第19話 ぼったくり露店
表通りのような華やかさこそないが、宿に向かう道々は下町らしい活気に満ちていた。
そんなに数は多くないようだけど、獣耳がついていたり、テカテカの鱗に覆われていたり、頭からツノが生えていたり、明らかに人間以外の種族もちらほら見られる。
「本当に、ファンタジーな世界に来ちまったんだな……」
多少の感動はあるものの、それ以上にホームシックの方が大きい。
もうあの平穏な日常に戻れない。家族に会えないと思うと、ぽっかり胸に穴が開いたような喪失感と、内臓が鉛になったみたいな倦怠感がある。
自然と、溜息が口をついて出た。
「桐春の考えていることはわかるよ」
「睦琴……」
そうだよな。辛いのは俺だけじゃない。
一人で異世界に送られるパターンと比べれば、気の置けない仲間がいるだけずっとマシか。
「ビキニアーマーの女戦士が見当たらなくて、落胆しているんだろう?」
「お前は何もわかっていない」
「ボクに着ろと言うのか? すまないが遠慮させてもらおう。キャラじゃない。どうしてもと言うなら、久慈林教諭に頼んで着てもらうといい。きっと見映えするだろう」
「それは金を払ってでも見たいけど、先生にそんなことさせられるかよ」
「前半を口にしていなければ、仲間想いのいい台詞だったのにね」
本音を抑えきれなかった。
でもホント、すんごい破壊力になるだろうな。
せっかくファンタジー世界に来たんだし、そういう特典くらいあってもいいと思う。
お願いしたところで、久慈林先生がOKしてくれるわけがないけど。
などと考えていると、話が聞こえていたのか、表情を険しくした久慈林先生が俺たちの前に回り込んできた。金払ってでもとか言ってしまったし、お説教だろう。
「あー、先生、すみません。本気で言ったわけじゃなくて……」
「不動くん、私にもできることがあるなら遠慮なく言って! そのビキニアーマーというのが何かはわからないけれど、みんなの役に立てるのなら、望むところだから!」
望まれてしまった。
いや、ビキニアーマーがどんな装備なのかを知らないから出た台詞だ。
知れば、きっと意見を撤回するはず。
だが、しかし……。
けれど、それでも……。
さりとて、あるいは……。
ワンチャン?
……………………………………。
「……ありがとうございます。でも、お気持ちだけで」
「……そう……」
やんわり断ると、久慈林先生はしゅんとして、最後尾に下がってしまった。
役に立ちたいと焦る気持ちもわかりますけど、自分を大切にしてください。
これだって本音だ。
「桐春、長考しすぎだ」
「俺がどれほど苦渋の決断をしたか、女のお前にはわかるまい」
これはしばらく夢に出てくるぞ。大歓迎だが。
「……桐春は……やはり大きい方が好きなのか?」
「おっぱいに貴賎なし」
「遊び心でラブコメ展開を楽しもうと思ったところに、その返しはボクでも引くよ」
「そうやすやすと、俺の純情を弄べると思うなよ」
「まったく、厄介な男だね……」
道を挟んで露店が所狭しと並ぶ様子は、縁日の屋台を思わせた。
そして、どこからかともなく、肉を焼く香しい匂いが漂ってくる。
「そういや、朝はコーヒーしか飲んでないんだった……」
ぐぅ~、と腹が鳴る。
空高くに輝いているあれは、太陽?
ここが太陽系の惑星とは思わないが、まあ、呼び方は太陽でいいか。
太陽の高さからして、今は昼過ぎだろう。そりゃあ、腹も減るってもんだ。
香りの発生源を鼻で追いかけると、ブロック状にカットされた肉を、みたらし団子のように3個ずつ串を通し、網の上で豪快に焼いている露店に行き着いた。じゅうじゅうと油が躍り、焦げ色のついた肉に、甘辛そうなタレを刷毛で塗っている。
口の中に唾液が溢れた。肉の香りが食欲をガンガン刺激してきやがる。
俺は仲間たちに振り返った。確認するまでもなく、皆の目がゴーサインを出している。
アブリルさんからもらった銀貨60枚。その価値も知っておきたいしな。
串焼き屋の前に立つと、袖を肩までまくったガタイのいいおっちゃんが、炎の熱気で額に汗を浮かべながら、「いらっしゃい!」と快活に言った。
「美味そうだな。これは何を焼いてるんだ?」
「東の草原で狩ったロックボアだよ。今朝解体したばかりだから、新鮮で美味いぜ」
ロックボア……岩猪?
