第24話 チート第2号
「ごめんなさい。私もお金は持っていないの」
申し訳なさそうに、久慈林先生が押し売り店員に頭を下げた。
謝る必要ないですよ。100金貨なんて大金、持ち歩いている方がおかしいんですから。
「分割払いでも構わないよ!」
まだ食い下がるか。どんだけ必死なんだ。
「なあ、商人ギルドって、こっちの道で合ってるか?」
「え、うん、この通りを真っ直ぐだけど」
「そうか。んじゃ」
「ちょちょ、待って待って! ごめん! ミスリルダガーは無茶言いすぎたよ!」
付き合いきれんと話を切り上げて歩き出すが、腕を掴んで引き止められた。
無茶だったという自覚は一応あるのか。
それでも必死にならなくちゃいけない理由があるのかもしれないけど、聞く気はない。
「お金がある時でいいんだ……。他の安い物でいいから、買いに来てくれないかな」
さっきまでの勢いはどこへいったのか。別人かと思うくらい、しおらしい。
「この店、あんたが切り盛りしているのか?」
「切り盛りだなんて、偉そうなことは……。二年前に、あたしの父――店の名前にもなってるグリコスが死んであとを継いだんだ。でも、ご覧のとおり、すっかり廃れちゃって。そこそこ腕は良いつもりなんだけど。店主のあたしに精錬実績がないせいで、客足が遠のくばかりで」
「さっきのミスリルダガーは、あんたが作った物なのか?」
尋ねると、女店主は疲れたように頷いた。
「貯金を切り崩して買ったミスリル鉱を使って、二本だけ作ったんだ。父の作った武器は粗方売れたから、今残ってるのは、ほとんどあたしの作品だよ」
その体たらくで、なんで一本100金貨もするような武器を二本も作るんだよ。
どんだけ自信があったのか知らないけど、バカなの?
…………とは言わないでおくか。本人からも、やらかした感が出ているし。
歳は、俺より少し上くらいか。この若さで、相当な苦労をしているんだろう。
力になってやりたいと思わなくもないが、他人の世話を焼ける余裕は俺たちにもない。
「……料理で使えそうなナイフなんかも売っているのか?」
刃物の良し悪しなんて、俺にはさっぱりわからない。
でも、見せてもらったミスリルダガーは、形も、光沢も、綺麗だと思った。
だから、これくらいならいいだろう。
「日用品は専門じゃないけど、少しなら」
「商人ギルドで金をおろした後、また来るから、その時に買わせてもらう。適正価格ならな」
「ありがとう。助かるよ」
それなら料理が得意だという川尻あたりが使うだろうし、無駄にはならないだろう。
久慈林先生が、嬉しそうに俺を見ているし、それだけでも価値がある。
店を立て直す足しになるとは思えないけど。
「ところで、精錬実績ってなんのことだ?」
「なんのことって、なんのこと?」
あー、またこれか。
知っているのが当たり前すぎて、質問の意図が伝わらない罠発動。
「えーと、俺たちは田舎から(中略)というわけで、知る機会がなくてさ」
「そんな人いるんだね」
このやり取り、あと何回やらないといけないんだろうか。
「精錬実績っていうのは、装備をどこまで強化したことがあるかっていう数字だよ」
「既製品を、さらに鍛えるのか?」
「そそ。最大で10回。+10まで強化できるんだけど、数値が上がっていくたびに成功する確率が下がっていっちゃうんだ。+1には確定で成功。+1から+2になる確率は2分の1。+2から+3へは、さらに3分の1。+9から+10なら10分の1って具合にね」
「それは完全に運なのか?」
「運だね。腕や素材に関係なく、時の運。いろんな願掛けがあるけど、どれも迷信だし」
「運なのに、その精錬実績で鍛冶師としての格が決められるなんて、変な話だな」
