第28話 教えてアブリル先生
対象に触れ、スキルの効果を意識する。
それだけで睦琴のスキル【経験値消去】は発動した。
‐キリハル・フドウ‐
Lv:4 ➡ Lv:3
HP:40/40 ➡ HP:35/35
MP:20/20 ➡ MP:15/15
SKILL:物質移動
―――――――――――
STR:13 ➡ STR:12
AGI:11 ➡ AGI:10
VIT:11 ➡ VIT:10
DEX:11 ➡ DEX:10
INT:12 ➡ INT:11
「うん、しっかりレベル3に下がっているな」
「いつの間にレベル4に上がっていたんだ?」
「昨日、約束を取り付けるために街の外に出たんだよ。ついでに、ぐるっと商業区の南門まで壁沿いに歩いてみたんだけど、その時、剣崎が言ってた、牙の生えた兎に出くわしてな」
「そういうことは、一人の時にやらないでくれ」
「……悪い。もうやるつもりはないけど、言ったら心配かけると思って黙ってた」
睦琴のスキルは、レベル単位で経験値を消失させることができた。
一気にレベル4からレベル1に下げることもできたそうだが、逆にレベル単位未満の細かな消去はできない。つまり、スキルを使用すれば、必ずレベルが一つは下がるというわけだ。
くそ女神が、このスキルについて何か言っていたっけ。
確か――
『よほどの人徳者でない限り、このスキルを所有している人は嫌われます。うっかりレベルを下げられたらたまらない。寄るな触るなこっちを見るなとバイキン扱いです』
レベル至上主義者からすれば、まさに病原菌だろうな。
「MPの消費は?」
「30/30 ➡ 29/30になっているな」
「段階飛ばしでレベルを下げようとしたら、それだけMP消費も増えそうか?」
「いや、スキルの使用は、本にしおりを挟むような感覚だった。レベルというページのどこにスキルを入れようとも、労力……MPに変わりはなさそうだ」
「なるほ。睦琴ってレベル1だよな? レベル4の時の俺よりMP量が多いんだけど」
「おそらく、INTが桐春より高いからだろう」
MP量は、INT依存か。
INT=賢さ。そんな風に考えていたが、レベルの減少に合わせてINTも下がっていることを考えると、これは知識的な賢さではなく、魔力値か何かを表していると思われる。
「仲間内でINTが一番高いのって、誰だっけ?」
「恋姫だ。確か、INTとDEXが両方30を超えていた」
川尻は魔法使いタイプなのかな。
川尻と同じく、鬼ヶ島のステータスも特徴的だった。STRが男の俺よりも若干高く、AGIに関しては、レベル1で30以上あった。典型的な、速度重視の戦士タイプだろう。
というか、俺、もしかして鬼ヶ島と腕相撲したら、負けちゃうの?
「経験値消去とは言うが、どういう仕組みになっているんだろうか」
自分のステータスを表示させながら、睦琴が小首を傾げた。
「んー、魔物を倒して吸収した魔素が経験値ってことになってるわけだから、吸収した魔素をまた取り除いてるんじゃね?」
「可能性としては、それが一番高いか」
「もしかして、他人から取り除いた魔素を、自分の経験値に変換してるとかないか?」
だとすれば、睦琴の【経験値消去】もまた、チートスキルってことに――
「いや、その気配はないな。レベル1のままだ」
しょんぼり。取り除いているだけか。
「すまないな。ボクの検証のために、せっかく上がったレベルを下げさせてしまった」
「気にすんなって。俺はレベル上げをするつもりなんて、元からないし」
「そう言ってもらえると、少し気が楽になる」
お? これは、ここらでゴチソウサマをしても許される流れか?
