第21話 ラッキースケベ
串焼き屋のおっちゃんに薦められた店で、安い服を一着ずつ購入した。
これで残金は約20銀貨になる。一泊くらいなら大丈夫だろう。
露店で制服を売ることもできたけど、向こうの世界との繋がりとして思い入れがあるのと、代行者が他にもいると王城側に露見するリスクを回避するため、売却はひとまず見送りにした。
小切手の換金は明日に行う予定だ。
大金をじゃらじゃら持ち歩きたくはないし、その際に口座を作ってしまうのもアリだな。
身分証がないので、作れるのかはわからないけど。
そうこうしているうちに、俺たちは目的の宿に到着した。
【竜の肉球亭】
アブリルさんに紹介してもらった宿は、そんなツッコミ待ちと思える看板を掲げていた。
二階建ての木造で、店内の様子が外からでも窺えるスイングドアがついている。
ギィ、とドアを押して中に入ると、一階は飯屋になっているのか、丸いテーブルがいくつか並んでおり、客も何組か入っていて昼食をとっていた。
二階の廊下には手すりがついており、一階を覗き込める開放的な造りになっている。
スカートで手すり側に寄るのは危険だな。なんて、俺には関係ない感想を抱いた。
「いらっしゃいませ~。お食事ですか~? お泊りですか~?」
裾が床に届きそうなくらい丈のあるスカートドレスをひらひらさせたお姉さんが、おっとりぽわぽわ間延びした声で出迎えてくれた。髪と同じ栗色の兎耳がぴょこぴょこ動いている。
「宿泊でお願いします。6人なんですけど、何泊かさせてもらうつもりです」
「ありがとうございます~。え~と~。今空いているお部屋は~。ベッドが6つある大部屋が一つと~。3人部屋が二つですね~。大部屋は一日8銀貨で~。3人部屋は5銀貨です~」
おっと。
これはどうしようか。男の俺は1人部屋を使う気でいたのに、予定が狂ってしまった。
「ちょっと待ってください。仲間と相談します」
兎耳のお姉さんにタイムをかけ、俺は仲間たちに向き直った。
「いくつか選択肢があるけど、まずは一番安いパターン。全員で大部屋を使うのはアリか?」
「それは、ほぼ女子部屋となる空間で自分も一緒に寝ていいか? という確認かな?」
睦琴が、わざわざ生々しく言い換えた。
「まあ、そういうことになる。ダメか?」
「んー、男子と同じ部屋で寝泊まりっていうのは、ちょっちリラックスできそうにないなー。着替えとか、いちいち外に出たり出てもらったりって面倒じゃん?」
これにはまず、鬼ヶ島が反対意見を出した。
「聖士郎とは同じ部屋でもいいのか?」
「ありりんはもう女の子じゃん。全然おけまる」
「俺のことも女子だと思ってくれて構わないぞ。きりりんと呼んでくれ」
「じゃあ潰していい?」
「ほんのジョークだ」
何を? とは恐ろしくて訊けなかった。
「できればオレも、大部屋は遠慮したいな……」
「聖士郎、すまないが、この件に関して、お前に発言権はない」
「なんでだよ!」
お前の意見を取り入れていると、話が終わりそうにないから。
「じゃあ、次に安く済むパターン。3人部屋を二つ。俺と同じ部屋でもいいって奴は――」
「はい! はい! はい!」
聖士郎が、元気いっぱいに挙手した。
そんなに俺と離れたくないのか。可愛い奴め。
「まあ、聖士郎は順当だろうな。あと一人、いないか?」
「わたしはそっちでも構わないわよ。きりはるくんは、見た目と違って紳士だもの」
微妙に喜べないことを言いながら、川尻が聖士郎にならって挙手。
「いいのか? 助かる。じゃあ、俺、聖士郎、川尻で――」
「ええー、やだやだやだ! せっかくのお泊りなのに、恋姫と別の部屋なんて絶対やーだ!」
またしても鬼ヶ島から物言いがついた。
「恋姫と離れるくらいなら、不動を女子にした方がマシだし!」
「絶対やめて。鉄パイプもアッパースイング気味に構えるのもやめて」
「もう、仕方ないわね。そよぎちゃんは甘えん坊なんだから」
「ごろごろ。恋姫、大好き♡」
女子が百合百合しているのを眺めるのは大好物なんだけど、この二人のはなんか、ペットと飼い主を見ているような気にしかならないな。
「では僭越ながら、ここはボクが立候補しておこうか」
睦琴が、やれやれしょうがない、と言わんばかりに名乗りを上げた。
