第20話 使えるじゃん
残金58銀貨、95銅貨、50銭貨。
くじを一回引くためには、50銀貨が必要。
そうなると、残るのは9銀貨分。下手すりゃ、今夜の宿代にも足りないかもしれない。
それでも俺は、仲間たちとすれ違い様に「やらせてほしい」と言った。
何か考えがあるのか? 勝算はあるのか?
そんな確認は誰からもされず、ただ、肩を竦められただけだった。
信じて任せてもらえる。それが本当に嬉しい。
人垣を掻き分け、俺はポーション露店の前に出た。
最後の勝負に出るか、ここで退くか悩んでいる客を押し退け、俺はアブリルさんにもらった布袋から銀貨を50枚取り出す。
「下級ポーションを5本買う。くじを引かせてくれ」
「んふふふふー? いらっしゃいませ、ご新規様ですねー」
露店商の糸目がさらに細められ、網にかかった新たな獲物に標的を移した。
「ま、待ってくれ。わたしはまだ」
「おや、まだいらしたんですか? 店の前で、そんな辛気臭い顔をされると困るんですよね。今日はお引き取りいただきまして、また明日挑戦しに来てくださいな」
「ぐっ」
無慈悲な言葉で前客を追い返し、糸目は俺から銀貨を受け取った。
代わりに、カットケーキのように箱詰めされた、5本セットの下級ポーションをもらう。
預かってくれと言って、そのまま睦琴にパスした。
露店の脇に立てかけられた板に、景品リストが書かれている。
1等:エリクサー
2等:特級マジックポーション
3等:特級ポーション
4等:上級マジックポーション
5等:上級ポーション
6等:中級マジックポーション
7等:中級ポーション
8等:下級マジックポーション
9等:毒消し草
10等:薬草
「確認なんだけど、1等のエリクサーって、1個だけなのか?」
「そりゃあそうですよ。こんな超々高級アイテムが、そう何個も仕入れられるはずがないじゃないですか。唯一無二の一点モノですよ」
「なら、この箱の中には、1等の当たりくじが1個だけ入っているわけか?」
「ええ、そのとおりです」
「くじ玉に数字が書かれているみたいだけど、あんたの手書き?」
「はい。お客様が自分で書いた当たりくじとすり替えたりできないよう、対策として筆跡鑑定できるようにしています」
「数字の『1』とかでも鑑定できるのか?」
「もちろんできますとも」
OK。それを聞ければ充分だ。
「じゃあ、引かせてもらう」
「あなたの運気に幸あらんことを」
手を箱に突っ込み、米を研ぐみたいにして中身をかき混ぜる。
さっきの客が今日何回引いたのかは知らないけど、まだ50個くらい残ってんな。
本当に1等くじが入っていたとして、確率は2%ってところか。
絶望的に低いというわけじゃない。
ガチャでSSRを期待するようなもんだな。ユーザーがムキになり、金が尽きるまで回してしまう。絶妙に手を出したくなる確率だ。
ここで主人公補正が入るなら、小細工なんて必要ないんだろうけど。
「そら、引いたぞ。1等だ」
「はい、ざ~んね~ん。1等のエ――……えっ!? 1等!?」
俺はギャラリーを証人とするために、見せつけるようにしてくじの玉を掲げた。
どよどよと、外野がザワつき始める。
「そ、そんな……馬鹿なッ!」
「馬鹿な? なんで? この箱の大きさだと、中に入れる玉はせいぜい100個くらいだろ。さっきの客は、これまでに百回くらい引いてたそうじゃないか。それと合わせれば確率的にも一回は当たる計算だ」
厳密には、1回ハズレを引けば、1個ハズレ玉が減る。毎日数をリセットされるとしても、常に確率が100分の1ってわけじゃない。当たりが出る確率はもっと高かったはずだ。
「イ、イカサマだ!」
そういう台詞が出てくる時点で、当たりが入っていないと自白しているようなもんだ。
もう少し狡猾な男かと思ったけど、ただの小悪党だな。
「そう思うなら、ちゃんと見てくれよ。この数字の『1』って、あんたが書いたんだろう? 疑うなら鑑定に回してみるか?」
できるもんならな。
「あ、ありえない……。ありえない!」
