第25話 罪作りだねえ
「は? え? もう一回言ってくれる?」
久慈林先生のスキルを検証した翌日、俺は再びグリコス武器店に足を運んだ。
店内の四角いテーブルを挟み、若い女性店主のパピコと向き合っている。
思いもよらない申し出だったからか、パピコは意味を理解できていない。
「俺が、このグリコス武器店の、ミスリルダガーを、金貨100枚で、購入する」
一つ一つ言葉を区切り、誤解のしようもないくらいはっきり告げた。
「か、買ってくれるの?」
「そのための金もおろしてきた」
じゃら、と音を立てて、金貨の詰まった布袋をチラつかせる。
「本気で? え? 脱いだ方がいい?」
「脱がんでいい」
ちゃんと伝わりはしたものの、未だ信じられないといった面持ちだ。
「店としてはすごく嬉しいけど、でも、なんで急に?」
「金が必要だからだ」
「???」
我ながら、第三者が聞いたら意味不明だなと思う。金が必要と言っておきながら、今まさに大金を使って贅沢な買い物をしようとしているんだから。
もっとも、金策だけが理由じゃない。
というより、最たる理由は、久慈林先生に自信をつけさせるためだ。
昨日に続き、今日も俺に同行してもらっているが、店の入り口で所在なさげにしている。
自分のスキルの有用性を、まだ信じることができていないからだ。
「購入にあたって条件がある」
「条件? ……ハッ、そういうこと!? ……わかったよ。……でも、優しくしてよね」
「全然わかってない。違うから脱ごうとするな」
もっと自分を大事にしなさい。亡くなった親父さんが見たら泣くぞ。
「そりゃ、お客さんの要望にはできる限り沿うようにするけど、あんまり難しいのは……」
「条件は一つ。俺との取引を、誰にも口外しないこと」
「え、それだけ?」
「それだけだ」
拍子抜け、とは違う。
むしろ、あまりにも簡単すぎて、逆に怪しまれている。
「まさか、そのお金、どこかヤバい組織からとか」
「想像力豊かだな。違うから安心してくれ」
「そ、そっか。お兄さん、あたしより歳下っぽいし、その若さで、それはないよねー」
「真っ当な手段で稼いだ金とは言えないけどな」
「まさか、そっちのお姉さんに、あんなことや、こんなことをさせて――!?」
「どんな鬼畜だよ。これは悪者を成敗して得た報酬みたいなもんだ」
「う、うぅん……」
「嫌なら別にいい。他の店に行くだけだ」
「嫌とは言ってないよ! うん、売る売る! まいどあり!」
刀身を布で包まれたミスリルダガーを受け取り、金貨の詰まった袋を渡す。
「それじゃ、次の話に移る」
「まだ何かあるの?」
「本当の取引はここからだ」
パピコが、ごくっ、と息を呑んだ。
「今から、このミスリルダガーの精錬を行う」
「せ、精錬!? 昨日言ったと思うけど、精錬に使う魔鉱石はすごく高いんだよ!?」
「とりあえず、さっき商人ギルドの取引所で5個買ってきた」
取引所は今後も利用することになるだろう。大概の物はあそこで買えるし、在庫が無ければ注文もできる。何より、商人ギルドが間に入っているので信用できるのが大きい。
掌サイズの黒い水晶みたいな魔鉱石を、ごろごろとテーブルの上に転がす。
これだけで150金貨もした。
「うわ、本物! お兄さん、実はお金持ちなの!?」
「この魔鉱石で、ミスリルダガーを+5まで強化する。そして、それを適当な商会に売る」
そう言うと、パピコが頭の可哀想な子に向けるような目で俺を見た。
「あたし、精錬の成功率についても説明したよね?」
「ちゃんと覚えてる。単純な確率で言えば、+5にできる確率は120分の1だな」
「+1までなら成功確定だからいいよ。でもそれ以上は、装備消滅の危険があるんだよ?」
「承知の上だ」
「お兄さん、人生賭けに出るには早すぎるんじゃない? 何があったの?」
「身の上相談をするつもりはない。その代わり、ここでもさっきの条件を適用する」
「口外するなってやつ?」
「そうだ。俺が求めているのは、腕が良いのはもちろんだが、加えてそこそこの恩を売れて、口が堅い鍛冶師だ」
それが若い女の子なら尚良し。
「これから起こることを誰にも言わないって約束できるなら、このミスリルダガーと魔鉱石を使ってパピコを精錬実績+5の鍛冶師にしてやる」
+5の精錬実績を持つ鍛冶師なら、国のお抱えにだってなれると言っていた。
それが叶えば、今にも潰れそうな店を立て直すことなんて、造作もないことだろう。
またしても、パピコが息を呑んだ。
「ミスリルダガーは、もうお兄さんのものだし、魔鉱石まで用意してくれているわけだから、精錬の機会をもらえるだけでもありがたい話だけど、ほぼ確実に途中で失敗するよ?」
