎでして。今日は勇者様をお連れしました」


 いきなり言いよった。そのカードは、できればもう少し後で切ってほしかった。


『勇者? 冗談に付き合っている暇はないのですが』

「冗談ではないのです。この王都市クーリッシュに、勇者様が降臨なされたのです」


 アブリルさん、まだ興奮が抜けきっていませんね。勇者押しすぎ。


『仮に勇者様が現れたとして、私になんのご用なのですか?』

「商談とのことですが、詳しくは、ご本人様からうかがっていただけましたら」

『勇者様が商談? 申し訳ありませんが、意味がわかりません。お引き取りください』

「あ、お待ちを!」


 プツッ、と通話が切れた音がした。

 後には、なんとも言い難い、微妙な空気が流れた。


「……キリハル殿、切られてしまいました」


 でしょうね。


「アブリルさん、直球すぎです」

「面目ありません……」


 この様子だと、たぶん、アブリルさんが騎士だってことも疑われてしまっただろう。

 となると、やっぱり聖士郎に、もうひと働きしてもらうしかないな。


「聖士郎、次は俺が話すから、スタンバイしておいてくれ」

「承知した」


 物言いが騎士……というか、武士っぽくなってる。

 アブリルさんには後ろに退(さ)がってもらい、俺がインターホンを押す。

 一回目よりも待たされはしたが、ちゃんと相手が『……はい』と応えてくれた。


「ごめんください」

『……その声。もしかして、先日の少年ですか?』

「覚えていてくれたんですが」


 さすがは商人。


『君が勇者だと?』

「いえ、勇者は別の奴です。騎士と勇者は、身元保証人として連れてきました」


 すると、ハーゲンさんが、ハァ、とこれ見よがしに嘆息した。その溜息の中には、苛立ち、面倒臭さ、頭の可哀想な子に向ける同情といった感情が含まれている。


『確か+4ミスリルダガーをお持ちなのでしたか。金貨にして3,000枚は下らない、非常に高価な品物です。何を考えてウチに持ち込まれているのか知りませんが、当商会が主に扱っているのは――』

「知っています。というか、あの後、商人ギルドで知りました」


 コルネット商会の主な仕事は、トイレや台所等のリフォーム。水回りの改築工事だった。

 物品を一切扱っていないというわけではないけど、武器の卸し先としては適さない。

 それでも、コルネット商会と懇意にしたいという考えに揺るぎはない。


『であれば、他の商会へ足を運ばれることをお勧めします』


 もっともな意見だ。

 またしても通話を打ち切られそうな気配がしたので、ここで新たなカードを切る。


「エ(・)リ(・)ク(・)サ(・)ー(・)を(・)持(・)っ(・)て(・)き(・)ま(・)し(・)た(・)」

『エ、は?』


 驚いてすぐ、ハーゲンさんが押し黙ってしまう。

 インターホンの向こうから流れてくる無言。

 不機嫌さを通り越し、じわじわと怒りが充満していく様子が目に浮かぶ。


『当家の事情をご存じのようですが、話が怪しすぎます』

「同感です」


 エリクサーと聞いただけで、尻尾を振って飛びついてくるといったことはない。

 第一印象がアレな感じだったけど、まだ冷静さは残しているようだ。


『本当にエリクサーをお持ちなのでしたら、商人ギルドで出品してください。買取の優先権をコルネット商会につけてくださるのであれば、多少色を付けてでも購入させていただきます。本物であるならば、ですが』

「それだと少し都合が悪いんですよ。俺が一番欲しいのは、あなたの信用ですから。ちゃんとあなたと顔を合わせて、手を取るところまで持っていきたいんで」

『私の信用? なんのために?』

「もちろん、末永いお付き合いを見越してです」

『……残念ですが、勇者だの、エリクサーだの、何もかもが突拍子もなさすぎます』

「そう思われても仕方ないですね」


 今のところ、何一つ信用に足るものを見せられていないんだから、当然だな。

 ぎりっ、とハーゲンさんが、歯を噛み締めた音がした。


『人を馬鹿にするのも大概にしていただきたい! さっきから、何が言いたいのですか!?』

「売るものはあるけど、それを望む形で売り捌ける自信がない。だからコルネット商会の後ろ盾が欲しい。そのために、あなたの信用を得たい。言ってること、難しくないですよね?」

『それを納得できると思っているのですか!? 話になりません!』

「だから、まずは話になるようにさせてもらいます。実力行使になりますが」

『暴力に訴えかける気ですか!?』

「家の中からで結構ですので、こっちの様子をうかがっておいてください」


 一方的に用件を告げ、俺の方から通話を切った。

 俺は睦琴とアブリルさんを連れ、聖士郎から20メートル以上離れて物陰に隠れた。


「アブリルさん、もっと頭を低くしてください」

「いったい、何をされるのですか?」

「さっき見せた雷の10倍でかいのを落とします」

「じゅ……。いやいや、先程のも凄い威力だったではないですか。それの10倍などと」

「そうですね。10倍はさすがに」

「はは、そうでしょうとも」

「100倍でかいのがきます」

「…………え?」


 きょとんとするアブリルさんをよそに、俺と睦琴は耳に手を当てて塞いだ。

 そして聖士郎に「やってくれ」と合図を送る。


「――テラ・ドブスガ!!」


 ――――ッッッッ!!!!!!!

 それは、不可避にしてド派手。

 まさに光速の爆撃にも等しい。

 爆発の後に、遅れて爆音と爆風が周囲を飲み込んでいった。

 うん。やっぱり100倍が妥当だ。


「……聞きしに勝る威力だな」


 睦琴にはこの威力を話していたが、それでも驚きを隠せない様子だ。

 同じく初見で、かつ前情報のなかったアブリルさんなどは、眼球が飛び出さんばかりに目を見開き、顎が外れそうなくらい口をあんぐりと開けて絶句している。

 聖士郎の正面にあった鉄の門は、もはや何者の侵入をも阻むことは叶わない。

 だって、無くなっているんだもの。どこまで吹っ飛んでいったのやら。


「聖士郎、大丈夫かー?」

「余裕。こんな感じでよかったか?」

「いや、門が……まあ、うん。結果オーライだ」


 その証拠に、邸宅の玄関扉がゆっくりと開かれていく。

 中から姿を見せたハーゲンさんは、アブリルさんと全く同じ表情をしていた。

 すみません、後で弁償します……。

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