第26話 冒険者ギルド
異世界生活四日目。
他のクラスメイトと鉢合わせする危険があるため、あまり気は進まないのだけど、王都市の中心近くにある冒険者ギルドに、鬼ヶ島と二人で行くことになった。
理由は、鬼ヶ島が冒険者登録を望んだからだ。
【+4 ミスリルダガー】
(状態)公開
(所有者)キリハル・フドウ
鉄よりも硬いミスリル金属で作られた短剣。
攻撃力480
防錆の効果が付与されている。
二人並んで歩く道すがら、昨日精錬したミスリルダガーを鬼ヶ島が太陽に掲げ、キラキラと陽光を反射させた。
「これが金貨3,000枚以上? やばばー。成金キタコレ」
「売れればな。額が額だけに、ぽん、と大金を出せる個人がいるかわからないし」
「たかし(確かに)」
1本目の精錬が+4➡+5で失敗したため、やり直しをした。
これは2本目のミスリルダガーだ。
久慈林先生のスキル【危険察知】が、どういうわけか、乳揉みをチラつかせただけでは発動しなくなったため、やむを得ず、次失敗したら店の外でパンツを足首までズリ下げますという新たなペナルティーを設けることで、事なきを得た。
+5にするには、生活費を考えると貯金が0どころかマイナスになり、返金予定の金貨にも手をつけなくてはならなくなるため、ひとまず+4で止めておいた。
ミスリルダガー2本:200金貨
魔鉱石9個:270金貨
計470金貨も精錬で消費したため、残金は30金貨を切ってしまっている。
一応、精錬したミスリルダガーを売る当てはある。
言わずと知れた、コルネット商会。例のぼったくられ男の商会だ。
串焼き屋のおっちゃんは、今にも潰れそうな商会と言っていたが、独自の販売ルートくらいあるだろう。500金貨を返すついでに商談をもちかけられないかと考えている。
このミスリルダガーは、きっかけにすぎない。値崩れを起こしてしまうほど供給過多にする気はないが、安全に、安定して収入を得られるツテが欲しい。
とはいえ、問題はある。
散々ぼったくられてたからな。取引相手が人間不信になっているかもしれない。
金貨500枚を返しますので、一緒に商人ギルドまでご足労願えますか? なんて言って、お金戻ってくるの? やったー。みたいな流れになるだろうか。俺なら超警戒するし、そんな浅はかな相手と組んで商売をしたくない。
うーん。もう一手、つつがなく商談を進められるネタがほしいんだよな。
別にコルネット商会にこだわる必要はないんだけど、事情を知り、ほんのわずかでも接点ができてしまった手前、無視するのは寝ざめが悪い。
「不動、まーた難しいこと考えてんの?」
「マイホーム計画への算段だよ」
「おー。期待してるかんね」
マイホームと言っても、シェアハウスみたいな感じになるわけだが、それについて誰も何も言ってこない。年頃の男子と一つ屋根の下でも気にしないんだろうか。俺だけ別棟で考えてるとか? それはちょっと寂しいぞ。
「そういえば、鬼ヶ島はだいぶ日本語が達者になったよな」
「まぢ意味ふ。アタシは最初から日本語しか喋ってないし」
もしかして、実は今も鬼ヶ島はギャル語全開で通訳が必要な言葉を喋っているが、そこにも言語適応機能が働いていたりするんだろうか。
「まあ、それは冗談として、冒険者になりたいなんて、どういう風の吹き回しだ?」
「ん、賽ちゃん先生じゃないけど、アタシも何かできることないかなと思ってね。この世界のことをよく知るためにも、誰か一人くらい冒険者になっておいた方がよくない?」
――冒険者。
ギルドが斡旋する仕事を受注し、それをこなして報酬を得る者。
「そりゃ、異世界に来たら冒険者になるってのは鉄板だけど、あんまオススメできないな」
「不動ってば心配性。アタシも危ないことする気はないし。あれっしょ。ギルドで受けられるクエストって、何かを討伐したりだけじゃないんでしょ?」
「俺の知ってる異世界モノなら、採集とか、街の雑用なんかもあると思うけど、そのあたりは実際に行ってみないとなんともだな」
俺たちが望むのは、愉快痛快冒険譚ではなく、絶対的な平穏だ。
もしもの場合、冒険者は強制的に戦闘参加、なんて制約があるようなら、この話はナシだ。
「あ、そーそー。その賽ちゃん先生だけど、昨日、帰ってきてから様子がおかしいんだけど。なーんかよそよそしいっていうか、変にギスってない?」
「そ、そうか?」
「何かあった?」
「別に……何も?」
「ふーん」
ふーん、て何? どういうリアクション?