うーん。
異世界モノの小説なりを読む時にいつも思うんだが、なんでこう、ネーミングに中途半端な英語が混じるんだろうな。この世界ではどうか知らないけれど、冒険者のランクにしたって、SだのAだの、アルファベットを使うくせに、ランクを表す以外での用途が一切ない。
なーんかもやっとするのは俺だけだろうか。
とはいえだ。そんな重箱の隅をつついたところで誰が得をするわけでもないので、ここでも言語適応機能が働いているんだろうと無理矢理納得しておく。
「1本いくら?」
「10銅貨だ」
「銀貨しかないんだけど、いいかな?」
「もちろん」
このおっちゃんがぼったくるとは思っていないが、銀貨1枚って、銅貨何枚分? などと、どんな小さな子どもでも知っていそうな常識を尋ねるのは、さすがに不審に思われるだろう。変な噂は立てたくない。
「10本、いや、12本買うから、少しまけてくんない?」
これなら、向こうが勝手に金額を提示してくれるはず。
「うーむ……よし! また買いに来てくれるなら、12本で、ぴったり1銀貨。どうだ?」
「それで頼む」
「まいどあり!」
本当なら120銅貨が必要なところを、少しまけてもらって1銀貨になった。
ということは、キリの良さを考えれば、100銅貨=1銀貨なんだろう。
「そら、熱いから気をつけろよ」
「おお、これ絶対美味いやつ」
いそいそと、一人2本ずつ仲間に渡していく。
俺は、ついばんで噛み千切るなんてお上品なことはせず、3個刺さったうちの1個を丸ごとぱくりと頬張った。はふはふと口の中で転がし、タレの味を楽しんでから歯を突き立てる。
一噛みした瞬間、果汁たっぷりの果実が弾けたみたいに肉汁が溢れ出た。
俺は口から零れそうになる肉汁を、ずぞぞぞ、と下品に音を立てて吸い込み、ろくに咀嚼もできないまま、ごくりと肉を喉奥に落とす。
「何これ! 肉汁すっげ! うんま! ロックボアなんて硬そうな名前なのに、めちゃくちゃ肉が柔らかいんですけど!」
「兄ちゃん、まさかロックボアを食ったことないのか?」
もしかして、豚肉を食ったことがないってくらい、常識外れなこと言っちゃった?
「あー、えーと、ド田舎から出てきたもんで……」
「いくら田舎って言っても……。いや、まあ、別にいいけどよ」
おっちゃんは訳アリを察してくれたのか、詮索はしないでくれた。
「ロックボアで硬い部位は頭だけだ。柔らかい体を守るために、額のとこが岩みたいな硬さになってんだよ。そこも調理次第で、いい酒のつまみになったりするんだがな」
「ほー」
酒はまだ飲めないけど、それも食ってみたいな。
いやはや。それにしても、驚いた。
露店で買える格安の肉が、牛肉の霜降りに勝るとも劣らない。お世辞ではなくそう感じた。
他の仲間を見ても、その美味さに驚きを隠せない様子だ。
異世界の肉、侮りがたし。
残りも冷めないうちに、むしゃむしゃぺろりと平らげてしまう。食の細そうな川尻でさえ、2本とも完食してしまった。
「いい食いっぷりだ。そんな美味そうに食ってくれると、こっちも嬉しくなっちまうね」
「ごちそうさま。悪いんだけど、銀貨を1枚だけ細かく両替えしてもらえないかな」
念のために答え合わせ。買い物をしたんだから、嫌がられはしないはずだ。
「いいぞ。銭貨も少し混ぜておくか?」
「そうだな。適当によろしく」
おっちゃんにもう1枚銀貨を渡すと、銅貨を95枚、銀貨や銅貨よりも薄くて黒っぽい色の銭貨を50枚に交換してくれた。
おそらく、この銭貨ってのが、価値としては最小なんだろうと思う。
忘れないように、銀貨1枚は1,000円。銅貨1枚は10円。銭貨1枚は1円という感じで覚えておくことにした。感覚的にも、大きくズレてはいないはずだ。
ということは、アブリルさんってば、会ったばかりの俺たちに、60,000円相当もの金を渡してくれたのか。圧倒的感謝しかない。