「失敗しないジンクスを用意してある」
「じんくす?」
「それより、約束はできるのか?」
「……断る理由はないよ。亡き父の名に誓って約束は守る」
「取引成立だな」
ミスリルダガーを鉄床に寝かせ、その上に魔鉱石を置く。
次に鍛冶師が魔力操作を行い、魔鉱石、ミスリルダガー、そして金槌にパスを繋ぐ。
そうして、魔鉱石をミスリルダガーに食わせるつもりでぶっ叩く。
手順としてはこれだけだ。
既にセッティングは終わり、あとはパピコが金槌を振り下ろすのみとなっている。
「ねえ、お兄さん……」
「質問は後だ。精錬に集中してくれ」
「いや、めちゃくちゃ気になるんだけど。それ、何してんの?」
火をおこしているわけでもないのに、チリチリと肌をひりつかせる緊張感が張り詰める中、俺は久慈林先生の背後に回り、「いつでも揉みしだけるぞ」と言わんばかりに、両手をたわわな胸の前で構えていた。
「お構いなく」
「いや、構うでしょ。え、何? サカってるの? この状況で揉むの?」
「パピコが精錬に失敗したら揉む。揉んで揉んで揉みまくる」
「ごめん。何一つ意味がわからない」
だろうな。構図がシュールすぎる。
「念を押しておくぞ。+1以降の精錬タイミングは彼女に従ってもらう。パピコは『打つ』と掛け声を発してから金槌を振り下ろす。ただし、彼女が『ダメ』と言ったら即中止だ」
「それはいいけど。うーん、意味不明」
納得できないまま、まずは+1に挑戦させる。これは成功確定だ。
当然、『ダメ』の声は上がらず、カーンッ! と気持ちのいい快音と共に魔鉱石が砕けた。
その代わり、ミスリルダガーが一瞬だけ、淡い発光に包まれる。
「おめでとう。これでパピコは精錬実績+1の鍛冶師だ」
「+1じゃ、なんの自慢にもならないけどね」
俺の賛辞を気恥ずかしそうに、たはは、と愛想笑いをして頬をかいた。
「そういや、精錬値はどうやって調べるんだ? いちいち鑑定しなきゃいけないのか?」
「装備品にもステータスがあるから、所有者が設定を公開にしておけば、誰でも見られるよ。というか、なんで知らないの……」
「へえ、どれどれ」
【+1 ミスリルダガー】
(状態)非公開
(所有者)キリハル・フドウ
鉄よりも硬いミスリル金属で作られた短剣。
攻撃力20
防錆の効果が付与されている。
ミスリルダガーの柄に触れてステータスと念じると、武器の情報が頭に浮かんだ。
今は非公開になっているな。これを公開にするにはどうすれば――……あ、公開になった。
思うだけでいいのか。楽だな。
俺自身のステータスも、公開と非公開を選べるようだ。こっちは非公開にしておくか。
「よし、ここからが本番だぞ。細心の注意を払ってくれ」
「うあー。あたしは損しないってわかってても、手が震えるよ」
「久慈林先生も、そわそわを敏感に感じ取ってくださいね」
「え、ええ……」
「失敗したら胸をめちゃくちゃに揉まれる。それも強く意識してください」
「あまりプレッシャーをかけないで……」
必要なことなんですよ。
逆に俺は、失敗しても、それはそれでオイシイから別にいいかなと思っていたりする。
むしろ、失敗してくれないかな。
「それじゃ……『打つ』よ!」
久慈林先生から『ダメ』の声は出ない。
金槌が振り下ろされ、パピコが魔鉱石を叩く。
魔鉱石が割れ、+1の時より若干強い発光がミスリルダガーを包んだ。
「お、おおお! 成功したー!」
パピコが立ち上がり、バンザイをして飛び跳ねた。
「+3でやっと一人前なんだろ? まだ+2だぞ」
「そ、そうだけど。うぅ、次は3分の1の確率か……」
「大丈夫だ。必ず成功する。俺を信じろ」
「女の人のおっぱいを触ろうとしてる人に信じろとか言われても」
グゥの音も出ないほど正論だな。
緩んだ気持ちを引き締め直し、次の精錬に臨む。
パピコが数回の深呼吸をした後、金槌を握る手に力を込めた。
「『打つ』よ!」
「『ダメ』!」
パピコの手が、ビタリと止まる。
「久慈林先生、そわそわしました?」
「ええ、はっきりと……」
そわそわの感覚に慣れてきたのかな。
「パピコ、10秒休憩だ。またすぐに頼む」
「今叩いてたら、失敗してたってこと?」
「そういうことだ」
精錬が成功するかどうかは、完全に時の運。
同じ環境であっても、今叩けば失敗するものが、10秒後なら成功するかもしれない。
――ということらしいけど。
それをどうやって調べたのやら。時を戻せる誰かが検証でもしたんだろうか。
まあ、そんなことは今どうでもいい。
再び、パピコの金槌が頭上に持ち上がる。
「『打つ』よ!」
今度は――止めが入らない。
カーンッ!