「もしくは、その箱をひっくり返してみるとかな。この1等の玉が、俺が事前に用意してきた偽物なら、箱の中には、まだちゃんと本物の1等くじが残っているはずだろ?」
「い、いや……それは」
これもできないか。当たりが入っていないのは確定だな。
もしかすると、2等~5等くらいまでのくじすら入っていないかもしれない。
くそだなー。
「ああそうだ。念のために、エリクサーが本物かどうか、それも鑑定に回させてもらうから。何日かかかるって話だけど、別にいいよな? それの所有権は、もう俺にあるわけだし」
「た、頼む! 待ってくれ!」
前の客がしていたように、顔を青くして俺に懇願してくる。
圧倒的優位に立ち、弱者をじわじわと追い詰めていく。
……全然楽しくない。
相手が悪党だとしても、他人の生殺与奪を握る感覚。
はっきり言って、不快でしかない。
でも、やることはやらせてもらう。
「まあ、正直なところ、俺は別にエリクサーなんて欲しいとは思っていないし。手に入れたとしても、後で売ろうと思ってたんだよな。なんなら、あんたが買い取ってくれるか?」
「か、買い取り?」
犯罪者としての未来がまざまざと浮かんでいたところへ差し出された、この救いの手。
間違いなく、こいつは食いつくだろう。
そこで最後の審判をする。
「実は俺、この街に来たばかりの田舎者で、相場とか全然わからないんだわ。エリクサーも、それなりに高いってことしか知らないんだ。ぶっちゃけ、いくらで買い取ってくれる?」
金額決定をこいつに任せる。
反省し、誠意を見せるつもりなら、真っ当な額を提示してくるだろう。
串焼き屋のおっちゃんは、少なくとも500金貨は下らないと言っていた。
もし、この期に及んで俺を謀ろうとするなら。
「ご、500!」
「ふむ」
「500銀貨で買い取ります!」
「…………」
ダメだこいつ。救いようがない。
「500かー。うーん、1,000にならない?」
「せ……い、いいですよ。ええ、構いませんとも!」
1,000銀貨でも、エリクサーの価値には全然届かない。
それを知らせようと、外野から、おっちゃんの悲鳴みたいなブーイングが聞こえてくるが、俺は聞こえない振りをする。
「悪いんだけどさ、小切手――でわかるかな? そういうのにしてくれない? 今はあんまり大金を持ち歩きたくないんだわ」
「小切手、ありますよ。わたくしは商人ギルドに口座を作っておりますので、そちらに持っていけば、好きな時に換金してもらえます」
「じゃあ、それで頼む」
糸目の男は、大急ぎで準備を始めた。
誰かが俺に判断ミスを教える前に、俺の気が変わる前に、事を済ませようとしている。
その張り切りようが、見ていて滑稽でしかない。
この世界の小切手は、俺の知るものとは少し違い、特別な魔法紙が使われているようだ。
まずは金額を書き、支払い側が承認の意をもって、紙に親指の指紋を押しつける。
その後、受け取り側が金額を確認してから、同じように親指の指紋を押しつける。
これだけで取引が成立となる。
以降、いかなる修正も受けつけなくなる。もし債務不履行となった場合、債務者は犯罪者、または奴隷として国に登録されてしまうシステムだそうな。
そのへん、一応簡潔に説明してもらった。
この糸目はあくどく貯め込んでいそうだから、支払い能力の心配はないだろう。
「1,000銀貨。金額をお確かめください。わたくしは承認させていただきました」
「ああ、そうそう。この下級ポーションも、半値でいいから、即金で買い戻してくれない? 俺はくじ引きがやりたかっただけで、ポーション自体は持て余すんだわ」
「半値とおっしゃいますと、払い戻しは25銀貨でよろしいのですか?」
「それでいい」
「承知しました。では、こちらをお納めください」
25銀貨が戻ってきた。残り9銀貨だと、宿代が足りないかもだしな。
「えーと、最後に俺が小切手に親指を押しつけるんだよな。ここか」
――契約成立。
その瞬間、糸目の男は笑いをこらえきれなくなったのか、盛大に笑い出した。
