第16話 チート第1号
スタート地点に戻ると、そこに睦琴たちの姿はなかった。
ただ一人、聖士郎を除いて。
「あれえ? 僕の恋姫ちゃんがいないよー?」
「まさか、勘付いて逃げたのか? 賽子先生、どこっスかー!?」
「オイ、有埜。他の女子はどこ行きやがった?」
剣崎が苛立たし気に凄んだ。
「あいつらは見逃してやってくれ。代わりに、オレが一人で相手をする」
そう言うや、ぷち、ぷち、とボタンを外し、聖士郎は続けてベルトまでも外しにかかった。
続けて、ぶかぶかのブレザーから腕を抜き、ズボンまで地面に脱ぎ落としてしまう。
俺を含めて、ごくりと息を呑む音が四つ重なった。
火神が言っていたように、どうやら女になった聖士郎は、着やせするタイプだったようだ。
欲にまみれた男たちの前で、ブレザーとズボンを脱ぎ捨ててしまった聖士郎。
下に穿いているのはトランクスなんだろうけど、カッターシャツも男モノなので、いわゆる彼シャツ状態だ。聖士郎の綺麗な生足が、惜しげなく外気に晒されている。
お目当ての女子がいないことに文句を言おうとしていたクズ三人も、思わず見入っている。
正直、これは俺も考えていなかった。
でも、そうか……。
睦琴の入れ知恵だろうけど、まあ、この後のことを考えると、脱いだ方がいいわな。
俺は足音を殺して三人から離れた。
目を皿のようにして聖士郎の艶姿を凝視している三人は、俺の避難に気づいていない。
「お、お前が一人で相手するって、本気で言ってんのか?」
剣崎は平静を装っているが、そわそわと浮足立っているのがバレバレだ。
「初めてだし、上手くいくのかわからないけど。他に方法もないから、オレがやらないと」
「う、上手くとか。へへ、サービスしてくれちゃうわけ?」
火神も鼻の下をだらしなく伸ばし、聖士郎の生足に釘付けになっている。
「本当は裸になった方がいいんだろうけど、お前らの目、気持ち悪すぎだ」
「ふ、ふひひ。どうせすぐに、裸になるけどね」
欲望駄々洩れの濱地が息を荒らげている。あれはマジでキモすぎる。
剣崎が、武器にしていた木刀を手放した。それを俺が、さっと回収する。
いざという時は、これで後ろから。
……すまん、聖士郎。
女になったばかりで、野郎から舐め回されるような視線を向けられるのは、全身をムカデが這いずるような気色悪さだろう。嫌すぎる役回りだ。でも、今はお前に頼るしかない。
聖士郎は気にした風もなく、靴と靴下も脱いで放り捨て、クズどもの眼前まで歩み寄った。
もう一度、三人が息を呑んだ。
「女になったのは複雑だし、これからの生活を考えたら頭が痛くなるけど、正直言うと、少しだけ感謝してたんだ」
聖士郎が、誰にともなく独白を始めた。
「ずっと負い目を感じてた友達と、ちゃんと目を合わせて話せるようになったことが、すごく嬉しかったから。……新しく友達もできたし」
三人は、聖士郎が何を言っているのかわからず、ただ黙って聞いている。
「でも、やっぱりダメだ。感謝なんてできない」
辛そうに言い、聖士郎は、身を委ねるようにして剣崎の胸にぽすっと額を預けた。
抱きしめようとしているのか、うろうろと空中をさまよう剣崎の腕が滑稽だ。
聖士郎はさらに、両サイドにいる火神と濱地のブレザーをしっかりと掴んだ。
念のため、もう数歩、後ろへ退がっておく。
聖士郎がやろうとしているのは、決して色仕掛けなんかじゃない。
どういうことかは、この後すぐにわかる。
「こいつらだって、この世界にさえ来なけりゃ馬鹿なことをしようとは考えなかったはずだ。友達が危険な目に遭うことだってなかった……。誰が一番悪いかっていったら、やっぱりあの女しかいない」
ぎりっと奥歯を噛み締めてから、聖士郎が大きく息を吸った。
そうして、怒りを声に乗せて叫ぶ。
ここにはいない、諸悪の根源にまで届くように。
「よくも、こんなくそみたいな世界に送りやがったな、くそ女神!!」
聖士郎が声を張り上げて女神の悪口を言った瞬間、目の前が真っ白になった。
直後――
トラックがコンクリートの壁に激突したような。特大の風船が破裂したような。