ヒットした瞬間、魔鉱石がぼろりと崩れ、ミスリルダガーが発光する。
「や、やったあああああああ! 成功だー!」
「喜びすぎだろ」
「だってだって! これであたしも一人前ってことに! うあーん、嬉しいよー!!」
「んじゃ、さくっと一人前から、一流になろうぜ」
「いいのかな。こんな簡単に……」
「ただし、欲張りすぎるなよ。強化するのは+5までだ」
パピコは職業上、ステータスを非公開にはできない。公開しないと、精錬実績がわからないからな。+5でもかなりヤバいと思うが、それ以上の注目は、俺たちの存在を隠し通せるものではなくなってしまうだろう。
「わかってる。ここまで来られたのは、お兄さんのおかげだよ」
「俺じゃない。全部この人の力だ」
「サイコさん、だっけ。ありがとう」
「私は……」
ここまでの成功率は、普通なら6分の1だ。
まだ偶然で片付けられる。そのため、久慈林先生は胸を張って、この結果が自分の功績だと言えないでいる。だったら次に進むしかないだろう。
「パピコ、やってくれ」
「うん。サイコさん、よろしくね」
「……わかったわ」
いざ、+4の高みへ。
「『打つ』よ!」
「『ダメ』!」
「『打つ』よ!」
「『ダメ』!」
「『打つ』よ!」
「『ダメ』!」
さすがに4分の1ともなると、手強いな。
「『打つ』よ!」
「…………ッ」
制止は――ない。
いけ、パピコ!!
「てええええいっ!」
カァァァンッ!!
ひと際甲高い金属音が店の中に響き渡る。
魔鉱石が壊れ、ミスリルダガーが眩く発光する。
「+4キタアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「はは」
パピコほどじゃないけど、思わず俺も笑みがこぼれた。
「やった! やった! やったあああああ!!」
「これでグリコス武器店も持ち直せそうか?」
「うん! うん! ありがとう! ありがとう!」
そんなに喜ばれると、つられてこっちまで踊り出しそうだ。
「ちなみに、+4ミスリルダガーだと、相場はいくらくらいになるんだ?」
「んーと、ミスリルダガーの元が100金貨で、+1にするために魔鉱石を一つ使ったから、+1だとそのまま130金貨相当かな。それ以降は、成功率に比例して上がると考えていけばいいと思うよ」
ということは、
+2で260金貨
+3で780金貨
+4で3,120金貨
土地と建物代を考えたとしても、+5にしたら、風呂付きマイホームが買える!!
「先生、やりましたね。……先生?」
久慈林先生が俯き、肩を小刻みに震わせている。
次いで、瞳から流れた雫が頬を伝い落ち、ぽた、ぽた、と石畳に黒い染みを作っていった。
「……よかった。……これで、私もみんなの役に……」
大人である久慈林先生が、どれほどの責任とプレッシャー、そして不安を抱えていたのか、俺には計り知れない。結果以外で、彼女の心を救う方法はなかっただろう。
「先生って、結構涙もろいですよね」
「……恥ずかしいわ」
涙を浮かべながらも、顔を上げた久慈林先生が柔らかく微笑んでくれる。
そんな彼女が、ふわりと俺を包み込むようにして抱きしめてきた。
「せ、先生?」
「不動くん、本当に、本当にありがとう。あなたがいてくれて、本当によかった」
俺の胸板に、素晴らしい感触がむにゅりと押し付けられた。
こちらこそありがとうございますと全力でお礼を言いたいが、俺は空気を読んだ。
「先生、勘違いしないでくださいよ」
「勘違い?」
「こんなスキルがなくても、先生は大切な仲間です。知っていましたか? 先生は、俺が唯一尊敬している大人なんですよ。これマジ話です。だから、もっと自信を持ってください」
「…………ええ。……ありがとう」
俺もおそるおそる久慈林先生の背に手を回し、ぽんぽんと慰めるようにして叩いた。
このまま時間よ止まれと思わなくもないが、やることはやってしまおう。
「よし、次で最後だ。パピコ、準備はいいか?」
「んー……」
パピコが最後の魔鉱石を手にしたまま、久慈林先生を見つめている。
「どうした?」
「サイコさんって、身に降りかかる危険を感じ取れるとか、そういうスキルを持ってるの?」
「まあ、そうだ。絶対に他言しないでくれよ」
「しないけど、うーん……大丈夫かな」
「大丈夫かなって、何がだ?」
「やー、んー、なんでもない……」
変な奴だな。
「それじゃ、ラスト一回。準備はいいか?」
「あたしはいつでも!」
「先生、お願いします」
「任せて」
二人とも、いい返事だ。
俺も久慈林先生のおっぱい前に両手をスタンバイさせる。
さあ、いこう。
風呂付きマイホーム。そして、水着女子たちによる洗体プレイの頂へ――。
「『打つ』よ!」
「…………ッッ」
止めは入らない。なんという気前の良さ。+4➡+5が一発で成功とは。
リアルラックさえもが俺たちを祝福してくれている。輝かしい未来を切り開くかのように、パピコはこれまで以上に力強く金槌を魔鉱石に打ちつけた。
カァァァンッ!!
