第18話 言い得て妙だな
「ようこそ、王都市クーリッシュへ! そのお召し物、あなた様方も、異世界より遣わされた神の代行者であらせられますね!?」
顔の半分以上を覆い隠す無骨な兜を被り、それに合わせた重厚な鈍色のフルアーマー。
くたびれているが、使いこまれているのがわかる長槍の穂先を空に立てた門兵らしき男が、俺たちの姿を見るや、若い声を弾ませた。
他にも兵士さんは数名いるが、会釈されるのみで、自分の持ち場から動こうとしない。
目の前のこの人が、来訪者担当ってことなんだろう。
「こんちは。こっちの言葉は通じますかね」
「はっ。通じるであります」
日本語で会話が成立する。
入力と出力、双方で言語適応機能ってやつが働いているんだろう。
「いくつか質問させてもらっても?」
「なんなりとお尋ねください」
「先に来た連中が、神の代行者を名乗ったんです?」
「ええ。保護と、国王への謁見を求められました。冒険者ギルドの場所を尋ねられた方も」
冒険者ギルドがあるのか。テンプレだな。
一応、異世界モノのフローチャートを把握している奴がいるらしい。
「かなり友好的に応対してくれてますけど、異世界渡航者って、別に珍しくないんですか?」
「いえ、そんなことはないかと。かれこれ三十年は前になりますが、過去にもあったようで。詳しくは存じ上げず、申し訳ありません」
「それなのに、異世界から来たなんて話を信じたんですか? 自分で言うのもなんですけど、俺たちって相当怪しいと思うんですよね。不用心じゃないです?」
「理由があるのです。数日前に、我が国の巫女姫様が予言をされまして」
「予言?」
「はい。時を待たずして、この地に神の御使い様たちが現れると。巫女姫様の予言は、これまでに一度たりとも外れたことがないのです」
巫女姫……。
俺たち以外にも、そういう特殊な力を持っている存在はいるわけか。
まあ、魔法ありきの世界だしな。なんでもありだろ。
「この情報は秘匿され、門を預かっている私のような一部の者にしか伝えられておりません。その上で神の使者を名乗る者たちが現れれば、信じるに値するというわけです」
「ふむふむ。偽物対策を兼ねているわけですね」
「ええ……。代行者を騙り、甘い汁を吸おうと考える輩がいないとも限りませんから」
ここで門兵さんが、感極まったように目頭を押さえた。
「本当に……ようこそお越しくださいました。この苦難に代行者様が現れてくださったのは、まさしく天の計らい。皆様は、我が国の救世主であります」
おっとー。
ピンときた。きちゃいましたよー。
「もとより、国王への謁見は予定されておりました。よろしければ、すぐにでも皆様を国王の待つ城へご案内したいのですが」
「それには及びません」
「は?」
断られるとは思いもしなかったのか、えらく素っ頓狂な声が返ってきた。
「……と、申されますと?」
「実は、ここにいる俺たち6人は、神様から密命を受けているんです」
「なんと!」
「これは、他の仲間も知らないことでして、話したのは、あなたが初めてです」
「わ、私が初めてでありますか!?」
「お名前をうかがっても?」
「はっ! 申し遅れました! 私はエッセル王国壁外防衛第一小隊所属のアブリル・ブローズント一級騎士であります!」
背筋を伸ばし、腕の角度も完璧。気持ちのいい敬礼だ。
俺、この人嫌いじゃないな。
アブリルさんの先ほどの口ぶりから察するに、近々大規模な戦いを控えているとみた。
