第15話 元クラスメイト
俺たちを待っていたのは、クラスメイトの男子三人だった。
剣崎連弥。
火神灰里。
濱地照臣。
いつもこのメンツでツルんでいる、仲良し三人組だ。
言うまでもなく、俺の友達ってわけじゃない。
あいつらに対する好感度を10段階で表すとするなら、せいぜい3か4ってところか。
憎いってほどでもないけれど、どちらかと言えば嫌い寄り。
以前、こんなことがあった。
昼休みにトイレへ行き、教室に戻ってきたら、俺の椅子と机がこいつらに占領されていた。別に貸してやるくらいは構わないが、上履きを履いた足を座板に乗せていたのはムカついた。
が、争いを好まない大人な俺は、お育ちを心の中で小馬鹿にしただけで見逃してやった。
だというのにだ。昼休みが終わって解放された机の上には、缶ジュースの水滴やこぼれ跡がそのまま放置されていた。これにはキレそうになった。
しょうもない話ではあるが、他にも日直の仕事をやらなかったり、掃除当番をサボったり、細かいイラつきをあげればキリがない。
ちなみに、誰か一人ではなく、三人全員にこれが言える。
奥田のように粗暴というわけではないけど、他人の迷惑を考えない連中だ。
好きになれるはずがない。
「出てくるのにずいぶんかかったな」
人を殴るのにちょうど良さそうな木の枝を肩にかついでいる剣崎が言った。
髪をツンツンの短髪にしており、三人の中では一番強面だ。
「賽子先生、こっちに来れるようになったんスね。いやあ、よかったよかった」
男にしては長めの髪。着崩した制服。校則違反のピアスやネックレス。
へらへらチャラチャラ。この火神は、軽薄という言葉が服を着て歩いているような男だ。
「あれれ? 有埜がいなくない? いなくていいけどー」
坊ちゃん刈りに銀縁メガネ。濱地は、一見すると真面目な生徒という印象を与えてくるが、こうして顔を突き合わせれば、ニヤニヤした笑みに性格の悪さが滲み出ているのがわかる。
「睦琴、こいつらのスキルは戦闘向きか?」
小声で睦琴に確認を取った。その意図を汲み、睦琴も俺に合わせてくれる。
「濱地はサポート系だったと思うが、剣崎と火神はそうだ」
「なるほど」
誰になんのスキルが渡っているかは知らずとも、当然、俺たちが余りモノのスキルしか所有しておらず、自分たちが圧倒的優位にいることを、こいつらは知っている。
クラスメイトに対して決めつけは良くないと思うが、曲がりなりにもリーダーに任命された以上、俺には仲間を守る責任がある。どれだけ警戒しても、しすぎということはない。
まずは、相手の目的を確かめなければ。
「俺たちを待っていてくれたのか?」
「お前らっていうか。……まあいいや。そうそう、お前らだけだと心配でな」
「……そうか。悪いな」
この演技とも呼べない杜撰な様子だと、行動に移すのも早そうだな。
俺の中で三人の位置づけは、ほぼ決まったが、念押しの確認をしておく。
「ところで、他の奴らは先に行ったのか? 俺たちも早く追いつかないと」
地面に残った足跡から、集団の進んだ方向を調べながら、思ってもいないことを言う。
これに対し、剣崎は小さく舌打ちをしたのを、俺は聞き逃さなかった。
「そう焦んなって。あんな怖い思いして、みんな疲れてるだろ。進む方角は同じなんだから、のんびり行こうぜ」
剣崎の意見に、薄気味悪い笑みを浮かべた火神と濱地が、うんうんと頷く。
なるほど。よくわかった。
こいつらは味方じゃない。
「あなたたち」
剣崎の気配り? に感動し、駆け寄ろうとした久慈林先生の腕を睦琴が掴んで止めた。
聖士郎と鬼ヶ島は、俺と睦琴の雰囲気を察し、警戒レベルを高めている。
川尻は……頭に「?」を浮かべているな。
連中の目的――それはおそらく、ここにいる女子たちだろう。
獲物をいたぶる前のゴブリンと、よく似た目をしていやがる。
俺たちはクラスメイトから……世界から見捨てられたも同然の存在だ。この世界では戸籍も保障も何もない。たとえ、行方不明になっても心配されないし、探してくれる者もいない。
犯るなら今だ。
そう考えて別行動をとる奴がいるかもしれないと、最悪のパターンとして予想はしていた。
もちろん、単純に女子の前でいいカッコしたいだけという、思春期男子としては至極健全な動機の可能性も、ほんのわずかだが残っている。
