第22話 リーダーの目標
「問題発生だね」
「やばたん! やばたーん!」
「れでぃーとしては、しかちゅ……死活問題だわ」
「困ったわね……」
寝間着と兼用できる、ゆったりした部屋着に着替えた睦琴、鬼ヶ島、川尻、久慈林先生が、宿の一階フロアにある丸テーブルを深刻な面持ちで囲んでいる。
着替えを覗いてしまった罪を糾弾されるかと思いきや、女子の間で、それ以上に差し迫った事件が発生したらしく、幸い、俺は床に正座させられるだけで済んでいる。
その問題というのが。
――風呂。
が、無いことらしい。
この世界でも湯に裸で全身浸かるという概念がないわけではないようだが、風呂は富裕層の道楽とされ、一般的には湯で身体を拭くだけにとどまっている。この宿にも風呂は無い。
身体を拭くための湯は、宿泊代とは別料金。10銅貨が必要になる。
俺も日本人だし、風呂は好きだ。
好きだけど、彼女たちのように絶望的な空気を醸し出すほどかと言われると。
俺としては、風呂よりも飯の方が気になる。串焼きがべらぼうに美味かったので、それほど食文化の違いに不安を感じてはいないけど、米があるのかどうか、そこは知りたい。
とにかく、今は口を挟む隙がないので成り行きを見守ることにする。好みもあるだろうが、日常のどこにウェイトを置いているか、男女で違ってくるのは当然だと思う他ない。
では、本日女子になったばかりの聖士郎はというと。
左腕の袖をまくり、さっきから何やら二の腕あたりを気にしている。
「桐春、問題発生だ」
「お前もか」
「筋肉が無くなった」
「女になったからな」
「だからって、こんなぷにぷにになるのかよ」
「そんなにぷにぷになのか?」
「ちょっと触ってみろ」
「どれ」
ふむ。
ほほう。
これはこれは。
「どうだ?」
「ぷにヤバ」
「な」
触っているのは、ただの腕。されど女子の二の腕。
えー。女子って、こんなに柔らかいものなん? えー。
男とはあまりにも違いすぎて、すごくイケないことをしている気持ちになってきた。
「乳肉も、これとほぼ同じ感触だ」
「その情報、今出しちゃう?」
聖士郎が首を傾げる。思いついたことを、そのまま口にしただけのようだ。
俺はぷに腕からそっと手を放し、まくっていた袖も元に戻してやった。
「気にするな。大概の女子はこうだろうし」
「そうかもだけど、男だった身としては、ちょっとな……」
「筋トレでも始めたらどうだ?」
「他人事みたいに言うな」
「みたいっていうか、実際そうだし」
「オレを女にしたのは桐春だろ。責任取って(筋トレに)付き合えよ」
「言い方」
この会話を誰かに聞かれたら、あらぬ誤解を与えてしまいそうだ。
発言もそうだけど、とにかく聖士郎は危うい。
俺だったからいいものの、男に自分から肌を触らせるような軽率さは改めさせなければ。
もし、相手が剣崎たちみたいに、頭と下半身が直結しているような野郎だったらどうする。
腕の次は、足の柔らかさも確認してみようか。
次は太股を。次は腰を。次は――
てな感じで、無防備さにつけ込まれてしまうのが目に見えている。
「難しい顔してどうした?」
「お前、俺以外の男と(考えなしに)喋るなよ」
「な、なんだよそれ……」
「お前のことが(危なっかしくて)気になっているって意味だ」
聖士郎のチート能力があれば、本当に危ない事態にはならないと思うが。
だからと言って、自ら危険を呼び込むような真似を見過ごしていいはずもない。
「それって、オレのこと……その、そういう風に……見てるのか?」
「そうだ。(厄介事を招きそう)だから俺の傍にいろ」
もしくは、睦琴たちの目が届く範囲にいなさい。
できればそっちの方が望ましいけど、今はまだ、女子よりも俺の方が気安いだろうし。
「……桐春って……あれだよな」
「あれって?」
聖士郎の顔がほんのりと赤い。
俺を睨むような、でも怒っているのとも違うような、よくわからない表情だ。
「結構……独占欲、強いよな」
「独占欲?」
今の会話の、どこを聞いてそう感じたんだろうか。手に入れた金貨だって、ちゃんと6人で公平に分けるつもりだし。俺ほど公明正大な男も珍しいと思うが。
まあ、聖士郎だからな。また思いつきで喋っているだけだろう。
「とにかく、女は男以上に危険が付きまとう。特に、お前は可愛くなりすぎた」
「そ、そんなこと言われても」
「心配するな。(女の自覚が芽生えるまでの期間限定で)俺がお前に男を近づけさせない」
「お、おま、真顔で!」
「真顔にもなるさ。聖士郎が(パーティー唯一の火力として)大事なんだ。お前なしで(もし魔物と戦うことになったりしたら)生きていられる自信がない」
「~~~~~ッ!!」
ほんのりどころじゃなく、林檎みたいに真っ赤になった。
怒ってる? やっぱりこれ、怒ってる?