「ぶっちゃけさ、不動って、誰が本命なわけ?」
「本命って、そういう意味で?」
「他に意味ないっしょ。言っとくけど、恋姫に手ぇ出したら……殺すから」
もはや体の一部とでも言いたげに、今も鉄パイプを装備している鬼ヶ島が凄んでくる。
殺すから。の声トーンと真顔が本気すぎてチビりそうになった。
「川尻は対象外って言ったら、それはそれで、あいつに失礼じゃないか?」
「まーね。だから恋姫を子ども扱いとかはナシ。恋姫を傷つけても殺すから」
要求が厳しい。もう少し、俺の命を大切にして。
「いや、本命も何も、俺は誰のことも、そういう目では見てないんだけど」
「そうなん? でも、将来的にどうなるかはわかんないじゃん?」
「そりゃまー」
「将来的にどうにかなるとしたら、誰が最有力候補? アタシはないだろうけど」
「うん、ないな。対象外」
「あっても困るけど、そうはっきり言われてもムカつく」
女心って難しい。
「川尻と鬼ヶ島を除外するとしたら、残る二人のうち、どちらかってことになるよな」
「ん、二人?」
「久慈林先生か聖士郎」
「むっちゃんは?」
「睦琴? なんで睦琴が……ああ、あいつも女子か」
「不動って頼りになるけど、たまに死ねばいいよね」
たまにって、普通は一回死んだらジ・エンドなんですが。
冒険者ギルドは商人ギルドと違い、役所みたいなお堅さはまるでなく、でかい酒場のような印象だった。うん。ギルドといったら、こっちのイメージだ。
「商人ギルドでは身分証もいらなかったし、ここも大丈夫だろ。指紋を取られるかもだけど」
「何それ、犯罪者じゃん。ウケる」
犯罪者は言いすぎだが、冒険者ギルドを利用しているというか、たむろしている輩の多くは人相が悪く、恰好もラフ。建物に入ってきた俺と鬼ヶ島を威嚇するような視線を向けてくる。
こういう場所に若い男女二人で入ると、先輩冒険者が難癖をつけて絡んでくるっていうのが冒険者ギルド初来訪あるあるだ。長居は無用。鬼ヶ島の登録を済ませ、どういったクエストがあるのか確認したら、さっさとおいとましよう。
「鬼ヶ島、早く受付に――」
「オイオイオイ、ここはガキがイチャつくような場所じゃないぜぇ?」
そんな律儀にテンプレを守らなくても。
ベルトをバッテンに巻いただけの裸の上半身。ムキムキしたガタイは日々鍛え、戦いに身を置いている証拠だろう。綺麗に剃られた禿頭が人相の悪さに拍車をかけている。
「お前ら、これから冒険者になろうって新人か?」
「うっス。俺は付き添いで、登録するのはこっちの彼女だけっス」
鬼ヶ島は無鉄砲にもガンを飛ばし返すが、俺は相手を刺激しないよう下手に出た。
「悪いことは言わねぇ。今すぐ帰ってママのお手伝いでもしてな」
「いや、こっちも生活かかってるんで、そういうわけにも」
「くく、だったら俺がいい仕事を紹介してやろうか? そんな普段着みたいな恰好じゃなく、もっとお嬢ちゃんにお似合いの恰好をしてよぉ」
鬼ヶ島を上から下まで、不躾にじろじろと眺めた男がいやらしく言った。
ああ、やっぱダメだ。鬼ヶ島には悪いけど、冒険者になるのは諦めた方がいいな。
「いいか、よく聞け。冒険者はランクSからFまでの7つに分かれていて、一つ上のランクのクエストまで受けられるが、Eランクのクエストには魔物の討伐もある。それはやめときな。慣れないうちは危ないからよぉ」
ん?