「お礼と言ってはなんだが、水を注いでやろう。これで喉の通りを良くするといい」
水で流し込んででも食えってことか。
中休みが効いたのか、またいくらか食えるようにはなったが、それでも先は長い。
いったい、睦琴は何に怒っているんだ。
スキルの検証を待たせたことが、そこまで機嫌を損ねてしまったんだろうか。
長い付き合いのはずなのに、今になって睦琴という友人のことがわからなくなってきた。
俺の戸惑いをよそに、ステータスを眺めたまま睦琴が溜息をついた。
「レベルの仕組みについても未知数なことが多い。推察だけでは限界があるな」
「同感だ。やっぱり詳しい人に訊くしかねーな」
そう言った矢先、約束していた人物がスイングドアを押して店に入ってきた。
鎧姿じゃないけど、たぶんそうだ。
「来た来た。アブリルさん……ですよね? こっちです」
「キリハル殿、お待たせいたしました!」
アブリル・ブローズントさん。
エッセル王国壁外防衛第一小隊所属の騎士で、俺たちが代行者だと知る数少ない人物だ。
何より、俺たちにすごく好意的。
この世界のレクチャーを受けるにあたり、この人以上の適任者はいないだろう。
「本日はお招きいただき、恐悦至極であります!」
非番にもかかわらず、定規で測ったように、ビシッとした見事な敬礼。
カッコイイけど、こんな店中でやらないでほしい。周りからの視線が痛いです。
「こっちの都合でご足労いただいたわけですし、お礼を言うのは俺の方です。ただ、知ってのとおり、俺たちは、あまり目立つわけにはいかないんです。なので、普通に友人として接してくれませんか」
「これは、申し訳ありません! しかし、代行者様と友人、ですか……。非常に畏れ多いことですが、そのように振る舞えとご命じになるのであれば、私はそれに従う所存であります」
堅い。もっとフランクにしてくれたらいいのに。
直立不動で座ろうとしないため、俺は面接官のように「かけてください」と着席を促した。
鎧の隙間からイケメン臭はしていたけど、その予想は間違っていなかった。
アッシュブロンドの髪と甘いマスクを備え、男性グラビア誌の表紙を飾れそうな身体つき。女にモテそうなのはもちろんだけど、男目線でもグッとくるものがある。
俺よりも一回りがっしりした二の腕を眺めていると、睦琴が耳元で囁いてきた。
「アブリル氏は、男の頃の有埜とは、また違ったタイプのイケメンだな。均整の取れた体格もポイントが高い。思わず惚れてしまいそうだ」
「睦琴が、アブリルさんに?」
「ボクがアブリル氏に惹かれると言ったら、桐春はどう思う?」
「めっちゃわかる」
「わかられても困るんだが……」
いいわー、ソフトマッチョ。
顔の造りは無理でも、身体つきの理想はアブリルさんで決まりだな。筋トレしよ。
「桐春は既に名乗っているようだから、ボクも自己紹介させてもらおうかな。由々敷睦琴だ。よろしく、アブリル氏」
「これはご丁寧に! ムツコト殿……。その美しい御名、我が魂に刻ませていただきます」
座ったばかりなのに、今度は姫に忠誠を誓う騎士のように――っていうか騎士なんだけど、片膝を床について頭を下げた。その姿ときたら、様になっているどころの話じゃない。
睦琴も反応に困っている。騎士って、みんなこんな感じなの?