「兄ちゃんたち、どっかよそから来たのか?」
「なんで? もしかして、田舎者っぽさが出てる?」
「ああいや、ここらじゃ見ない恰好をしてるもんだから、なんとなくそう思っただけなんだ。気を悪くしたなら謝る」
「気にしないでくれ。実際、この街に来たのはついさっきだ。しばらく居つくつもりだから、適当に服や日用品なんかもこっちで揃えたいと思ってる」
「それなら、この通りには雑貨屋やら古着屋やら、なんでもある。ちょっと待ってな。安くて品揃えのいい店を紹介してやるよ」
面倒見がいいのか、おっちゃんが串に刺した肉を火から少し離してメモ書きを走らせた。
簡単な地図に、店の名前と、そこで扱っているものが記されている。
おもいっきり日本語に見える。言語適応機能、ホント便利だな。
「この街に来て話したのは、おっちゃんでまだ二人目だけど、ここは親切な人が多いんだな」
「そう言われると照れるが、そりゃたまたまだ。ロクでもない輩だって、普通にいる」
おっちゃんが、くい、と顎で向かいの店を示した。
つられて後ろを向くと、そこには、ちょっとした人だかりができていた。
「頼む、売ってくれ! 君の言い値で買うと言っているじゃないか!」
人垣の向こうから、必死な声が飛んでくる。
俺は背伸びをして様子をうかがった。
頬をこけさせて疲れ切った顔の壮年男性が、店主らしき糸目の男に何やら懇願している。
売っているものは……なんだろう。
黄色に、赤に、青に、緑に。透明なガラスの小瓶に入った、色とりどりの液体。
香水? いや、薬かな。
「あんにゃろう、また来てやがる」
串焼き屋のおっちゃんが、苛立ち混じりにぼやいた。
「あの客が、おっちゃんの言う、ロクでもない輩なのか?」
「いいや。ロクでもないのは店の方だ」
「あの糸目の?」
「おう。視界に入るだけで胸糞悪い。死ねばいいのに」
この気のいいおっちゃんに、こんなことを言わせるとは。
俺は向かいの店に耳を傾けた。
「だからー、何度も言っているじゃないですかー。このエリクサーは一点モノの非売品なんですってば。欲しければ、くじで1等を当ててくださいよ」
「くっ、もう何日も通っているのに、一向に当たる気配がない……」
「そりゃ、毎日くじの補充はしていますからねー」
「くそ、もう一回だ!」
「まいどー。下級ポーション5本お買い上げ、50銀貨になりまーす」
客の男が銀貨をごっそりと支払い、中身の見えない箱の中に手を入れた。
「……当たれ、当たれ、当たれ……当たってくれ!」
飄々と銀貨を数える糸目に対し、客の方は生死の境目に立ったかのように真剣そのもの。
そんな鬼気迫る客が次の瞬間――――表情を失った。
「…………くそおおぉぉぉぉッ!!」
「ざ~んね~ん。10等の薬草を進呈~♪」
客の男が箱から抜き出した物を投げつけると、石畳に跳ね返り、俺の足下に転がってきた。
ピン球のようなそれを拾い上げると、数字の「10」と書かれている。
「何回やっても当たりなんか引けねーよ」
おっちゃんが、吐き捨てるように言った。
「このハズレを引いた人、そんなに何度も挑戦しているのか?」
「三日前からだな。かれこれ百回はやってる。店に出している下級ポーションが売り切れたら店を閉められる。そんでまた次の日に挑戦する。この繰り返しだ」
見たところ、下級ポーションを5本買うごとに、くじを一回引く権利を得るって感じか。
「下級ポーション5本で50銀貨。1本10銀貨か。この街の相場だと、どんなもんだ?」
「ボッタクリもいいとこだよ。普通はせいぜい、1本5銀貨だ」
高級な栄養ドリンクみたいな感じか。
「あの人、あんまり金持ちそうには見えないけど」
「コルネット商会っつー、今にも潰れそうな商会の跡取りだ。前からひょろい野郎だったが、エリクサー目当てで散財しちまって、死にそうな面になってやがる。見てられねーよ」