「それは……将来的にって、ことか?」
「将来? むしろ、重要なのは今だろ」
「タ、タイム! タイムだ! 急に言われても困る!」
「……すまん」
ここは謝っておくべきと判断した。
聖士郎の顔を見れば、状況についていけていないのが一目瞭然だ。
初日から、あれこれ言いすぎたかもしれない。
「少し焦りすぎたか」
「まったくだ! もっとこう、段階があるだろ!」
「確かにな。だけど、これだけは覚えておいてくれ。俺は、いつだってお前のことを(簡単に騙されて誘拐されそうなくらい無防備で、わりとガチでアホな子だと)思っている。だから、頼ることに遠慮するなよ」
こういうことは、頭で理解しただけじゃダメなんだろう。
心がそれに追いつかないと。
うろうろと落ち着かない視線が、俺の顔に向けられてはすぐに逸らされる。
「……す、すぐには……無理だから……」
「そうだな。時間をかけて、ゆっくり慣れていこう」
幸い、お前には、寝食を共にしてくれる女子の先輩がたくさんいる。
「でも……もし……もしも、将来的に……そういう……あれが……それで……だとしたら……桐春くらい……だし……お前が、そうなら……オレも……いつかは……」
「なんて? よく聞こえない。あれとかそれとか、もう一回最初からはっきり言ってくれ」
「うう、うっさい! バカ! バーッカ!! お前なんか一生童貞だ!」
「なんだよ。なんでいきなりキレるんだ?」
情緒不安定か?
まあ、男から女に変身したんだ。情緒くらい不安定にもなるだろう。
美少女の怒った顔がすこぶる可愛かったので、俺は聖士郎の罵倒を甘んじて受け入れた。
元童貞の処女に童貞となじられても、ネタにしかならないしな。
それはそれとして、がらりと話は変わるが。
今後の予定をしっかり立てておきたい。
換金予定の1,000金貨のうち、半分はボラれていた男に返す予定だ。
宿代一日8銀貨。ここに6人分の食事もろもろを含めると、15銀貨くらい必要だろう。
一ヵ月(という数え方が異世界にあるのかは知らないが)あたり約450銀貨=45金貨。
500金貨が大金であることには違いないけど、宿代と飯代だけの単純計算でも一年暮らすのがやっとだ。正直なところ、風呂に気を回している余裕はない。
なんとかして、安定した収入源を見つけないと……。
などと考えているうちに女子の話し合いが終わり、俺もテーブルにつくことを許された。
そして神妙な顔で、睦琴が俺に会議の結果を告げる。
「桐春、いろんな意味で、リミットは一週間だ」
「起承転を話してくれ」
「つまりだ――」
要約すると、女子が風呂を我慢できる時間を言っているらしい。
兎耳のフランナ・リスラムさん――この宿、竜の肉球亭の女将さんが言うには、王都市には大衆浴場のような施設が一つも無いそうだ。そして個人宅に風呂を作ろうとすれば、工事費に2,000金貨は必要なのだとか。感覚的には超高級車なみの贅沢だ。
「風呂に入れない期間が一週間を過ぎるとどうなるんだ?」
「女としての尊厳を失ってしまう」
「そこまでか。郷に入れば郷に従え、ということわざもあるぞ?」
「何を言っている。入りたいのは郷ではなく風呂だ」
理知的な睦琴ですら、頭の中が風呂一色になっている。
「言いたくはないけど、金が」
「懐事情は重々承知している。その上で、なんとかならないだろうか。もちろん、ボクも案をしぼり出すつもりではいる」
「なんとかって言われてもな」
俺だって風呂には入りたいし、できることなら叶えてやりたいけど。
今日みたいに悪漢を成敗して都合よく金をせしめるなんて状況、そうそうあるわけがない。
仮に、今この場に2,000金貨あったとしても、そもそも設置するための持ち家がないし、工事期間という問題もある。いくら魔法ありきの世界だとしても、一週間以内にというのは、現実的に無理だ。
最も実現の可能性が高いのは、既に風呂を所有している金持ちに風呂を使わせてもらうことだろうけど、異世界に来たばかりの俺たちに、そんなツテはない。
「悪いが、ちょっと手段が」
「もし、風呂付きのマイホームを手に入れることができたなら、さすがに裸でというわけにはいかないが、その時は水着なりを着用して、リーダーの背中を流して労うくらいのサービスをしたいというのが女子一同の総意だ」
「俺に任せておけ」
リーダーとしての目標が決まった瞬間だった。