改めて「座ってください」とお願いし、席についてもらう。
「先に、借りていたお金を返しておきます」
「あれは差し上げたつもりだったのですが」
「いやいや。友人なら、なおのこと、お金に関してはしっかりしないと」
「なんと律儀な……。了解いたしました。謹んで受け取らせていただきます」
これで残金が20金貨を切った。
6人で宿暮らしだと、せいぜい半月暮らすのがやっとだろう。
いざとなったら、パピコの家にでも押しかけるしかないな。
「む? キリハル殿、それはもしや、テラ盛を食されておられるのですか?」
「ええ、まあ」
「さすがは代行者様……。普段の食事からして、私のような凡人とは違いますね。驚嘆です。あ、どうぞ、私にお構いなく、食べながらで話をお進めください」
自分でも食は太い方だと思うけど、あくまで一般人レベルでの話。
こんなフードファイターみたいなことを普段からしていたら、生活習慣病まっしぐらだ。
「桐春、アブリル氏の評価を損ねることのないようにな」
ニヤニヤしやがって。悪魔め……。
ヤバい。タレの香りが辛くなってきた。少しでも食事から意識を離そう。
「アブリルさん、今日お越しいただいたのは他でもありません。俺たちは、この世界について何も知らないので、いろいろと教えてもらいたいんです」
「私にお答えできることであれば、なんなりと!」
うん、だから敬礼はやめて。
こっちの世界では当たり前すぎることも尋ねてしまうだろう。
世界が違えば、常識も異なる。その点をしっかり前置きしてから質疑応答を始める。
「まずは、魔法について教えてください。俺たちのいた世界には、これがなくて」
「魔法がない世界ですか。想像できませんが、生活が相当に不便だったのでは……」
「いや、魔法に代わる技術があるんですよ」
それはまあ、今はどうでもいいとして。
「めちゃくちゃざっくりした質問になりますけど、どういう魔法があるんです?」
「基本的には、火、水、風、土の四属性になります」
「テンプレですね」
「てんぷれ?」
お気になさらず。
「ただ、普通に生活しているだけなら、この四属性を使うことはありません」
「というと?」
「単純な魔力を動力に変換する仕組みが普及しているのです。あえて言うなら、無属性を使用しているといったところでしょうか。竜の肉球亭でも、それは体感されていると思いますが」
ああ、言われてみれば。
タッチ式スタンドのように、触れるだけで灯りが点くライトが部屋にある。
トイレでも、パネルに触れれば水が流れたり。
これ、全部魔力で動いているのか。
「毎回MPを吸われているんですか?」
「吸われています。ですが、消費は1にも満たないわずかなものです。高速で何度も操作するでもない限り、回復の方がずっと早いでしょう」
ふむふむ。
電力か魔力かの違いなだけで、文明レベルは中世よりもずっと近代的だな。
「それじゃ、四属性を使う場面は?」
「主に、騎士や冒険者が、魔物との戦闘時に使用します」
フーゥ。きましたねー。
「ですが、これは素質によるところが大きいです。大なり小なり、魔力は誰しもが持っているものですが、魔法適正となると、また話が別でして」
「魔法を使えない人もいるってことですか?」
「というよりも、使えない人がほとんどです。私も使えません。使えるのは、100人に1人といったところでしょうか」
思った以上に少ない。
「ステータスだと、INTが魔法に大きく関わるものですよね?」
「はい。INTは魔力総量を表しています。これがレベル1の時点で20を超えていなければ、魔法の素質はないと考えられています」
てことは、俺はダメだな。
「睦琴は?」
「ボクもINTは13だった。20にはまるで届かないな」
じゃあ、ウチで魔法を使えるとしたら、やっぱり川尻だけか。
「属性との相性も重要ですが、加えて、DEXも重要になってきます。DEXは器用さを表していまして、低いと発動にも時間がかかりますし、思うように形を成すことができません」
「うーん、これも例えが欲しいですね」
「水の属性魔法で例えますと、DEXが低いと、ただ水をじょばじょばと垂れ流すだけですが、高ければ、射出口を絞り、岩を貫く槍のように水を撃ち出すこともできますし、水温を下げて氷にしたりもできます。あと、ただの水を変質させてポーションにしたり」
「なるほど。魔法使いは重宝されそうですね」
「そうですね。魔法使いがいるといないでは、戦闘の効率も大きく異なってきます」
異世界に来ておいて魔法が使えないっていうのは、ちょっと残念だな。
「基本的には四属性と言われましたけど、例外もあるんですか?」
「あります。雷属性に該当する魔法を使える者が現れることがありまして。天をも操る御業に敬意を表し、かの者は勇者と呼ばれ、崇められています」
「勇者……。そんなに珍しいんですか。雷属性って」
「100人に1人どころか、100年に1人と言われています。……まさか、キリハル殿!?」
「いや、俺は違いますよ」
まあ、死ぬ気になれば、一回は使えるけど。
俺は二階の端にある大部屋を、ちらりと横目に見上げた。
本人はそうと知らず、太陽が昇りきった今も惰眠を貪っている。
聖士郎、お前どうやら、この世界だと勇者らしいぞ。