百回やったってことは、銀貨5,000枚。経営大丈夫か。
「それは諦めが悪すぎるというか、なんというか」
「諦められない理由があんのさ。あいつは四十手前なんだが、最近になって、初めて子どもが生まれたそうだ。嫁さんも同じくらいの歳でな、何年も、ずっと子どもができなくて悩んでいたらしいぜ」
「めでたいけど、それなら余計に無駄遣いしている場合じゃないだろうに」
「その嫁さんが、目に、ポーションや回復魔法じゃ治せないような怪我をしちまったんだと」
……なるほど。
念願叶ってやっと授かった子どもの顔を見られないなんて、酷い話だ。
「1等のエリクサーなら、失明を治せるのか?」
「エリクサーは奇跡の薬だ。それこそ、失った手足すら再生するなんて言われている」
そりゃ凄い。
でも、おっちゃんの言うように、俺も1等の当たりは入っていないと思う。
エリクサーを看板にして客を釣っているというのもあるだろうけど、言い値で買うと言っているのに、首を縦に振るどころか、条件額を考える素振りすら見せない。
当たりを引くまで続けられないよう、一日に用意する下級ポーションの数を抑えられているのも疑わしい。
「エリクサーって、普通はいくらくらいで買えるものなんだ?」
「伝説級のアイテムだぜ? 値段なんてつけられねーよ。市場に出回ることもまずないしな。ただまあ、最低でも、カモにされたあいつが支払った全額分。500金貨はくだらないんじゃねーかな」
あるとは思っていたけど、新たに金貨という単語が出てきたな。
5,000銀貨が500金貨と同等ってことは、金貨の価値は銀貨の十倍。
一万円相当か。覚えやすい。
「そんな高価な物をくじの景品にか。なおのこと、当たりの信憑性が薄れてきたな」
「あのエリクサーが本物かどうかも怪しいもんだぜ」
「誰かが鑑定したりは?」
「オイオイ。鑑定なんて、そんな簡単にできるわけないだろ。エリクサーみたいなお宝なら、なおさらだ。専門家が何日もかけて、やっとって代物だろうよ」
マジかよ。
じゃあ、誰かが手に入れているはずの【千里眼】って、実はかなりのチートなのでは?
それだけで引く手数多な商売になるし、人生勝ち組じゃん。
俺も、そういうのが欲しかったよ……。
とはいえ、スキルか技術かはさておき、鑑定の技術もあるにはあるわけか。
くじに書かれた数字が手書きっぽいのも、客に不正された時、後で筆跡鑑定ができるようにしているのかもしれないな。
「……糸目の方は、あの客の事情を知っているのか?」
「そりゃ知っているだろうよ。譲ってくれと、なんべんも説明していたからな」
糸目が不正をしている証拠はない。
単純に、客の男の運が致命的に悪いだけかもしれない。
「さあ、本日は残すところ、あと一回分! お兄さん、やるの!? やらないの!?」
「ぐ、これ以上は……でも……」
「ここで止めちゃっていいんですか!? ハズレは最初より減っているわけだし、当たる確率は確実に上がっているんですよ!? 次の一回で、他の人にエリクサーを持っていかれちゃうかもしれませんよ!?」
煽る。煽る。
あの客も、箱の中に当たりは入っていないと、薄々は思っているだろう。
思っていながらも、蜘蛛の糸のように細い望みにすがらなければならない。
そして、そんな人の弱みにつけ込んで、煽り、あの糸目は金を巻き上げている。
見ていて気分のいいものじゃない。
「一回50銀貨か……」
ぽつりと漏らした俺の呟きを聞いたおっちゃんが、ギョッとした。
「兄ちゃん、まさか、やるつもりじゃねーだろうな!?」
「まあ、ちょっとな」
「やめとけって! オイ、兄ちゃん!」
あんま目立つことはしたくなかったけど……。
おっちゃんの制止を振り切り、俺は人垣に入っていった。