「なあなあ、不動。有埜の代わりにいる、その金髪の可愛い子、誰よ?」
興味津々に、火神が尋ねてきた。
「こいつが聖士郎だ。スキルの副作用的なアレでな。こうなった」
「マジで!? え、この子、有埜なのか!? マジで!?」
詳細を端折って答えてやると、火神は今にも飛びつきそうな勢いで食いついた。
聖士郎が「そうだ」と端的に返事する。
「うわっ、声もめっちゃカワイー。うははは、マジウケる!」
火神に続き、剣崎と濱地も腹を抱えて笑いだす。
馬鹿にされていると感じたのか、聖士郎の目が苛立たし気に細められた。
「結局、最後まで余ったスキルはなんだったんだ?」
それが俺に渡っているものだと疑っていない口ぶりで剣崎が質問した。
「俺が手に入れたスキルは【物質移動】だ」
「あー、1センチだけ物を動かせるとかいうゴミスキルだっけか」
事実だとしても、仲間以外の奴に言われると腹立たしいな。
「ちょっと見せてくれよ。ほら、そこに手頃な石が落ちてんじゃん」
「……期待には添えないと思うぞ」
「別に驚くようなことは期待してねーって」
なるほど、笑い者にしたいだけか。
やれやれだ。どのみち検証が必要なことではあるしな。
俺は剣崎が指定した、ゴルフボールサイズの石ころに意識を向けた。
魔法の杖の時と同じだ。
対象と自分のスキル効果を結びつければ、それを使えるという確信に至る。
重量と容量が移動させられる許容範囲であることを知覚し、俺は石を引き寄せるつもりで、立てた人差し指と中指を、くいっと手前に折った。
「…………」
「……ん? 動いた? もう動かしたのか?」
「と、思う」
「ぶはっ! 全然わかんねえ! 不動、スキルまで、マジ不動!」
上手いこと言ってんじゃねーよ。
「そういう剣崎は、どんなスキルをもらったんだ?」
「ああ、知らねーのか。俺のは――……お? 鬼ヶ島、ちょうどいいもの持ってんじゃん」
剣崎が、鬼ヶ島の持っている鉄パイプに目を留めた。
そして無遠慮に、木刀と言えなくもない太い木の枝を突きつけ、挑発するように言う。
「俺のスキルを見せてやるから、それで殴りかかってこいよ」
「は? 偉そうに命令しないでほしいんだけど」
「じゃあ、俺からいくわ。ちゃんと受け止めろよ」
「――ッ!?」
許可を待たず、剣崎が鬼ヶ島に飛び掛かり、木刀を大きく振りかぶった。
防がれることを前提としたような大上段だ。特別速いということもない。
鬼ヶ島は鉄パイプを横に寝かせ、楽にこれを受け止める。
だが。
「――痛ッ!」
鬼ヶ島は、横腹を木刀で打ち据えられていた。鉄パイプを地面に落とし、痛みで膝をつく。
慌てて川尻が駆け寄った。
「そよぎちゃん! 大丈夫!?」
「……うー……ちょいじんじんするけど、だいじょび」
「れんやくん、いきなり何するの! ひどいじゃない!」
「軽く小突いただけだろ」
「ちゃんと謝って!」
「うっせーな。きゃんきゃん喚くなよ。お前は趣味じゃねーんだ」
「キャッ!」
詰め寄る川尻の肩を、剣崎が突き飛ばした。
体重の軽い川尻は、たまらず尻もちをついてしまう。
「恋姫!」
鬼ヶ島が、剣崎を鋭く睨む。
それをニヤニヤと、紳士の欠片も感じさせない目で剣崎が見下ろしている。
「オーイ、恋姫ちゃんに乱暴すんなよなー」
「ああ、悪かったな。思わず」
下卑た声音で川尻をちゃん付けする濱地に対して謝罪。
どうやらこいつらの中で、戦利品の分配は既に終わっているようだ。
「どうよ、不動、何が起こったかわかったか?」
鬼ヶ島は、間違いなく攻撃を受け止めていた。直前で軌道を変えられたということもない。鉄パイプと木刀がぶつかる硬質な音だってしっかり聞こえた。
目の錯覚でなければ、今のは……。
「攻撃が増えたように見えた」
俺の答えに、剣崎がニヤリと口元を歪め、「ご明察」と言った。
どういう理屈なのか。いや、スキルに理屈なんてありはしないんだろう。
剣崎は一振りしかしていないのに、別の角度から、もう一本木刀が出現したのだ。
「俺のスキルは【攻撃増殖】。俺の放つあらゆる攻撃が、レベルと同じ数に増殖する」
「つまり、今はレベル2か? 羨ましいな。立派に戦闘向きのスキルだ」
「牙の生えた兎みたいな魔物がいてよ。ためしにぶっ殺したら上がった」
ということは、RPGよろしく、初期レベルは1か。