「鍛冶師としての格というか、鍛冶屋としての信用かな。高い数値まで強化できるだけの運と資本力を備えているっていうのが大事なんだよ」
それならなんとなくわかる気がする。
同じ商品を扱っていても、商店街にあるボロい店ではなく、でかいデパートを選んでしまう心理と似たようなものだろう。
「資本力ってことは、精錬には大金が必要なのか?」
「そーなんだよねー。精錬には魔鉱石っていう精錬アイテムを使うんだけど、これがまた高価でさ。今の相場だと、1個30金貨くらいかな」
「精錬1回につき30金貨?」
「そー」
心底うんざりした顔だ。
確かに、1回50銀貨のくじが良心的に思えてくる。
「精錬自体は誰でもできるのか?」
「誰でもってわけじゃないね。そう難しいものではないけど、魔鉱石と装備、それと使用する道具を同調させる魔力操作をしなきゃだから、鍛冶師として何年かは修行が必要かな」
「なるほど。素人には無理だな」
「+3にできて、やっと一人前。精錬実績が+4の鍛冶師がいれば有名店。+5の経験があるとかなら、国のお抱え鍛冶師にだってなれちゃうね。精錬実績はステータスに刻まれるから、誤魔化しもきかないし」
「あんたの実績は?」
「あたし? あたしは、そのぉ……」
もにょもにょと口を動かした後、ぽつり、「精錬したことない」と言った。
「成功確定の+1すら未経験かよ!」
「だって1回30金貨だよ!? 今でさえ大赤字なのに、そんなお金あるわけないし!」
知ったこっちゃないんだが。
「精錬に成功すると、性能が上がったりするのか?」
「そりゃーもう各段に。+1だと、ちょっとした防錆や防腐効果くらいだけど、+2は性能が2倍。+3は3倍って感じで、どんどん上がっていくよ」
「最終的に、10倍の性能になるわけか」
「違う違う。+3だと2×3で、元の6倍になるってこと。だからもし+10までいったら、2×3×4×5×6×7×8×9×10で、んーと、未精錬装備の3,628,800倍だね」
数字がでかすぎて想像できん。
「+10の装備なんて、どこにも存在しないよ。+6でも国宝級だね」
「+6で国宝級。てことは、魔鉱石以外に、精錬に失敗した時のリスクもあるわけか」
「お兄さん、勘がいいね。あるんだなー、これが」
「失敗したら強化値が下がるとか?」
「失敗すると、装備そのものが消滅します。修復不可能。くほほほー(泣)だよ」
「エグいな……。具体的には、どうやって精錬するんだ?」
「こう、拳大くらいの魔鉱石を装備の上に重ねて、金槌でカーンッ! て一回叩くだけだよ。成功か失敗かは叩いた瞬間にわかるから、どこの工房でも、ちょっとしたイベントになるね」
まとめると、こういうことか。
【精錬まとめ】
●最大で+10まで強化可能
●精錬1回につき、30金貨相当の魔鉱石が必要
●魔力操作を行うため、鍛冶師として何年か修行が必要
●+1には確定で成功。以降の成功率は、1/(次の強化値)
●強化+1で防錆・防腐効果。以降は成功するたびに性能が(強化値)倍になる
●成功か失敗かは一瞬でわかるが、失敗すると装備が消滅する
精錬はギャンブルだな。手を出さないのが吉か。
「そろそろ行く。興味深い話が聞けた」
「あたしはパピコ・キャラメリゼ。パピコでいいよ。またのご来店をお待ちしています」
来店したつもりはなかったけど、「帰りに寄るよ」と言って、俺たちは店を離れた。
国会議事堂みたいだな、というのが、商人ギルドの外観を見た第一印象だった。
建物の中にマッチョもいなければ、帯剣している者もいない。まんま役所だ。
待たされることなく受付の窓口に通されると、ぴっしりとした制服に身を包んだ受付嬢が、「ご用件をお伺いいたします」と丁寧に応対してくれた。
小切手を渡し、手早く換金を済ませる。
ついでに口座を作っておく。