このまま城へ連れて行かれるとするだろ? その先の展開が容易に目に浮かぶ。
まずは王様たちに歓待され、次いで「この国を救ってください、勇者様」とかなんとか煽てられて、あれよあれよとハードな戦いに投入されるに違いない。
そんな安息とは無縁のデンジャールート、断固として拒否する。
「アブリルさん。これは非常に重要な任務でありながら、極秘裏に進めなければいけません。だから、目立つ行動は取れないんです。国王に謁見なんて、注目の最たるものかと」
「確かに!」
「その時が来るまで、俺たちは存在を隠します。都市に入ったことも秘密にしてください」
その時ってどの時なのか、自分でもわかりませんが。
「国王や、巫女姫様にも明かせないのでありますか?」
「それだけじゃありません。他の代行者たちにも、俺たちが来たことは伏せてください」
「ほ、他の代行者様にも!? それは……仲間に助けを求めることはおろか、言葉を交わすことすらできないと、そうおっしゃっているのですか?」
「ええ、今会うのは、ちょっと避けたいですね」
「……なるほど。他の代行者様たちにも為すべきことがある。その枷になることを貴方がたは良しとしない。そういうことなのですね。なんと立派な……。ですが、そこまでの覚悟と犠牲がなければ遂行できない任務とは……。あまりにもお辛い……」
いやあ。俺、他の奴らに嫌われまくってるんで、会いたくないだけなんです。
とは言えないよな。
「承知いたしました。ここにいる騎士たちには、私から重々言い含めておきます。皆様は憂いなく、神様よりたまわったという任務に専念なさってください。それが我が国の救いになると信じて、陰ながら応援しております」
「ありがとうございます。あなたがちょろ、んんっ。話のわかる方でよかった」
ちょっぴり罪悪感。
「ただ、謁見されないとなると、国からの支給品を受け取ることが……」
「仕方ありません。俺たちには、それ以上に優先することがありますから」
「まだお若いのに、なんという使命感。感服いたします」
「とんでもありません。今日の寝床もままならない身ですが、いざとなれば、この衣服なりを売って日銭を得ようと考えています。一食の足しくらいにはなるでしょう」
思い切り同情を買うつもりで、チラ、チラ、と視線を送りながら哀愁たっぷりに言う。
するとアブリルさんが「少々お待ちを!」と慌てた様子で、門の脇にある、休憩所のような小屋に駆け込んでいった。――かと思いきや、すぐに飛び出して戻ってくる。
「これをお受け取りください」
許可を待たずに手を取られ、巾着みたいな布袋を握らされる。
ズシリとした重みがあり、中でカチャリと金属のぶつかる音がした。
十中八九、金銭だろう。
しかし、俺は皆目見当がつかないとばかりに「これは?」と尋ねる。
「銀貨で60枚あります」
やったぜヒャッホー。
内心の小躍りを悟られないよう、「そんな、もらえません……」と申し訳なさそうに言う。
いや、最終的にはもらう気まんまんだけどね。物には順序があるから。
「本来であれば、王都市に初めて訪れる者には銀貨1枚を徴収し、入場許可証を渡しているのですが、代行者様からいただくわけにはいきません」
そう言って、銀色に光る金属プレートを6枚渡される。入場許可証だろう。
「入場許可証は、ご厚意に甘えさせていただきたいですが、銀貨の方は……」
これって、横領になっちゃうんじゃないの?
バレたらヤバい金は勘弁ですよ?
