第23話 大人の悩み
俺がリーダーとしての目標を得た異世界生活一日目の夜は、調理法というより、素材の味を活かした竜の肉球亭の食事に舌鼓を打った。就寝時は予告どおり、俺の1人部屋に逃げてきた聖士郎が女子に捕まって大部屋に引きずり戻され、布団ごと縄で縛って床に転がされたりと、終始賑やかだった。
ただ、平穏とはかけ離れたことが起こりすぎたせいで、正直……夢見は良くなかった。
ビキニアーマーの久慈林先生も出てきてくれなかったし。
それでも、一夜明けて女子の寝起き姿を拝んだら、鬱屈した気分はだいぶ晴れた気がする。
そう思わないと、やっていられない。
何より、本日の予定を考えれば、暗い顔をしているなんてもったいない。
「先生、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
宿の外で溌剌とした挨拶をした俺に、やや疲れを残した笑みで久慈林先生が答えた。
異世界生活二日目。
今日はなんと、久慈林先生とデートをするのだ。
と、考えているのは俺だけだろうけど、二人きりで街中を歩くことに変わりはない。
目的地は商人ギルド。
これは銀行と保健所と税務署が一つになったイメージだろうか。
商人ギルドで小切手を金貨に換金し、ついでに預金口座を作る予定なのだが、もしかしたら未成年は保護者の同意がうんたらかんたらで手続きできない可能性もある。
そのため、パーティー唯一の大人である、久慈林先生を伴うことになった。
他のメンバーたちには、手持ちの銀貨を1枚だけ俺の手元に残して全て渡し、聖士郎の女性用下着を購入するという重大ミッションを授けている。
昨日はゆっくり時間をかける余裕がなかったため、聖士郎の下着購入は翌日に見送られた。
サイズとか、いろいろ測らないといけないらしいからね。
そっちにも参加したかったけど、二兎を追う者なんとやらだ。
それに、こういうことを口にすると、フラグが立ちそうで極力言いたくないんだが、糸目のぼったくり商人が、この換金時を狙って何かしてこないとも限らない。
狙われるとすれば、俺だとは思うけど、睦琴たちの方には人間スタンガン・聖士郎がいる。いざとなったら、神の雷で撃退できるだろう。
俺は常に人通りと物陰を警戒しながら歩いた。
「不動くん、商人ギルドというのは、南の区画にあるのよね? 道はこっちでいいのかしら」
「はい。何か入り用な物を見つけたら、換金した後で買いに戻りましょう」
門兵のアブリルさんの説明によると、この王都市クーリッシュは、城を中心にして東西南北4つの区画に分かれているそうだ。
俺たちが入ってきたのは西の門。
竜の肉球亭もある西区画は市街区と呼ばれ、宿場町としての色が強い。
人の出入りが最も多く、物流も盛んで小さな店が無数に立ち並ぶ。
北は漁業区。海に面しており、隣国との大きな交易は、主に海路を使って行われている。
魚市場もあるらしく、女将のフランナさんも、朝早く買い付けに出ているんだとか。
東は研究区。学校や、魔法の研究所などがある。
もっとも、学校は義務教育ではなく、誰でも入学できるようなものじゃないらしいけど。
そして、これから赴くのが、商人ギルドのある南の商業区。
大小様々な商会があり、一般人の買い物とは規模の異なる商談や取引が連日行われている。
また、職人区でもあり、貴族向けの豪奢なアクセサリーやら、冒険者向けの武器防具やら、他にも調度品等々を扱った工房もひしめいている。
ちなみに、騎士団本部や冒険者ギルドは、都市の中央――城の傍近くにあるそうだ。
有事の際は、何を置いても王のいる城を守らなければならないからだろう。
中央に行けば行くほど、顔を合わせたくない奴らと遭遇する可能性が高まるので、どうしても外せない用事がない限り、足を運ぶことはないな。
かつてのクラスメイトたちが王様と面会して、その後どうなったのかとか、俺は一切関心がないけど、隣を歩く久慈林先生は、そんな風には思っていない。
責任感が強すぎる。そこが久慈林先生の魅力でもあるわけだが。
俺たちの前でくらい、その重圧から解放してあげられたらいいんだけど。
などと考えていると、久慈林先生が俺の視線に気づいた。
「私の顔に、何か付いているかしら?」
「あ、いえ、昨日はちゃんと眠れたかなと思いまして」
「ありがとう……。大丈夫よ」
とても大丈夫そうには見えないな。
微笑んではいるけれど、作り笑いなのがバレバレだ。
何か他に楽しそうな話題を……。
「先生って、休日は普段、何をしてるんですか?」
「休日? 学校のない日は、指導要綱を見直したり、授業で使うプリントを作ったり、生徒が英語に興味を持ってくれそうな時事ネタを調べたり、あとは、自分の英語力を上げるために、英会話のレッスンを受けたり……かしら」
それ、ちゃんと休日になってます?