凄まじい音の爆発が鼓膜を震わせた。
落雷だ。それも、曇ってすらいない空から。
ただの落雷じゃない。
これは神の雷。
女神の悪口を言えば、自動的に雷が頭上に落ちる。
俺と聖士郎にだけ課されたペナルティーだ。
キーンと耳鳴りがし、草木の焦げる匂いする。
しゅうしゅうと立ち昇る煙に目を凝らし、俺は聖士郎の姿を探した。
その中で、風によって折れる木のように、ぐらりと傾いていく三つの影がある。
剣崎、火神、濱地。
制服は使い物にならないほど焼け焦げ、皮膚も所々が炭化している。
三人は一言も発することなく、崩れるようにして地面に倒れ伏した。
その場に立っているのは一人だけ。
「……び、びっくりした……」
自身が避雷針となり、雷の直撃を受けたせいでシャツはぼろぼろに。いっそう直視に困る、あられもない姿になってはいるが、聖士郎は火傷一つ負っていない。
狙いどおりの結果に、俺は「よっしゃ」と拳を握った。
聖士郎は、スキル【状態異常無効】の副作用によって女になった。
このスキル本来の性能については、女神が次のように語っていた。
自身にとって異常、害あるものと判断したなら痛みすら遮断し、怪我を負うことさえない。
つまりは無敵。寿命以外で死ぬことがない。
結果は、ご覧のとおり。ペナルティーの雷すら無効化しちまった。
「聖士郎、身体はなんともないか?」
「平気だ。ちょっと眩しかったくらいで、痛みも痺れもない」
「そうか。安心した」
「女神と交渉してた時に、ここまで考えてたのか?」
「まーな。こんなぶっつけ本番で試したくはなかったけど、上手くいってよかった」
そこで言葉を区切り、焦げた三人を見下ろす。
全員、かろうじて息がある。助かるかどうかはわからないが。
「……どうする?」
聖士郎が、横たわる三人の中心に立って俺に尋ねた。
その位置が、必要とあらばもう一撃、と言っている。
一瞬考え、俺は興味を失ったように、かつてのクラスメイトたちから視線を外した。
「放置する。このまま力尽きようが、魔物に襲われようが、俺たちの知ったことじゃない」
「……わかった」
脱ぎ散らかされた服を拾ってやるが、聖士郎は三人を見つめたまま動かない。
内心を慮り、俺は「気にするな」と言った。
「聖士郎が気に病む必要はないぞ。俺が全部仕組んだようなもんだ」
「フザケるな」
怒鳴られたわけじゃないのに、咎め、殴られたみたいに強い言葉だった。
「オレは、こいつらが死んでもいいと思ってやった」
「聖士郎……」
「由々敷も、それは覚悟してた」
そこまで言われ、気づく。
俺はまた、同じバカを繰り返してしまったようだ。
睦琴に言われた台詞を、また聖士郎からも言われることになる。
「一人で背負おうとするなよ」
「…………だな。いや、ホント自惚れてた。すまん」
「まったくだ」
本気で反省しているのに、袖に隠れた手を腰に手を当てて口をへの字にする聖士郎が愛らしくて、思わず笑いそうになってしまった。
「それじゃあ、戻ろうか。服をくれ」
「あ、その前に、もう少し神の雷について試しておきたい」
「試す?」
「今のところ、聖士郎がウチのパーティー唯一の火力だからな。どれくらい連射が利くのか、威力調節ができるのかとか知っておいた方がいいだろ。あんなの、人里では検証できないし」
「なるほど」
「それに、神の雷のペナルティーは、俺にもかかってるからな。悪口と言っても、どこまでがセーフなのか知りたい」
うっかり口を滑らせて雷に打たれるとか、洒落にならんし。
森火事にならないよう、俺たちは、なるだけ空の開けた場所に移動することにした。
「とりあえず、連射できるか試していくか?」
「あ、結果だけ教えてくれ。俺は向こう行ってるから」
「なんでだ?」
「なんでって、これ以上服が焼け落ちていったらまずいだろ」
「まずいって、何が?」
「いや、何がって。お前はもう、女なんだぞ? そして俺は男だ」
「別に桐春に見られたからって、どうってことないだろ?」
それを疑うことなく言ってのけやがる。