「ご心配なく。ちゃんと私の給金で補える分だけにしてありますので」
やだ。アブリルさん、めっちゃいい人。
「後で、必ずお返しします」
これは本当。いつになるかはわからないけど。
「お気になさらず。それよりも、このままお見送りするしかできない私を、お許しください。私は非番の日以外ここにおります。大したお力にはなれないと思いますが、何か困ったことがあれば、いつでもお頼りください。皆様のご活躍を、心よりお祈りしております」
この人、聖人か。
その後、都市内の区画を簡単に教えてもらい、オススメの宿の紹介してもらった。
アブリルさんの見送りに後ろ髪を引かれながら、俺たちは門をくぐった。
一歩街に入ると、そこはまさしく中世風といった景観が広がっていた。
中世風って言葉、便利だよね。それでだいたい伝わると思う。
赤煉瓦調の建物に挟まれるようにして、長くて広い石畳が遠くまで伸びている。
これを真っ直ぐ真っ直ぐ進むと、王様のいる城に辿り着くんだそうな。
先に来たクラスメイトたちは、そこへ向かったはずだ。
俺たちはというと、大通りを行かずに回れ右。目当ての宿を目指して壁沿いに歩いていく。
「感じのいい好青年だったね」
「ああ、いい人すぎて焦った」
隣を歩く睦琴の言葉に頷き、俺は小さく溜息を吐いた。
銀貨の入った袋の重みが、そのまま良心の呵責になっている気がする。
「そんな人から金をせしめて。完全に詐欺師のそれだったぞ」
「ちょ、ちょっとの間借りるだけだし。後でちゃんと返すし」
「借金を踏み倒す者の常套句だね」
借金とか言わないで。16歳の若さでそんな業を背負いたくない。
「冗談だよ。桐春のおかげで、ひとまず今夜は安心して休めそうだ」
「城に向かった方がよかったとは思わないか? たぶん、国賓扱いされるぞ」
「その点については、ボクも桐春と同じ意見だよ。相手が別国なのか、魔物なのかは定かではないけれど、戦争に駆り出されるなんて、まっぴら御免だ」
「ホントそれ。代行者の使命とか知ったこっちゃねーよ。こっちは勝手に拉致られてんだし、女神の言うことを馬鹿正直に聞いてやる義理なんてないな」
「コラ、気をつけろ。有埜と違い、桐春は悪口一つであの世逝きだぞ」
そうだった。これ、思ったよりストレス溜まるわ……。
頭の中でくそ女神と連呼していると、睦琴が「それに」と重い口ぶりで切り出した。
「アブリル氏の言葉の中で、少し気になることもある」
「気になること?」
「彼が嘘をついているとは思わないけど、神の代行者が現れるという情報を秘匿する理由が、ボクにはどうにも納得できなかった」
「でも実際、代行者を騙る偽物が現れたら面倒だろ? 何が納得できないんだ?」
「巫女姫の予言は、これまで一度たりとも外れたことがないと言っていた。つまり、代行者の出現は確定事項だ。それなのに偽物なんて現れるだろうか。戦力として期待するからには、向こうも当然、それに見合う力を要求してくるだろう。しかも巫女姫は、神の御使い様たちと、現れるのが複数名であることも匂わせている。代行者に成り代わって甘い汁を吸うためのハードルが高すぎる」
本物かどうかなんて、すぐに判明する。リスクに見合わない。
睦琴はそう言っている。
「確かになあ。となると、途端にキナ臭くなってきたぞ。後々に大きな戦を控えているなら、代行者の出現を公にすることで味方の士気を高めたり、民衆の不安を取り除いたり、いろいろできそうなものなのに」
「できない理由があるんだろう。あまり想像したくはないけどね」
「なら言うなよ。想像しちまっただろ」
それを期待していたように、睦琴が意地悪に笑ってから言葉を続けていく。
「この国の為政者たちが、代行者を大きな戦力と見ているのは間違いないと思う」
「だけど、大きな戦力以上には考えていない。だろ?」
「過去の記録がそうなんだろう。代行者は戦いの中で普通に死んでいく。前回の代行者召喚から、たかだか三十年だ。もし、史に名を遺すほどの活躍をしたか、今も生き残っているかしているなら、騎士であり、勤勉さすら感じさせるアブリル氏が、詳しく知らないとは思えない」
「下手すりゃ、全滅も想定内かもな」
「あるいは、それすら前提かもしれない」
「やってられねーな。そりゃあ、代行者を勇者に祭り上げるわけにはいかないわ」
「期待すればするだけ、それを失った時のダメージは大きいからね」
「それを予想していながら戦場に送り出す国のトップもイメージが悪いしな」
「だったら最初から最後まで、代行者の存在は伏せておいた方がいい」
「代行者は、使い捨ての鉄砲玉か」
「言い得て妙だな」
「全部憶測だけど、これを否定する理由が俺たちにはない」
「うん。石橋を叩いて渡るくらいでちょうどいいと思うよ」
素性がバレて、ロクなスキルも与えられていないのに従軍させられたりしたらたまらない。
平穏に生きていくためにも、代行者であることは隠し通そう。
一瞬だけ、先に行った奴らのことが頭を過ったが、それもすぐに消えた。