「何か起こるとは思わないが、万が一ということもある。他の女子を危険に晒すくらいなら、ボクが身を切ろうじゃないか」
「オイ、聖士郎に失礼だろ」
「ピンポイントで桐春に向けた言葉だが」
「見くびるなよ。川尻も言っていたが、俺ほどの紳士、そうはいないぞ」
「大層な自信だが、可愛い女子がすぐ近くで無防備に寝息を立てているのを見て、その紳士が狼に変身しないと本当に言い切れるかな?」
「確かに聖士郎は可愛くなりすぎた。だが心配には及ばない。ベッドが3つ並んでいた場合、俺と聖士郎と間に、お前という壁を挟めば痛いオイ足を踏むな」
(部屋1)俺・聖士郎・睦琴
(部屋2)鬼ヶ島・川尻・久慈林先生
この部屋割りで決まりかな。
……と思いきや。
「ダメです! 大人の目がないところで、年頃の男女が一つの部屋で寝泊まりなんて、許可できません!」
今度は恩師からのダメ出し。
「由々敷さんの代わりに、私が不動くん、有埜くんと同じ部屋に入ります」
「歓迎します」
俺は二つ返事で頷いた。
「睦琴、そういうわけだから、先生とトレード痛い痛いってば。ワイン醸造の過程でブドウを潰すように俺の足を踏むな」
冗談はさておき。
思春期男子な俺的に、睦琴と川尻は同率でセーフティーゾーン。
聖士郎と鬼ヶ島は、ちょっと困る。
そして一番辛いのが、大人の色気にあふれている久慈林先生だったりするわけで。
「先生、やっぱりその意見は却下でお願いします」
「どうして?」
「どうしてって、先生だって女の子だからですよ」
「わ、私は、女の子なんて歳じゃ……」
恥じらう表情が最高なんですが。
「ちなみに、俺と聖士郎が同じ部屋を使うことについては、どう思いますか?」
「それも、賛成とは言えないわ」
「ですよねー」
「桐春、気にするな! オレは全然構わないから!」
「うーん、どうするかなー」
「オイ、桐春、聞いてるか!?」
「むーん」
「無視すんな!」
発言権のない子が何か言っているが、俺は考えに没頭した。
と言っても、取れる手段は限られている。
「仕方ない。一番金はかかりますけど、大部屋と、3人部屋を一つ借りましょう。俺が一人で3人部屋を使わせてもらいます。みんなもそれでいいか?」
「オレもそっちに入れろよ!」
「反対意見は出ないみたいだな」
「今まさに出まくってるだろ!」
大部屋で銀貨8枚。3人部屋で銀貨5枚。合計13枚。
どう考えても、俺の分がもったいないな。小切手を金貨に換金すれば、当面の生活費は心配ないけど、6人で使っていくと考えると、節約できるところは節約しておくべきだ。
今日は諦めるとしても、1人部屋が空いたら、そっちに移らせてもらおう。
「あの~。お兄さんの1人部屋があれば~。問題は解決するんですか~?」
会話を聞いていた兎耳のお姉さんが、ぬるりと話に割って入ってきた。
「それはそうですけど。え? 空いてないんですよね?」
「物置を少し片づければ~。ベッドも置けますし~。部屋として使えなくもないですね~」
「本当ですか? できるならお願いしたいですけど、一泊いくらです?」
「それでしたら~。大部屋代の銀貨8枚だけで大丈夫ですよ~」
「おお、ありがたい! ぜひ!」
「では~。すぐに準備しますから~。お兄さんは少しお待ちください~。大部屋は二階の突き当たりですので~。先に鍵をお渡ししておきますね~」
久慈林先生が大部屋の鍵を受け取ると、兎耳お姉さんは、ぱたぱたとスリッパの音を立てて二階へ上がっていった。
なんだよもー。
こんなナイスな案があるなら、もっと早く言ってくれたらいいのに。
「では桐春。ボクたちは先に部屋へ行って、着替えを済ませてくるよ」
「ああ。軽く休憩したら、またここに集まって、今後のことを話し合おう」
そう言って、丸テーブルに備えてある椅子の一つに腰かけた。
しかし、女子たちはまだその場にいる。
「どうした?」
「改めて、礼を言っておこうと思ってね。今日、ボクたちがこうして無事に宿を得られたのは桐春のおかげだ。ありがとう、リーダー」
「アタシも、部屋割りではあー言ったけど、まあ、不動にはちゃんと感謝してるから」
「きりはるくん、ありがとう。これからもよろしくね」