俺は眉間を揉みほぐした。
「よし。それなら睦琴を呼ぼう。検証はあいつに任せる」
「断る。女子に見られるのは気になる」
わがままかッ。
今でさえ、穿いていないように見えるってのに……。
「他の奴らを待たせたくない。さっさと始めようぜ。ちゃんと近くで指示をくれよ」
「…………睦琴たちには内緒だぞ」
「《ステータス》オープン」
ステータスの存在は女神から何度か示唆されていたので、適当に口に出してみると、一発で当たりだった。目の前に、ホログラムのような映像が浮かび上がる。
‐キリハル・フドウ‐
Lv:3
HP:35/35
MP:19/20
SKILL:物質移動
―――――――――――
STR:12
AGI:10
VIT:10
DEX:10
INT:11
現代っ子が馴染みやすい仕様にしてくれているのか、ゲームみたいな表記になっている。
俺の知るゲームどおりなら、
HP(体力)
MP(魔力)
STR(力)
AGI(素早さ)
VIT(身の守り)
DEX(器用さ)
INT(賢さ)
こんな感じか。
レベルが3なのは、体験学習でゴブリンを10匹ほど倒していたからだろう。
MPが(19/20)になっているのは、さっき一回だけスキルを試したからか。
ただ、これを見ても自分が戦士タイプなのか、魔法使いタイプなのかわからない。
器用貧乏というのか。大成しないタイプに思えてならない。
別にいいけど。レベル上げを頑張ろうなんて気もないし。
少し離れた所で、聖士郎が鬱憤を晴らさんとするかのように女神の悪態をつき、ズドーン、ズガーン、と雷を自分に落としまくっている。
……ほぼ全裸で。
魔法を使っているみたいで楽しくなってきたのか、金髪の美少女が笑顔で屋外露出プレイをしているわけですよ。目のやり場に困るったらない。
もう検証は充分なので、神の雷についてわかったことをまとめておく。
一つ、悪口を頭で考えるだけなら雷は落ちない。
当然だな。思想の自由さえ奪われていたら、俺は今頃消し炭になっている。
二つ、連射可能。
回数に制限はなく、悪口に対してきっちり反応し、その都度雷が落ちてくる。
三つ、悪口の酷さによって、威力が変わる。
例えば、女神の顔を思い浮かべて「ブス」と言えば、雷(小)が落ちる。
はっきりと痛みを感じられる威力だ。威嚇に向いており、しばらくは痺れも残るだろう。
少しグレードアップして「ドブス」と言えば、雷(中)が落ちる。
威力としては、護身用のスタンガンと似たようなものだと思われる。死ぬことはなくとも、人間であれば、痛みを感じる間もなく感電による昏倒は免れない。
そして、吐き捨てるように「ドブスガ」と叫ぶと、雷(大)が落ちる。
これは、剣崎たちを倒した電撃クラスだ。自然災害の雷に近い。割と普通に死ねる。
だが、これが上限ではなかった。
女神テラを名指し……「テラ・ドブスガ」と唱えれば、雷(特大)が落ちる。
これはマジでヤバい。自身を中心とし、半径5メートルに及ぶ全方位攻撃。
ごっそりと地面を抉り、範囲内にあった大木を跡形もなく消し去った。
ちなみに、これでも聖士郎は無傷だった。俺は轟音で鼓膜が破れるかと思ったし、側撃雷で死ぬかと思った。今だって心臓はバクバク言っており、髪の毛も逆立っている。
よほどのことがない限り、封印してもらうことにした。
四つ、MP消費なし。
これは魔法ではなく、ペナルティーを利用しているだけなので、本人の能力は関係ない。
つまりだ。おわかりいただけるだろうか。
聖士郎ってば、MP消費なしで、やろうと思えば、ミナデ●ン級の雷撃を無尽蔵に連発できちゃうわけですよ。
「想像以上のチートが誕生しちまった……」
「桐春、ちゃんと見てるか?」
「見てない。ぷりっとしたお尻も、Cカップくらいありそうな形のいい胸も、俺は見てない」
「くだらないこと言ってないで、早く慣れろよ。オレはもう慣れた」
「男らしすぎんだろ。そのペースには、さすがについていけんわ……」
体は女、心は男。
TSモノのお約束を、よくわきまえていらっしゃる。