絶体絶命を、馬鹿な客のおかげで回避できたと思って喜んでいるんだろう。
まあ、今からどん底に突き落とすけどな。
「いやあ、本当にツイてたな。50銀貨が、まさかこんな大金に化けてくれるなんて。これで何年かは遊んで暮らせそうだ」
「はは、さすがに言いすぎでは? 1,000銀貨は確かに大金ですが――……」
今しがた取引に使った小切手を摘まみ上げ、俺は糸目の男に見せつけてやった。
そこに書かれている金額は、1,000銀貨。
などではなく。
1,000金貨。
「……………………ひょ?」
「これを商人ギルドに持っていけば、換金してもらえるんだよな」
「ひょ……ひょっ、ひょおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
何そのリアクション。気色悪。
くわっと見開かれた元糸目の男は、理解不能とばかりに奇声を発した。
「これに懲りたら、真っ当な商売をしろよ」
「ひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
会話が成立しない。俺はさっさと仲間の所へ戻ることにした。
人垣は、掻き分けるまでもなく、勝手に割れていった。
いろいろ世話になった串焼き屋のおっちゃんは、しばらく唖然としていたけど、あえて何も訊かず、スカッとしたとだけ言ってくれた。ちょくちょく通わせてもらおう。
目的の宿屋に向けて再び歩き出すと、今度は仲間から説明を求められた。
特に睦琴は、タネがわからなくて、不満そうに唇を尖らせている。
「運で当たりを引いた、などとは言わないだろうな? あれはどう考えても当たりなど入っていない。桐春も、それをしつこく確認していた」
「ああ。スキルを使った」
「桐春のスキル……【物質移動】か?」
「そ。くじの当たりを、玉の色で分けられていたらどうしようもなかったけど、手書きの数字だったからな。『10』の『0』だけ、玉の面から1センチ浮かび上がらせて抜き取った」
インクで黒くなった親指と人差し指を、くしゅくしゅとすり合わせる。
「えー。でも、それだと『10等』以外の玉を引いてたらどうすんのさ? 50銀貨をドブに捨てるようなもんじゃん。そこは博打だったわけ?」
鬼ヶ島が、当然の疑問を投げる。
9等、8等くらいまでなら、出ても不思議はなかった。
しかし、俺はくじを引いてはいない。
「俺が細工した玉は、前にぼったくられてた男が投げ捨てた玉だ。10等なんてハズレくじ、回収するまでもないと思ったんだろ。腕の袖に忍ばせてな、ありがたく使わせてもらった」
「なーるほ。ぶっつけでやったわけじゃないんだ。納得」
男の俺だけならまだしも、女子たちを野宿させるわけにはいかないからな。
その危険すら賭けに乗せるようなサイテー男には、なりたくないもんだ。
「小切手の方も、同じ手口か?」
聖士郎が言った。
「手口とか言うなし。悪党以外にはやらねーよ」
こちらも同様にスキルを使った。
銀貨の『銀』の字から、『艮』の部分を抜き取らせてもらったわけだ。
「なんにせよ、これで日用品だって余裕で買えるし、しばらくの暮らしは安泰だろ」
100パーセント綺麗なお金かと言われれば、怪しいところだけど。
背に腹は代えられない。これは許容範囲だ。
などと考えていると、川尻と久慈林先生が、遠慮がちに何か言いたそうな顔をしていた。
「きりはるくん、その、金貨……」
「私が、こんなことを言える義理なんてないのだけど……」
何か欲しいものがある、という感じじゃないな。
……ああ、なるほど。
「心配しなくても、半分の500金貨は、最初にぼったくられていた人に返しに行きますよ。あの人のおかげで手に入れたようなもんだし」
串焼き屋のおっちゃんに訊けば、家の場所もわかるだろう。
俺がそう言うと、川尻と久慈林先生は、ほっとしたように柔らかく微笑んだ。
ホント、この二人は天使と女神……女神はイメージが悪いな。聖女かよ。
それはそれとして、俺のスキル【物質移動】だけど――
うん、まあまあ使えるじゃん。




