第27話 悪魔の微笑み
異世界生活五日目。
俺は単身、コルネット商会の若旦那に面会を求めた。
用向きは、もちろん金貨500枚の返金。――をエサにした、その後の商談だ。
本邸は、最近よく足を運ぶ商業区にあると、串焼き屋のおっちゃんから聞いてはいたけど、その場所は西の市街区から最も遠い、東門近くにあった。
体感だけど、片道10キロくらい歩いた。
で、汗だくになって辿り着いた末の成果はというと。
門前払いでした。
それはもう、取りつく島もなく追い返された。
まあ、無理だろうと予想はしていた。十代半ばのガキが500金貨もの大金をタダで返しにくるなんて、どう考えても怪しすぎる。裏があると思って当然だ。
相手からすると、心身ともに弱っているところへ、さらに血を吸いにきた蛭のように映っていたかもしれない。
できればパピコの時みたいに、相手に恩を売って、立場的に有利な関係を築いていきたいと考えていたけれど、ファーストコンタクトに失敗した時点で、俺はコルネット商会との接触を諦めようとした。商会は他にもあるし、一つにこだわる必要はない。
が。
ちょっとな……。諦めきれない理由ができてしまった。
若旦那に冷たくあしらわれ、その帰りに俺は商人ギルドに立ち寄った。
コルネット商会以外で、高額買取のツテを紹介してもらえないかと考えたからだ。
そこで、受付嬢さんから聞いてしまった。
コルネット商会が、どのような商業組織なのか。
そしてコルネット商会の若旦那。その奥方、事故で視力を失ったという女性が、どのような人物なのか。
幼少期を孤児院で育ったという彼女は、成人を機に冒険者となり、その稼ぎのほとんどを、世話になった孤児院に寄付していたという。
それは結婚して冒険者を引退した今も、商会のバックアップの下で続けられている。
彼女の行いを偽善と陰口を叩く者すらいない。それほどの人格者だという。
コルネット商会の行いを聞き、俺は別の商会を斡旋してもらうのを思いとどまった。
串焼き屋のおっちゃんも、彼女のことをべた褒めしていた。
おっちゃんの若い時分、彼女は冒険者の中でも憧れの存在で、それはもう求婚の話も山ほどあったそうだ。かく言うおっちゃんも彼女に恋心を寄せていた一人らしく、それがコルネット商会の若造にかっさらわれた時なんて――と長くなりそうな気配がしたので、適当なところで切り上げさせてもらった。
商売で一番大事なのが信用であることは常識だ。
コルネット商会との間で、俺はまだ何一つ信用を築けてはいない。
それでもビジネスパートナーに選ぶとするなら、コルネット商会がいい。
信用できるかどうかではなく、信用してみたいと考えるようになっていた。
だからこそ、相手からも信用を得られる材料が欲しい。
本物のエリクサーを手に入れられたら、話は早いんだけどな……。
今日は人と会う約束をしている。
竜の肉球亭の飯処で時間が来るのを待ちながら、昼時だし、何か軽く腹に入れておくかな、とメニューを眺めていたら――。
「ボクたちが出会ってから、どれくらいの時間が経っただろうか」
どこか遠い目をした睦琴が、椅子を引いて真向かいに座ってきた。
俯きがちな表情は、普段隠れていない方の目まで黒髪に覆われている。
ちなみに、会う約束をしているのは、睦琴とは別の人だ。
「いろいろなことがあったな。楽しいことだけじゃなく、辛いことも。だけど、それらを経ていくにつれ、ボクたちの仲は少しずつ、確実に深まっていったと思う」
それは独白のようでもあった。
かれこれ十年の年月を一つ一つ思い出すように、睦琴が長い、長い溜めを作る。
「…………。そろそろ……次のステップに進んでも……いい頃だと思うんだ」
顔を伏せたまま、消え入りそうな声で睦琴が言った。
「心地良い現状に浸っているのも、それはそれで幸せではあるけど、ボクは勇気を出して先に進みたい。だから、言わせてもらおうと思う」
意を決したように、俺と目を合わせてくる。
少し潤んだ瞳は、吸い込まれるように綺麗だった。
「……付き合わないか?」
「そのネタなら、聖士郎がもうやったぞ」
毎度芸が細かく、今回も真に迫っていたが、所詮は二番煎じ。
そもそも、睦琴がやったところで、冗談だとわかりきっているから面白みがない。
俺は容赦なく、ネタとして落第点をつけた。
「……桐春、突然だが質問だ。健気に好意をアピールしているにもかかわらず、相手にまるで気づいてもらえないヒロインについて、どう思う?」
「本当に突然だな。それはつまり『あたしって、ほんとおバカ』とか言いそうな青髪キャラにありがちな、不遇系ヒロインってことか? 俺はかなり好きだぞ。いつか報われる日を夢見て陰ながら頑張るキャラは可愛いし、応援したくなる。ま、そこまでアピールしていて気づいてもらえないなんてこと、現実ではありえないだろうけど」