口座を作るためには、商人ギルドか冒険者ギルドの組合員になっておく必要があるそうだ。
申し込み用紙に名前を記入し、ここでも指紋登録をされた。手続きに身分証は不要だった。
組合員になった証として、金色のプレートをもらう。
作り立ての口座に、1,000金貨のうちの950金貨を預けておいた。
50金貨もあれば、当面の生活費用としては十分だろう。
大金を持ち歩きたくはないので、ぼったくられた男性に金を返すのは、後日商人ギルドまでご同行願おうと思う。
一応、これらの手続きには年齢制限が設けられていたが、この国では16歳から成人扱いになるらしく、俺は問題なく換金も口座作成もできてしまった。
そのため、出番のなかった久慈林先生が、さらに落ち込んでしまった。
糸目の商人が出待ちをしているかと身構えたが、そんな人影はなかった。
心配しすぎだったか。
商人ギルドで用事を済ませた後、約束どおり、グリコス武器店で果物ナイフを買った。
少しでも口コミを広げてほしいらしく、林檎(※名前も形も俺の知っているものと同じ)の試し切りもさせてくれた。
さくっと果肉に刃が入っていく。未精錬の品だけど、切れ味は抜群だ。
自己申告していたように、パピコの腕は良いらしい。
その後、お土産に持って帰ってと、切っていない林檎をいくつか袋に入れて渡された。
親戚のおばちゃんか。
安い果物ナイフしか買っていないので逆に悪い気がしたが、自分一人では食べきれずに腐らせてしまうからと言って押し切られた。ただ、それは建前らしく、本音は俺たちと懇意にしておくと、なんとなく儲け話に繋がる気がしたからだそうな。
南の商業区を出て、竜の肉球亭へと帰路につくが。
空気が死ぬほど重い。
原因は明白。無言の久慈林先生が、私いらない子オーラを醸し出しているからだ。
「先生、林檎食べますか?」
「…………」
「俺も食べますんで、一つどうぞ」
返事はなかったけど、押し付けるようにして手渡した。
自分に続けと言わんばかりに、しゃくっと音を立ててかじる。
うん、林檎の味だ。
ちらりと隣を見る。
久慈林先生は、林檎をじっと見つめたまま口をつけようとしない。
やっぱりそういう気分になれないのだろうかと思ったけど、どうも様子が違う。
「どうしました?」
「食べようとしたら、何故かそわそわしてしまって」
そわそわ。久慈林先生のスキル【危険察知】が反応したのか?
俺はすぐさま周囲を警戒した――が、十秒ほど待っても何も起こらない。
「…………先生、その林檎、貸してください」
「え? ええ」
林檎を受け取り、購入した果物ナイフで切れ目を入れ、半分に割った。
外からではわからなかったけど、果肉がドス黒く変色している。
食べきれずに腐らせてしまう。じゃないだろ。既に腐ってるのが混じってるじゃねーか。
匂いもヤバいし、気づかずにかじりついていたら、大変なことになっていただろう。
久慈林先生にとっては、泣き面に蜂もいいとこだ。
「えと、スキル、役に立ちましたね」
「……そうね……」
誰か、この空気をなんとかして。
せめて【危険察知】の性能が、もうちょっと高かった……ら……
いや。
待てよ……。
「不動くん? どうかしたの? 歩き疲れた?」
「いえ、ちょっと、考え事を……」
心配する久慈林先生をよそに、俺は宿に着くまで思考に没頭した。
その日の晩、俺は重大な話をするべく、女子部屋にお邪魔させていただいた。
しかし、これはどういうことか。
久慈林先生だけでなく、何故か睦琴、鬼ヶ島、川尻のテンションまでやたらと低い。
はぁ……。
はぁ……。
はぁ……。
と、溜息が幾度となく重なって聞こえてくる。
俺たちと別行動をとっていた三人は、聖士郎の女性用下着購入というミッションを遂行していたはずだが、はて?
