第17話 異世界交流開始
レベル1で、既に最強と言って差し支えない聖士郎のチート性能を確認した後、睦琴たちと合流した。無事な姿を見せると、全員が大きく安堵している。
かすかに疲れの窺える情で、睦琴が「お疲れ様」と労ってくれた。
「向こうに街道のようなものを見つけた。土を固めて舗装されているし、道なりに行けば街があるはずだ。日が暮れる前に辿り着ける場所であればいいけれど」
「急がないとな。何をするにも、まずは腰を落ち着けられる拠点を確保したい」
「問題は資金か」
「このブレザーなんかが、こっちの世界では珍しいものとして、高値で売れたりするといいんだけど。というか、世界観の前情報が全然ないのが地味にキツい」
信用の置ける、現地の協力者なんかが欲しいところだ。
「世界観か。魔物がいるくらいだし、エルフやドワーフなんかもいるかもしれないね」
「文明は中世レベルってのが、異世界モノの定番だわな」
「それなら現代知識チートで一財産築けそうだ」
「蒸気機関とか、電気通信とかか?」
「そこまで大げさなものでなくとも、例えば、恋姫が得意なスイーツ作りなどもいいだろう。もし、当たり前のように食べていたアイスやクッキーの製法がこちらで知られていなければ、大当たりは約束されているようなものだからね」
睦琴が川尻の、ちょうどいい高さにある頭を、ぽんと叩いた。
満面の笑顔で、川尻が「任せて!」と答える。癒しだわ。
「将来的にはアリだな。差し当たり、今日明日の食い扶持をどうにかしないと」
話を進めながら移動を始めるが、一人……久慈林先生だけ立ち止まったまま、俺と聖士郎が歩いてきた森の奥を悲しそうな目で見つめている。
「不動くん……剣崎くんたちは、来ないの?」
久慈林先生は、あいつらが追いかけてくることを心配しているわけじゃない。
自分の生徒が何をしようとしていたのか。それを聞いても信じたくないのだ。
いや、剣崎たちを、まだ信じたいんだろう。
「あいつらは来ません。しばらくは動けないと思います」
「け、怪我をしているの? 様子だけでも見に」
「諦めてください。連中にこれ以上関わっても、仲間に害が及ぶだけです」
「でも、ちゃんと話し合えば……」
話し合いか。
第三者立ち合いの下、安全を確保した上でなら、その余地はあるかもしれない。
……が、こんな森の中では絶対に無理だ。
「何か誤解があったとかであれば、俺も一考します。けど、あいつらは違う。自分たちの欲のために俺たちを襲おうとしていた。あそこで表立って抵抗していたら、俺はたぶん、殺されていたでしょうね」
「こ、殺すなんて……」
「そういう世界に来てしまったんです。俺は、先生も含めて、ここにいる仲間の安全を第一に考えたい。俺をリーダーだと思ってくれるのなら、今は従ってください」
俺は最初から連中のことを、クラスメイトではあっても、友達とは思っていなかった。
見限るのは早い。
しかし、久慈林先生にとっては大事な生徒だ。
簡単に割り切れるものじゃないだろう。
それでも、久慈林先生は辛そうにしながら「……わかったわ」と言ってくれた。
森を抜けると、二車線分くらい幅のある見晴らしのいい一本道に出た。
車輪跡と、真新しい複数の靴跡がある。足跡は全て同じ方向に向かっている。
「睦琴、他の奴らが手に入れたスキルの中で、遠視みたいなのはあったか?」
「【千里眼】のスキルがあった。視界は数キロ先まで及ぶ。遮蔽物を透過してモノを見ることはできないが、視界に収めた対象の基本情報まで知ることができるそうだ」
「鑑定を兼ねたスキルか。欲しいな」
ということは、先行した奴らは、その先に町があると確信して進んでいるはず。
顔を合わせたくはないが、ここで危険を冒して逆方向へ進むのは賢い選択じゃない。
「俺たちも、先に行った奴らと同じ方向に進むってことでいいか?」
全員が頷いた。