あっはっは、違いない。
みたいな反応がくるかと思いきや、睦琴は、威圧感のある笑みを浮かべただけだった。
「ところで桐春、昼食はもう済ませたのか?」
「いや、ちょうど何か注文しようと思っていたところだ」
「それならボクに任せてもらおう」
「オススメがあるのか」
睦琴が手を上げ、女将のフランナさんを呼んだ。
「【ソードシュリンプのかき揚げ丼】と、【パナップ貝のすまし汁】を」
丼モノか。いいね。
ホント、こっちの世界にも米があってよかった。
ただ、大豆があるのかは未確認だ。日本人としては、味噌と醤油も外せないよな。
「ごはんの量はどうしますか~?」
「テラ盛で」
睦琴が聞き慣れないサイズを指定すると、注文を受けたフランナさんが、おっとり眠たげな目をぱちくりと開いた。
「しょ、少々お待ちくださいませ~」
何故か言葉を詰まらせながら、オーダーが厨房の奥へと通される。
厨房は彼女の旦那さんが担当しているそうだ。恥ずかしがり屋で人前に出てこないらしく、まだ顔を合わせたことはないが。
「北の漁港で今朝取れたばかりの海の幸を使っているんだそうだ。他の客が賞味しているのを見て、美味しそうだと思っていた。ボクも夜に食べてみようと思う」
「そりゃ楽しみだ。でも、テラ盛って聞いたことないな」
「こっちの世界での大盛を指している。高校生男子の胃袋であれば、苦にもならないだろう」
「大盛なら余裕だな」
そう思っていた時期が、俺にもありました。
――10分後――
「睦琴さんや、お尋ねしてもよろしいか?」
「何かね?」
「これ、どう見ても大盛じゃないよね? パーティーサイズだよね?」
運ばれてきたテラ盛を見て、俺は「美味そう」より先に、そのサイズのインパクトに感想を奪われてしまった。何を置いても、まず目をひく洗面器サイズの器。山のように盛られた米の上に鎮座する特大のかき揚げ三段重ね。明らかに大盛どころの話ではない。
「育ち盛りだろう? さあ、残さず食べてくれ」
「無理」
5~6キロはあるぞ。完食できたら、店の壁に顔写真を貼られるレベルだ。
睦琴が、溜息交じりで頭をふるふると振った。
その仕草はまるで、俺の方が聞き分けなく、駄々をこねているとでも言いたげだ。
「この世界では、女神テラの名は唯一神として崇められているそうだ。しかし、ボクたちは、あの女神が崇めるような存在ではないと知っている。恨みもある。なればこそ、テラの肩書を持つそのかき揚げ丼を完食することで、わずかでも溜飲を下げられるとは思わないか?」
まったく思わない。何その超理論。
「いやキツいって。つーか、ミスリルダガーが売れるまでは節約しなきゃいけないんだから、食い物で遊ぶような真似は――」
「これは必要経費だ」
わけがわからないよ。
――15分後――
「……もう食えない。……ギブ」
「かーらーのー?」
「マジで無理……うっぷ……」
「まだ半分残っているぞ」
「半分食えただけでも快挙だよ」
いや美味かった。それは本気で。
食材の水分をしっかりと飛ばしてあるからだろう。カラッと揚げられた衣のカリカリとした食感は素晴らしく、俺は米に手をつける前に一つ目のかき揚げをたいらげてしまった。
メインはソードシュリンプという名前のエビ。そしてタマネギ、ホタテっぽい貝も使われていたと思う。素材本来の旨味が衣の中に閉じ込められ、噛めば噛むほどに、濃縮された食材の持ち味が口の中ではじけるように広がった。
やや甘めのタレが絶妙な分量でかけられ、ふっくらと炊き上がった米との調和が、これまた見事だった。かき揚げと米とタレを一度に掻き込み、口に運ぶペースも自然と上がる。二つの意味でサクサクと食べ進めていった。
三分の一くらいまでは。
今は腹いっぱいどころか、胸のあたりまでぎっしり米が詰まっている気がする。
「仕方ない。3分間の休憩を許す」
「鬼かな」
賞金が出るわけでもなし、この大食いチャレンジに何か意味があるとは思えない。
いったい睦琴は何を考えているのか……。
「あの、睦琴さん、なんか怒ってたりします?」
「超ゴキゲンだが?」
激おこだ。笑顔なのに、背後に般若が見える。
だが、相手が怒っているとわかれば、その理由にも思い至れる。そこまで俺は鈍くない。
「悪かったよ」
「何に対する謝罪だ?」
「睦琴の意図を汲もうとせず、冗談だと決めつけて流してしまったこと。本当なら俺から言うべきだったのに、お前の口から言わせてしまったこと」
「……その言い方だと、ボクの気持ちに気づいていたと聞こえてしまうが」
「お前と何年親友をやってると思ってるんだ。気づいていたさ」
「……嘘だ……」
いつの間にか、睦琴の威圧感たっぷりの微笑が消えている。今度はどこか悲し気だ。
「嘘じゃない。俺だって、それをちゃんと考えていた」
「……にわかには信じがたいな」