「聖士郎、必要な物はちゃんと買えたのか?」
「まあ、買えたけど」
「けど、なんだ? 何か問題でもあったのか?」
「オレの口からは、ちょっと……」
気になるじゃないか。
かと言って、直接彼女たちに尋ねるのは、本能がやめておけと警告を発している。
仕方ない。そちらは後回しにし、先に俺の要件に入らせてもらおう。
「みんな、聞いてくれ。先生のスキルについてだ」
議題を告げると、他の誰でもない、久慈林先生本人が一番驚いている。
「俺たちは【危険察知】について勘違いをしていた。このスキルは、先生に危険をもたらそうとしている存在を、ぎりぎりのタイミングで察知するだけのものだと思っていた」
「それが間違いだったと?」
テンションは下がったままだが、睦琴が合いの手を入れてくれた。
「間違いじゃない。ただ、それだけでもない」
「別の側面もあるということか?」
これに重々しく頷く。
「俺の予想が正しいと確証を得るために、これから再検証したい」
「不動くん、私は何をすればいいの!?」
待ちきれないとばかりに、久慈林先生が身を乗り出してきた。
「俺とジャンケンをしてください」
「ジャ、ジャンケン?」
「100回勝負です。睦琴、数えていてくれ」
論より証拠だ。
どうしてジャンケンなのかなど、細かいことを端折って俺は勝負を進めた。
――5分後――
「睦琴、先生の戦績は?」
「100戦中。18勝、42引き分け、40敗だ」
「先生、ジャンケン弱いですね」
「あぅ……」
久慈林先生が、がくりと肩を落とした。
いや、別にここで落ち込む必要はないんですけどね。
「それじゃ、もう100戦しましょう」
「これにはなんの意味があるのかしら……」
「次でわかります。ただし、今度は先生が負けた場合のペナルティーを設けますので」
「ペナルティー?」
「先生が一回でも俺に負けたら、その瞬間に、俺は先生のおっぱ――胸を揉みしだきます」
俺の本気が伝わるよう、先生の目を真っ直ぐに、力強く見据えて言った。
「きりはるくん、見損なったわ!!!!」
「戦、桐春が乱心した。目を覚まさせてやってくれ」
「りょ。不動、後ろ向いて、お尻こっちに突き出して」
「待て、早まるな! 鉄パイプを下ろせ! これは検証のためであって、下心はない!」
変態を見るような女子の視線が辛い。
俺は鬼ヶ島を牽制しつつ、先生に「お願いします」と真剣な口調で言った。
「………………。……わかったわ。必要なことなのね」
「ありがとうございます」
「でも、負けたら……本当に、その……」
「即座に揉みにかかります。それはもう、前から後ろからめちゃくちゃに。やめてと言っても絶対にやめません」
「ひっ……!」
指の関節をぽきぽきと鳴らし、ル●ンダイブに備えて屈伸もしておく。
女子の視線が、変態を見る目から、ゴミを見る目へと変わった。
「胸に貴賎なしなどと言っていたが、やはり大きい胸か」
「ありりんも気をつけた方がいいよー」
「せーしろーくん、着やせするもんね……」
……ああ、なるほど。
女子三人のテンションが低かった理由がわかった。
久慈林先生>>聖士郎>睦琴>鬼ヶ島>川尻
こんな感じか。
「それじゃあ、今度はゆっくりいきます」
「え、ええ」
左腕で胸をガードし、及び腰になりながらも久慈林先生が勝負に臨む。
俺は一手目を構えながら、パピコにもらった林檎のことを思い出していた。
久慈林先生は、腐った林檎を食べそうになり、しかし思いとどまった。
腐った林檎は、何もしなければ、ただの林檎だ。そこに敵意なんてありはしない。
にもかかわらず、久慈林先生は危険を察知した。
つまりだ。
降りかかる危険を受動的に察知するだけでなく、能動的に危険を被る場合にも適用される。
ここに、大きな可能性を孕んでいる。
一戦一戦時間をかけてこなしていき、やがて100戦が終わる。
「睦琴、結果は?」
「あ、ああ……驚いたな……」
久慈林先生の戦績。
100戦中。35勝、65引き分け。
――0敗。
「思ったとおりだ」
自分の考えを確信してニヤリと笑むと同時に、俺はぷつぷつと鳥肌を立てた。
負ければ直ちに大変なことになるという状況を設定し、久慈林先生は無敗で切り抜けた。
負ける手を出しそうになれば、スキルがそれを教えてくれるからだ。
ジャンケンだと勝ち確にはならないけど、これがもし引き分けのない二択だったら。
絶対に負けない=必勝ってことになる。
何がゴミスキルだ。
久慈林先生の【危険察知】
こいつはとんでもないチートだぞ。