快音と共に魔鉱石が砕ける。
そして、
ミスリルダガーも砕けた。
「どぅええええええええええええ!!」
「アアアアアアア――――――ッ!!」
「きゃああああああああああああ!!」
俺に続き、パピコと久慈林先生も悲鳴を上げた。
そして、ギリッ、と奥歯を噛しめ……俺は、久慈林先生の胸を――――
「きゃあああああああああああああああああああああ!!」
再度――いや、より高らかに久慈林先生の悲鳴がこだました。
仕方ないんです柔らか失敗したらペナルティーというふおおおおおおルールを俺がでか重ッ違えてしまえば久慈林先生のおっぱスキルを今後ちゃんと機能させることがすみませんッ!!
「やっ、ダ、メ、ふど、くん、ああっ、んあっ!」
「すみませんすみませんすみませんすみません!」
宣言していたとおり、たっぷり10秒は揉みしだいた。
解放された久慈林先生が、息も絶え絶え、腰砕けになってしまう。
すみません。ホントすみません。
今後のためにも、失敗しても危険が及ばない前例を残すわけにはいかなかったんです。
でも一生の思い出になりました。ありがとうございますみません。
ミスリルダガーは、ただ折れたのではなく、刀身がさらさらと砂のようになって消滅した。
疑いようもなく、精錬は失敗だ。
「先生、どうして……」
「わ、わからない……。でも、間違えたとかじゃなく、そわそわしなかったの……」
金貨150枚を使った成果が、一瞬で水泡に帰した。
あとに残ったのは、パピコが+4まで精錬を成功させたという実績だけ。
「まさか、私のスキルが……消えてしまったの?」
せっかく久慈林先生が自信を取り戻したってのに、再び陰りを見せてしまう。
こんな突然スキルが消えるなんてことがあるのか?
久慈林先生のスキルはMPを消費するようなものじゃないから、MP切れが原因でもない。
いったい何が起こったんだ……。
「うあー、やっぱりこうなっちゃったか……」
ただ一人、パピコだけが、この結果を予想していたような台詞を口にした。
「失敗した理由がわかるのか!?」
「たぶん」
「教えてくれ!」
「んと、繰り返しの質問になるけど、サイコさんのスキルって、自分の身に降りかかる危険を感じ取れるんだよね?」
「そうだ」
「それが働かなかったってことは、つまり、そういうことなんじゃないの?」
「そういうこと?」
「お兄さんに胸を揉まれることを、危険だと感じなくなったってこと」
「んん?」
「だから、お兄さんになら、別に揉まれてもいいって思うようになったんじゃない?」
ふむ。
ふむ?
俺は確認の意味を込めて、久慈林先生を見た。
まるで図星を突かれたかのように、久慈林先生の目が泳ぎまくっている。
「ち、違うのよ! 不動くんになら触られてもいいとか、そういうことじゃなくて、ええと、不動くんはすごく頼りになるけど、歳も離れているし……て、私、何を言ってるんだろう!」
林檎よりも赤く染まった顔を両手で覆い、久慈林先生は店を飛び出してしまう。
残された俺は、呆然とその背を見送るしかできなかった。
「あはは。お兄さん、罪作りだねえ」
ニヤニヤと、パピコの楽しそうな笑い声だけがしばらく響いていた。