「変かしら?」
「そんなことはないですけど、えと、友人と出かけたりとか。ほら、久慈林先生、美人だし、彼氏の一人や二人、いてもおかしくないじゃないですか」
「彼、氏?」
そんな単語、初めて聞きました、みたいなリアクションをされた。
「向こうの世界で、そういう人はいなかったんです?」
「そういう特定の相手は、いたことがないわね……」
「え、誰とも付き合ったことないんですか? 先生なら、引く手数多じゃ」
胸大きいし、美人だし、性格いいし、胸大きいし。
「いくらでもは大げさだけど、学生時代に告白をされたことは…………何度か」
「断ったんですか?」
「あまり話したことがない人ばかりだったし、それに……」
「それに?」
「………………何をすればいいのかわからないから、怖くて……」
どうしよう。
ウチの担任教師(24)が可愛すぎる。
「あれ? じゃあ、先生って、処――」
「しょ?」
「…………職場恋愛とかも、興味ないんですかね?」
「そうね。公私混同はしないと決めているわ」
真面目すぎか。
でも、そうか。久慈林先生って、そうだったのか。ふーん。そっかー。
他の女子に見られたら「キモい」と一蹴されそうなニヤつきを隠していると、久慈林先生が唐突に「ごめんなさい」と謝ってきた。
「心配……させてしまっているのね」
その言葉は、恋愛事情などではなく、もっと別のところを指している。
久慈林先生が何を考えているのかは、自信を失った表情から察することができた。
「仲間なんだから、当たり前じゃないですか。引け目を感じる必要なんてないですよ」
「……そうね。これはきっと、私のわがままなんだわ」
「わがまま、ですか」
「教師だから。大人は自分一人だから。守られる側じゃなくて、守る側でいたい。どうしてもそんなことばかりを考えてしまうの」
久慈林先生が、自嘲するようにくすりと笑った。
「どの口が守るなんて言っているのかしらね……。不動くんは立派にみんなを助けているし、由々敷さんも、そんな不動くんを支えている。有埜くんも、女の子に変わってしまったのに、受け入れて前に進んでいる。鬼ヶ島さんと川尻さんも、自分にできることを見つけている」
それに比べて……。
と、久慈林先生はどこまでも自分を蔑んだ。
「私には、この世界で生きていくための知恵も、役に立つ知識も技術もない。本当に……私だけだわ……。何もできないのは……」
何を言っても、その場しのぎの慰めにすらならない気がした。
「不動くん……お金のことだけど……もし……」
「もし、なんですか?」
「…………いえ、なんでもないわ」
久慈林先生は唇を閉じ結び、自分の身体を抱きしめるようにして顔を伏せた。
何を言いかけたのか、その仕草でなんとなくわかってしまった。
この世界にだって、そういう店はあるだろう。
ここでも、俺は何も言わなかった。
生徒で、子どもで、守るべき相手の俺が気づくことを、久慈林先生は望まない。
下手をすれば、俺たちには何も言わず、身を削ろうとするかもしれない。
なんとかしないと。
生活基盤を整え――いや、整えたとしても、久慈林先生が擦り切れてしまう。
たとえ、俺一人の力で大金を稼ぐことができたとしても、久慈林先生の心は救われない。
睦琴が「いろんな意味で、リミットは一週間だ」と言っていた意味を、ようやく理解した。
商店街を思わせる西の市街区を抜けて南の商業区に入ると、一気に雑踏感がなくなった。
商業区の中でも、ここは職人区に当たる場所だろう。
耳をすますと、カンカン、と金属を叩く気持ちのいい音が聞こえてくる。視線を上げれば、建物の屋根から煙が何本も立ち昇っている。西区画とは空気が違い、ほのかに熱と鉄の匂いが漂ってくるのが男心をくすぐるというか、この埃っぽさ、嫌いじゃない。
「お、武器屋発見」
往来に面した店の一つに、剣と斧が交差して✕印を象る、微妙に傾いた看板を見つけた。
【グリコス武器店】と書かれている。
店構えは開放的で、道に飛び出す形で商品がいくつか陳列されている。