走ることはせず、のんびり散歩ペースで歩く。久慈林先生は教員用スリッパだし、聖士郎も女化して靴のサイズが合わなくなった上、ズボンの裾を膝まで上げてはズリ落ちるを繰り返している。とても歩きにくそうだ。
そんな聖士郎が、さっきから何故か、自分の胸を押さえて顔を曇らせている。
あったはずのモノが無くなり、無かったはずのモノがある違和感に困惑しているんだろう。
仲間たちでフォローしていくしかないな。
などと考えていたところに、
「なあ、桐春。乳首がこすれて気持ち悪いんだけど、どうすればいい?」
この台詞である。
聖士郎に、女子としての慎みやら恥じらいを持てというのは無茶だと思うけどさ、そういうことを無自覚に訊いてくるの、ホントやめてくれませんかね。女子の口から乳首という単語が出るだけでもドキッとしちゃう。こちとら、そんなお年頃なんですよ。
「……睦琴ママに相談しなさい」
「…………」
難しいか。
女子への嫌悪感はなくなっても、気さくに話しかけるのはまだためらうのか、口をもごもごさせるばかりで切り出せないでいる。仕方なく、俺が睦琴に引き継ぎをしてやった。
内容が内容だけに、さしもの睦琴も若干恥ずかしそうだ。
「そうなる予想もしていたけど、そのぶかぶかの服の下は全裸なのか?」
「シャツとトランクスは、神の雷を検証している途中で全部焼け落ちた」
「その言い方だと、焼け落ちた後も、しばらく全裸で検証を続けたように聞こえるが?」
「桐春しかいなかったし、別にいいかなって」
睦琴の視線が刺さる。俺は目を逸らした。
「取り急ぎ、下着をはじめとした生活用品を調達しなければいけないね」
「下着って、もしかしなくても、女モノか?」
「そうなってしまうね。やっぱり抵抗があるかな?」
「そりゃ、あると言えば、ある。……けど、少しずつ、慣れていこうとは思う」
「ボクも有埜であれば協力は惜しまない。これが桐春や他の男子だったら遠慮したいが」
なんだとー。
と文句を言ってやりたいが、納得できちゃう以上、言い返せない。
絡み辛い話題なので少し足を速め、先頭を歩いていた鬼ヶ島に並んだ。
「ねね、不動、ちょっちあそこ見てみ」
「ん?」
鬼ヶ島が、進路の脇を鉄パイプで指した。
そちらに目を凝らすと、まだ少し距離はあるけど……犬? いや、狼だ。
腹と足の体毛は灰色。顔と背中、そして尻尾は紺色。
そして、額からツノを一本生やした狼が、20メートルほど先の草むらに伏せていた。
魔物かどうかはわからないが、向こうの世界には絶対にいない動物だ。
眠っているのか、こちらに気づいている様子はない。
「魔物だったらヤバいよね。どうする?」
「……聖士郎、いつでも前に出られる準備をしておいてくれ」
「今すぐじゃないのか?」
「先生のスキルを検証したい」
突然話を振られた久慈林先生が、「わ、私にゃ?」と声を引っくり返した。
「先生、今何か感じますか?」
俺が久慈林先生に割り振ったスキル。それは【危険察知】だ。
自身に迫る危険を、なんとなくそわそわすることで感じ取れるという曖昧な代物らしいが。
「いえ、特に何も」
「ということは、あの狼に危険はないのかな」
いや、そう判断してしまうのは早計か。
こちらに敵意を持っていない相手には反応しないスキルなのかもしれない。
「あの狼を刺激してみます」
俺は落ちている石ころを適当に拾い、狼に向けて投げた。
当たるとは思えないが、安眠妨害で機嫌を損ねられれば充分だ。
思ったとおり、石は狼からわずかに逸れて草むらの中に消えていった。
しかし、狼の耳がピンと立つ。眠りを覚ますことには成功したようだ。
のそりと起き上がり、俺たちをしっかりと睨み据えている。
ダメ押しに、もう一投。
今度も外れたが、狼は鋭い牙を覗かせて「グルル……」と唸り始めた。
「先生、どうですか?」
「……いえ、何も感じないわ」
マジで?