「Fランクのクエストは、郊外での採集の他、街の中だけで完了するおつかい。日雇いの家事まかない等々。主に雑用だが、依頼者が女性の場合、同じく女性の冒険者限定ってクエストがちらほらあって、報酬が割高に設定されてたりする。一攫千金を夢見ねぇなら、ランク上げにこだわらず、そういうのを探しな」
「あ、はい」
「念を押しておくがよ、無茶なクエストだけは受けるんじゃねぇぞ。【サウザンド・ナイツ】の真似をしようなんて思わないこった。もしものことがあったら、家族と依頼者、両方に迷惑をかけることになっちまうからよぉ」
「おっしゃるとおりかと」
「それと、せめてもうちっと冒険者らしい服を選びな。それじゃ、まんま普段着じゃねぇか。Fランクに防具はいらねぇと思うが、この商売、舐められて得することなんざねぇからなぁ。このギルドの隣に防具屋がある。後で寄っていくことをオススメするぜぇ」
禿頭の先輩冒険者は、それだけ言って離れていった。
その後ろ姿を、俺と鬼ヶ島は狐につままれたように見送る。
「……人って、見かけによらないな」
「めっちゃいい人じゃん」
先輩冒険者に感謝し、俺たちは受付窓口に立った。
冒険者ギルドとはいえ、さすがに受付嬢の制服はまともだった。どことなくCAっぽい。
俺が「すみません」と声をかけると、綺麗な受付嬢さんが開口に「初めまして」と応えた。
ここからは簡潔に。
先輩冒険者が言っていたように、冒険者ランクはS~Fまであり、登録初めは誰でもFからスタートするそうだ。やっぱり出てきたか、アルファベット式ランク。
何度かクエストを受注し、達成回数や貢献度に応じてランクが上がっていく仕組みだ。
現在発注されているクエストは、窓口で確認することもできるし、すぐ隣に併設されている掲示板にも張り出されている。性別、レベル、冒険者ランク、得意分野など、条件は様々だ。
ランクが上がれば、受けられるクエストも難易度が高くなり、報酬も上がっていく。
冒険者になるための適正試験みたいなものはないが、ランクD以上になるには、原則として昇級試験があるそうだ。
概ね、予想していたとおりだな。
「それでは、ソヨギ・オニガシマ様をFランク冒険者として登録いたしました。冒険者として節度ある振る舞いをお願いいたします」
これで鬼ヶ島は、めでたく冒険者だ。
その証として、Fと書かれた銀色のプレートをもらっていた。
プレートの形は商人ギルドと同じ。あっちは金色だったので、色違いだ。
「以上になりますが、何かご質問はございますか?」
鬼ヶ島はなさそうなので、俺から一つ。
「さっき、親切な先輩冒険者さんに【サウザンド・ナイツ】の真似はするなとかなんとか言われたんですけど、それってなんです?」
「【サウザンド・ナイツ】とは、センヤ・ウスイ様をリーダーとし、他4名の女性冒険者で固定されたパーティーの名称です」
「「ぶふっ!」」
俺と鬼ヶ島が揃って吹き出した。
「ど、どうかされましたか?」
「お、お構いなく」
笛吹千夜。元クラスメイトの一人だ。
どう考えても、千夜だから【サウザンド・ナイツ】なわけだよな。なんて安直。
やばい、笑いを抑えきれない。
「うくく、その【サウザンド・ナイツ】が、何かしたんですか?」
「ソヨギ様と同じく先日冒険者登録をされたばかりなのですが、国王から直々の推薦があり、特例としてBランクの昇級試験を受け、見事合格されたのです」
「へえ、やらせっぽいですね」
「いえ、その実力は、高ランク冒険者に相応しいものだったそうです。一昨日にBランクへと昇格され、その翌日には、街道に出現していたソイルドラゴンを討伐されています」
ソイルドラゴン? 土の竜? モグラ?
「そんなに急いでランクを上げさせて、王様はどういうつもりなんでしょう?」
「推測ですが、有事の際、冒険者を率いる指揮権を持つのがBランクからになるので、実力のある人を遊ばせておくわけにはいかないと考えられたのではないかと」
つまり、有事が近い将来起こると想定しているわけだ。くわばらくわばら。
「訊き忘れていたんですけど、冒険者になったら、その有事の際、絶対に戦闘に加わらないといけないんですか?」
「EとFランクは任意。Dランクからは、そういった義務が発生します」
なるほど。D以上にならなければいいわけか。了解しました。
冒険者ギルドを出て、すぐ隣にある防具屋に立ち寄った。
騎士でアブリルさんが身につけていたようなフルアーマーもあれば、硬そうな革で作られた軽鎧なんかもある。むむ、あれは――!?