傘立てのようにさし込まれた剣の傍には『出血大売り出し』と大きく書き殴られたチラシが貼られ、店の奥も薄暗くて高級なイメージは微塵もない。
「いつ潰れてもおかしくない金物屋って感じだな」
「ふ、不動くん、聞こえてしまうわよ」
久慈林先生がわたわたと、俺の声をかき消そうとするように手をばたつかせた。
店先には、店員らしき若い人間の女性が一人、箒を持って立っている。
肩を丸ごと出したベアトップ型の作業着姿で、赤黒く焼けた肌が健康的だ。
しかし、目つきが鋭いせいか、どこかヤンキーっぽいガラの悪さを感じさせる。
そんなヤンキー店員が、遅れて俺たちに気づいた。
聞こえていたわけでもなさそうなのに、脇目も振らず、一直線にこちらに近づいてくる。
「いらっしゃいませ! 何をお求めですか!?」
「何もお求めではありません」
「ウチのオススメは、このダガーだよ! ミスリル製で、なんとなんとドワーフの鍛冶技術を取り入れていてね、売れますようにって、丹精込めて作ってあるんだ!」
ミスリルにドワーフか。ファンタジーだと聞き慣れた名詞だ。
でも武器職人として、その念の入れ方はどうなんだろう。せめて客の前でくらい、切れ味や頑丈さを追求したとか、そういうベクトルで仕事をしていると言っていただきたい。
「ほらほら、もっと近くでよく見て!」
体が接触する勢いで、俺の喉元近くに抜身の短刀を突きつけてきた。
「危ないから引っ込めてくれ。買うつもりはない」
「そう言わずに! そこはかとなく欲しくなってこない!?」
「なってこない」
「じゃあ直感でいいから教えて! 自分には似合わないとか、使い道がないとか、そういうの一旦全部置いておいて、このダガーの良いところを一つだけあげるとしたら!?」
「名前が短い」
「だよねー!! 呼びやすさって大事だと思う! お兄さん、よくわかってるね! でもほら、この銀に似たミスリル特有の光沢なんかもいいよね!? これだけの美しさなら、部屋に飾っておくだけでも価値があると思わない!?」
「思わない」
「じゃあ、例えばでいいから! 実際飾るとしたらどこに飾る!?」
「飾る家が無い」
「わかるわー! 自分に釣り合わないとか考えちゃうんだよね! だけどそういう固定観念にとらわれるのって、可能性っていうの!? 自分をより高みに上らせるための機会を自分で潰してしまっていると思うわけ! なんてもったいない!」
「さいで」
押しが強いというか、なんというか。高い絵とかも売りつけてきそうだな。
「ちなみに、いくら?」
「たったの金貨100枚! 二本買ってくれるなら、さらに大特価の金貨198枚!」
相場は知らんが、店の前を偶然歩いていただけの人間に勧める商品じゃないのは確かだ。
「無理だ」
「そんなこと言わず! ちょっとくらいなら触ってもいいから!」
それは商品に? それとも?
いや、久慈林先生がすぐ隣にいるんだ。変なことは考えまい。
「悪いけど、銭貨の1枚も持っていない」
「またまたー。こんな綺麗なお姉さん連れてお出かけしているくせに、それはないでしょー。嘘つきは盗賊の始まりだよー」
俺は無実を証明するべく、その場で何度かジャンプしてみせた。
「ほら、なんの音もしないだろ?」
「えーと……あっ、わかった! お財布は、そっちのお姉さんが持ってるんでしょ!?」
いきなり話を振られた久慈林先生が、俺と押し売り店員を「え? え?」と交互に見やる。
そうして何を思ったか、俺を真似て、ぴょんぴょんと跳ね出した。
ぽよん。
ぽよよん。
ぽよりんこ。
なんの擬音かは、あえて言うまでもあるまい。
「オイ、先生に何をやらせてる!」
「え、あたしのせい!? ご、ごめんなさい!」
我慢ならず、俺は押し売り店員に詰め寄り、その手を力任せに引き寄せた。
そして、なけなしの銀貨をそっと握らせる。
「……お兄さん?」
「チップだ。取っておいてくれ」
商人ギルドで口座を作る際、手数料が必要だったら面倒なことになるな。
そう思いつつ、その面倒を差し置いても感謝の気持ちを抑えられなかった。
それほどまでに、凄いものを見せていただいた。