今にも襲い掛かってきそうな雰囲気なんだけど。
唸ってはいるけど、実は気が弱く、これ以上近づいたら逃げていくとか?
もしくは、距離が離れているから?
でも、20メートルの距離でも察知できないとか、それ、スキルの意味が……。
「先生、少しだけ近づいて――」
「あっ、今そわそわって!」
「え?」
狼は変わらず同じ位置にいる――が、次の瞬間。
人間とは比較にならないダッシュ力で、一気に間合いを詰めてきた。
油断もあったが、速すぎる。聖士郎が間に合わない。
ここで雷を落としたら、みんなが巻き添えを喰ってしまう。
両腕を左右に伸ばして盾になろうとするが、
「ちょいや!」
それよりも早く、一歩前に出た鬼ヶ島が、狼の側面から鉄パイプを打ち下ろした。
背中を強打された狼が「ギャイン!」と痛みに鳴く。
群れではなく、単身であったこともあってか、狼はそれ以上敵意を向けてはこず、そのまま遠くへ走り去っていった。
「……鬼ヶ島、助かった」
「アタシもなかなか頼りになるっしょ?」
本当にそう思う。
敵意を剥き出しにして襲い掛かってくる狼に対し、自分から前に出る胆力。
一瞬で狼の側面を位置取れる勘の良さ。
高速で向かってくる敵を捉える正確さ。
武器ありで戦ったら、俺より絶対に強いだろうな。
「不動くん、今ので何かわかったかしら……」
検証の結果を、久慈林先生が不安そうな面持ちで尋ねてきた。
正直なところ、あまり芳しくない結果をお伝えしなければならない。
「おそらくですけど、先生のスキルが察知しているのは、危険をもたらす対象までの距離とかじゃなくて、対象が危険をもたらすタイミングだと思います」
「タイミング?」
「先生がそわそわを感じ取った時点から、狼が俺たちの所に辿り着くまでの時間を考えると、1~2秒先の危険を察知したことになるかと」
「それって例えばだけど、自分のすぐ真横に爆発物が隠されていたとしても、実際に爆発する直前まで、危険と隣り合わせでいることにすら気づけないということ?」
「まあ、そうなりますね」
加えて言うなら、さっきみたいに最初から狼を目視しているでもない限り、どんな危険が、どこから降りかかるのかもわからないから、対処のしようがない。
聖士郎が規格外の高性能だったのと、鬼ヶ島が活躍したことへの反動か、久慈林先生の肩の落としようが見ていられない。
「不動くん……」
「は、はい」
「英語教師って、この世界で何か役に立てるのかしら……」
俺は何も言えなかった。
それからしばらく、重い空気を払拭できないまま歩いていると、6階建てくらいの背の高い外壁が見えてきた。街道がそのまま開かれた門に続いており、番をしている者もいる。
町……というか、この大きさは、もはや都市だな。壁の端が地平線まで続いている。
「桐春、ボクたちの素性はどういう設定でいくつもりだ? 別の世界から来ましたと言っても頭がおかしいと思われる可能性が、無きにしも非ずだと思うが」
「そこは気にしても仕方がないな。他の連中も、同じようにここを訪れているのなら、それに合わせるしかない。同じ格好をしているんだから、同郷だと思われるのは避けられないだろうからな」
「確かに」
見たところ争った感じもしないし、先に来た奴らはちゃんと中に入れたんだろう。
とにもかくにも、まずは情報収集だな。
「んじゃ、異世界交流を始めるとしますか……」
ワクワクなんて、とうの昔に置き去りにしてきた。
多くは望まないから、何事もなく、この日の寝食にありつけますように。
今はそれだけを祈っていた。