自分のステータスは、後で確認するとして。
レベルに上限があるのかはわからないが、こんなあっさりと上がっていくようじゃ、剣崎はこの先、どんな怪物に育っていくのやらだな。
将来的な脅威はひとまず置いておくとして、まずは直面している事態の打開が先決だ。
鬼ヶ島と川尻に対する仕打ちからして、女子にカッコイイところを見せたくて、という線は完全に消えた。こいつらはクズで確定だ。
俺は睦琴に視線を投げ、聖士郎に一瞥をくれてから、再び睦琴に戻した。
持つべきものは親友だ。それだけで、睦琴は俺の考えを察して頷いてくれた。
「剣崎、ちょっといいか? 火神と濱地も聞いてくれ」
俺は剣崎の肩を親し気に組み、仲間たちに背を向けてこそこそ話を持ち掛けた。
「なんだ?」
「いつ仕掛けるんだ?」
「……なんの話だ?」
「はぐらかすなよ。たく、悪いこと考えるよな。でもわかるぞ。こんなチャンスねーし」
「お前……」
「心配すんなって。俺はお前らの味方だ。だから、俺も一枚かませてくれ」
こいつらはもう、クラスメイトなんかじゃない。
俺は、この三人を敵と判断した。
「桐春、どうかしたのか?」
ごくごく自然な感じに睦琴が尋ねてきた。剣崎の雑な演技と違い、見事なもんだ。
「先に行った奴らのこととか、倒した魔物のこととか、いろいろ聞いておこうと思ってな。お前らはそこで休んでいてくれ」
「そうか。では、甘えるとしよう。少し疲れてしまったよ」
睦琴と打ち合わせたような台詞を交わし、俺は仲間たちから見えない所まで、三人をぐいぐいと押しやっていった。正確には、こいつらから仲間が見えない所まで。
「オイ、不動。俺たちの味方ってのは、どういう意味だ?」
剣崎が疑いの目を俺に向けてくる。他の二人も、まだ俺を信用してはいない。
「それがさ、あいつら、パーティーリーダーなんてものを俺に押しつけやがったんだよ」
「不動がリーダー? なんでそうなるんだ」
「俺はやりたくないって言ったんだけどな。まあ、ぶっちゃけ雑用だよ」
「はは、パシリかよ。ダッセぇ」
「それでもまあ、一応リーダーはリーダーだから、お前らのやろうとしていることを手伝える。お前らは3人、こっちは倍の6人だ。だからいきなり襲い掛かったりはせずに、タイミングをうかがってたんだろ?」
返事はない。
しかし、否定しない時点で肯定しているも同じだ。
「とはいえ、俺がそっちに加わっても、まだあいつらのが多い。一斉に逃げられたら面倒だ。そこで提案。俺の誘導で、あいつらを適当な袋小路にでも誘い込むってのはどうだ?」
これもすぐには返事がこないが、じっくりと吟味しているのがバレバレだ。
良心に問いかけているわけでなく、ただ上手くいくのかどうかだけを考えている。
こいつら、マジでクズだな。
「ちなみにさ、お前らは誰狙いなんだ? あ、俺はおこぼれでももらえりゃ十分だから」
なかなか決断しないので、俺の方からゲスな話題を振ってやる。
三人は顔を見合わせた。
そうして、ようやく警戒を解いたらしく、いやらしく笑う。
「僕はねえ、恋姫ちゃん一択! あのちっちゃい身体をいーっぱい可愛がってあげるんだ」
「濱地はロリ好きだからな。俺は逆に、ボン、キュ、ボンがタイプ! 予定では由々敷をもらうつもりだったけど、賽子先生がいたから、そっちをもらう! 剣崎、いいよな?」
「構わねーけど、代わりに俺は、由々敷と鬼ヶ島を両方もらうからな。気の強そうな女を力づくで言うこときかせるの、いっぺんやってみたかったんだよ」
くそどもが……。
「有埜はどうする? 元男だけど、めちゃくちゃ可愛くなってたじゃん。割と小柄だし、誰もいらないなら、僕がもらうけど」
「いや、待て待て。あれは確かにアリだよ。それに脱がしたら、そこそこ胸もあると見たね。だから俺も欲しい」
「なら、有埜はデザートに仲良く三人でってことでどうよ?」
俺がくびり殺してやりたい気持ちを抑えて聞いているとも知らず、剣崎がそうまとめた。
火神と濱地が、名案とばかりに賛同する。
三人とも、人として越えちゃいけないラインを嬉々として越えやがった。
「よし、戻ろうぜ。不動、うまく誘導しろよ」
我先にと剣崎が来た道を戻り、遅れまいと火神と濱地も続く。
ああ、任せろ。
ちゃんと誘導してやるよ。
地獄にな。