放ったらかしにしていたつもりはないが、後回しにしてしまった事実は覆らない。
睦琴からすれば、良い気分にはならないだろう。
「睦琴、今からやらないか?」
「や、やらないかって、それはどういう意味で言っているんだ?」
「もちろん、俺の身体を差し出すと言っている」
「かか、身体を!? それは、さすがに展開が急すぎないか!?」
「いや、こういうことは、早い方がいい。睦琴だって望んでいたんだろう?」
「の、望んでいたわけでは! ……けど、それを、想像しなかったわけでも……なく……」
ここで取り繕う必要なんてないだろうに。よくわからないスタンスだ。
「いつでもいいぞ。やってくれ」
「この場で!? しかも、ボクから攻めるのか!?」
「俺は基本受け身だ。俺の部屋でやる方がいいのか?」
「当たり前だろう!」
睦琴は慎重派だな。
いや、誰が聞き耳を立てているかもわからないし、それが賢明か。
「じゃあ、俺の部屋でやろう」
「ま、待ってくれ! あの部屋でも、その、声が、漏れたり……」
「声? もしかして、痛かったりするのか?」
「初めてだと、そうだと聞くが……」
「痛いのは嫌だな。ちょっと尻込みしてしまう」
「いや、この場合、痛いのはボクの方で……」
そういう仕様なのか。
「回数を重ねれば、慣れていく……とは思うが……」
「回数か。とりあえず、二回までだな」
「それは、休憩を挟まずに二回、ということか?」
「まあ、今の段階だとそうだ」
「やはり回数制限はあるのか。無制限になんて、創作の中だけの話なんだな」
「なんの話だ?」
「か、勘違いしないでほしい! あくまでも知識として言っているだけで、その手の読み物を愛読しているというわけではないからな!」
「その手の読み物ってなんだ?」
「詮索は無用だ!」
どうにも挙動が不審だな。
俺の知っている睦琴は、いついかなる時でも冷静に理詰めで行動するような奴なんだけど、環境が変わると同時に、睦琴のイメージも少しずつ変わってきた気がする。
「そういや、他のみんなは?」
「戦は、恋姫を連れて冒険者ギルドにクエストを受けに行った」
「川尻も冒険者になるつもりなのか?」
「登録するかどうかは未定だそうだが、恋姫はそれを希望している。久慈林教諭は、グリコス武器店のリニューアルを手伝いに行った」
精錬実績が+4になり、代替わりして途切れてしまっていた顧客との繋がりが、また有効になったとかで、パピコは連日大忙しだ。
久慈林先生が、臨時の従業員としてスカウトされていた。
「聖士郎は?」
「部屋で寝ている」
「んじゃ、あいつにも見てもらうか?」
「見られながら!? それは上級者向けすぎないか!?」
意見は少しでも多い方がいいと思うんだが。
「誰かに見られていると緊張するのか?」
「逆に、桐春が落ち着いているのが不思議だ。まさかとは思うが、経験……あるのか?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「バ、バカな……」
「つっても、俺もそこまでの経験値があるわけじゃないけど」
「そう……なのか。相手は――……いや、それを訊くのは無粋か……。しかしなんというか、地味にショックだ……」
信用されていないとは思わないけど、睦琴の落ち込みポイントがよくわからないな。
「俺以外の奴がよかったのか?」
「そ、そんなことはない! それはあり得ない!」
「だよな。睦琴の相手は、やっぱ俺しかいないだろ」
「桐春も、そう思っているのか!?」
「そりゃそうさ。だって他の女子は、まだ魔物を倒したことがないからレベル1だしな」
「………………ん?」
「だから、睦琴のスキル【経験値消去】を検証するなら、現状だとレベル3の俺以外に適任はいないだろ?」
親指を立てて自分を指しドヤると、睦琴の顔から、すん……と表情が消えた。
「さっき言っていた、二回とはなんのことだ?」
「経験値の表記はステータスにも無いから、スキルの効果を確認するにはレベルを下げてみるしかない。俺のレベルが今3だから、検証はできて二回かなって」
「…………」
睦琴がスキルの検証に付き合ってほしいと言い(※言っていない)、俺はそれを快諾した。
不機嫌になったり、落ち込んだりする要素が見当たらないんだが。
「睦琴、言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれ」
「お前なんか一生童貞でいればいい」
聖士郎にも同じことを言われたけど、なんでどいつもこいつも、俺の未来を暗くするの?
「あと」
「まだあるのか? 言ってくれ。そして、いつものように笑ってくれ。お前が落ち込んでいる顔は見たくない」
「3分経ったぞ」
「悪魔かな」
目が笑っていない以外、それはそれは眩い笑顔を見せてくれた。