「本当なら、私が一番しっかりしなきゃいけないのに、頼りにならない大人でごめんなさい。でも、不動くんが自分の生徒であることを、私は誇りに思います」
みんな……。
恥ずかしいことを言った自覚があるのか、女子たちはいそいそと二階へ上がっていった。
どうやら、思った以上に女子からの好感度が上がっているようだ。
俺も照れ臭さと、ニヤつきそうになる顔を誤魔化すために、くしゃりと前髪を掻き上げた。
そんな中、一人だけ不貞腐れたようにテーブルに突っ伏している美少女が。
「聖士郎。いつまでも拗ねてないで、お前も着替えてこいよ」
「うるさい、薄情者」
意見を無視し続けたせいで、へそを曲げられてしまった。
「女になったことを受け入れたんだろ? なら、これは越えなきゃいけない試練だと思えよ」
「絶対にお前の部屋で寝てやる」
夜這い宣言されてしまった。
それはそれで楽しみだが、後で女子に何を言われるかわからない。
夜はベッドに縛りつけておいてもらうなり、睦琴たちに監視を頼むしかないな。
聖士郎には恨まれるかもしれないけど、これはお前のためなんだ。わかってくれ。
というか羨ましい。代われるものなら代わってやりたいくらいだ。
だけど、いつまでも宿暮らしってのもなんだし、いつかはマイホームが欲しいよな。
なんて先のことを考えていると、二階廊下の手すりから身を乗り出した兎耳お姉さんが、「お兄さ~ん」と俺を呼んだ。
「お部屋の用意ができましたよ~。ご案内していいですか~」
「ありがとうございます。早いですね」
機嫌直せよ、という意味を込め、聖士郎の頭を雑に撫でてから、俺は二階に移動した。
兎耳お姉さんに案内されたのは、幅は狭いが、奥行きのある部屋だった。
囚人部屋みたいだなと思ったが、実質部屋代がタダと考えるなら文句はない。
「ではでは~。ごゆっくり~」
部屋に入って扉を閉め、う~ん、と背伸びをする。ようやく人心地つけたな。
ウッドチェアが一つ。部屋の奥にベッドが一つ。あとはゴミ箱があるくらいだ。
「ん、この戸は?」
壁の片側に、スライド式の雨戸のようなものが付いている。
押し入れかな、なんて思いながら、俺は深く考えることなくガラガラと戸を開けた。
…………。
…………ああ。
そういうことか。
押し入れは、俺のいる方だったわけね。
銀貨8枚でよかったのも、元々ここが大部屋の一部だったからか。
なるほどなるほど。理解した。
何が起こったのかわからず、表情と動きの固まった4人の視線が俺に向けられている。
俺は、そっと戸を閉めた。
その直後、どっ、と冷や汗が吹き出す。
「…………桐春」
底冷えのする睦琴の声が、向こう側から聞こえてきた。
「すまん、わざとじゃない。まさか、こういうオチだとは思わなかった」
「見たな?」
「はっきりとは見てない。ボクっ娘にしては、可愛らしい下着をつけているんだなとしか」
「よく見ているじゃないか。予定どおり、後でちゃんと話し合おう。お前の処遇を」
はたして、弁護人はつけてもらえるのだろうか。
「ううー。きりはるくんに見られちゃった……」
「川尻、俺たちの歳ならまだ成長期だ。気に病む必要はない」
「幼児体型って言わないでぇ……」
子どもっぽいキャミソール下着をつけていた川尻が、ひどく傷ついている。
「これもう、目玉くり抜くしかないっしょ」
髪の色に合わせたように上下ともピンク色。健康的なノンワイヤーブラとショーツをつけていた鬼ヶ島が、カラン、と音を立て、鉄パイプを手に取ったのが伝わってきた。
「鬼ヶ島、考え直せ! 目玉をくり抜いても、見てしまった記憶は残るんだぞ!」
「なら記憶なくすほどボコってから目玉をくり抜く」
「記憶を消したなら目玉は見逃してくれ!」
俺をボコって気絶させた前科があるため、どこまで本気なのかわからない。
「生徒が……覗きだなんて……。担任として、どう責任を取れば……」
胸のインパクトもさることながら、純白のフルヒップも大変セクシーであることが判明した久慈林先生もまた、少々ズレたショックを受けている。
これもラッキースケベ……と言っていいんだろうか。
失うものを考えると、とてもではないが、ラッキーとは思えないが。
せっかく上がっていた好感度が、一瞬にして地に落ちた音を聞いた気がした。