「鬼ヶ島、ビキニアーマーがあるぞ!」
「だから?」
「一応報告しただけです」
なんか、看板商品みたいな扱いで飾られているけど、需要はあるんだろうか。
ランクを上げる予定のない鬼ヶ島に鎧は必要ないため、先輩冒険者がアドバイスしてくれたように、舐められない恰好という点にだけ気をつけて選ぶことになった。
「一式買っちゃっていいんだよね?」
「ああ。でも、多くとも、10金貨までに抑えてくれよ」
「10金貨って、向こうだと10万円って感覚なんだよね。うわー、贅沢」
「いや、余ったら余ったで全然いいから。つーか、なるだけ安く抑えて」
「りょーん」
店内をいろいろと見て回っている間に、鬼ヶ島が適当に見繕って試着室に入っていった。
女子が試着するのを外で待っているって、なんだか彼氏にでもなった気分だ。
BGMが流れていたりはせず、店員もこっちから話しかけない限り、会計時以外は関与してこないらしく、店の中はとても静かだ。
しゅる、しゅる、ぱさ。
と着衣が落ちる音が、カーテン一枚を隔てた向こうから聞こえてくる。
「さっきは、まぢぷぎゃったよね。【サウザンド・ナイツ】ってネーミング」
「ああ、腹筋が崩壊しそうだった」
「他に女性4名で固定されたパーティーって言ってたけど、それもクラスメイトの誰かかな」
「さーな。もしかしたら、現地で知り合った誰かかもしれないし」
「なんか、不動の声にトゲ入ってない?」
「自分以外のメンバーを女で固める野郎に、ロクな奴はいない」
「不動、それめっちゃブーメラン」
何? ……マジだ。
「言い直そう。名前に〝夜〟がついている野郎に、ロクな奴はいない」
「うわ、超偏見」
そうでなくとも、笛吹に良い印象なんてないけどな。
「まー。アタシも笛吹のこと、好きじゃないけどね」
「そうなのか? なんで?」
笛吹は、男だった頃の聖士郎に次ぐイケメンで、女子人気は高かったはずだ。
それに体験学習では、笛吹の扇動でゴブリンの包囲網を突破したと、鬼ヶ島は言っていた。
だったら、あいつは恩人ということになるんじゃないのか?
「ゴブリンから逃げる時さー。あいつ、危険を冒して避難を誘導したみたいに言ってたけど、ちゃっかり安ポジ走ってたんだよね。先頭は他の男子に任せて、後ろはアタシや恋姫みたいな女子を盾にして。緊急時だったし、それを責めたりはしないけど、好きにはなれない」
「妥当な評価だな。俺も嫌いだ。他人を利用しようとする分、奥田よりも嫌いかもしれない」
「あはは、不動、言うねー」
笛吹以外の奴らも冒険者になったんだろうか。
関わる気がないからどうでもいいけど、気が向いた時に、受付のお姉さんに訊いてみるか。
「よし、着替えかーんりょ」
シャッ、とカーテンが開かれ、新コスチュームに換装した鬼ヶ島が出てきた。
戦士のような厳つさとも、魔法使いのような野暮ったさとも違う。
ヘソや腰のくびれ、胸元が大胆に露出している。
身につけているのは、チューブトップにショートパンツ。羽織っただけの革の上着と手袋。そして太股まであるニーハイブーツだ。その見た目は、どこか女盗賊を思わせる。
最後に、相棒の鉄パイプを肩に担いで前かがみのポージング。
「どうどう? 似合ってる?」
「なかなかのお点前で」
「あれあれ? 不動、ちょっと動揺してない? アタシは対象外なんじゃなかったの?」
「そ、それとこれとは別だろ」
「えー。別って何がー? ちゃんと言ってくれないと、アタシわかんなーい」
「お前、対象外って言われて、実は根に持ってるだろ」
「さー。なんのことやらー」
実際動揺してしまった以上、この話を続けるのは分が悪い。
さっさと金を払って帰ろう。
「まあ、笛吹は好きじゃないし、アタシもだいたいの男子は対象外なんだけど」
「はいはい。末永く川尻と百合百合してくれ」
「でも、不動のことは、まあまあ好きだよ」
「……えっ?」
「あはははははっ! その顔超ウケる! 簡単に引っかかりすぎ笑笑笑笑!!」
こいつ……。
俺は叩きつけるようにして会計を済ませ、店を飛び出した。
「ごっめーん。まぢごめーん。男子の純情弄んじゃったー」
その後ろを、ぴったりと悪魔がついてくる。
宿へ戻るまで、俺は延々といじられ続けたのだった。




