第47話
「鋼の寿命、薄れゆく鼓動」
香港から帰国した村上ガレージの朝は、いつになく静かだった。
有馬記念を制した義清の歓喜も、亜紀子の喧騒も、今の麗の耳には遠く響いている。彼女の意識はただ、メンテナンス・ドックに鎮座する漆黒の巨躯レイスターに向けられていた。
「……おかしいわね」
麗は眉をひそめ、充電コネクタを接続したモニターを凝視する。いつもなら数分で臨界点まで跳ね上がるエネルギー・バーが、今日は底の方で停滞している。それどころか、ただアイドリングさせているだけで、バッテリーの残量が目に見えて削られていく。
「麗。……もう、無理に追うな」
背後から、健造の低く嗄れた声がした。
彼はオイルに汚れた軍手を脱ぎ、レイスターの脚部アクチュエーターにそっと触れた。
「出力が上がらねえのは、バッテリーの劣化だけじゃねえ。……フレーム、回路、プログラム……その全てが、摩耗しきってる。……レイスターは、香港のあの硬い芝を砕いた瞬間に、一生分の輝きを使い果たしたんだ」
麗は息を呑んだ。
装甲の奥から伝わってくるのは、かつての力強い鼓動ではなく、断続的に震える細い痙攣だった。
「……あと、どのくらい持つの? 親父」
「……全開走行は、あと一度。……いや、持って数分だろうな。次にリミッターを外せば、こいつはゴール板を越える前に、ただの鉄屑に戻る」
ピットの入り口で、義清と亜紀子が立ち尽くしていた。
二人は言葉を失っていた。
「……ねえ、レイスター。あんた、まだ走りたいの?」
麗が問いかけると、レイスターのメインモニターが一度だけ、弱々しく、だが確かな意思を持って点滅した。
麗はしばらく、そのモニターを見ていた。
それから、ゆっくりと手を装甲に押し当てた。
レイスターが、低く、かすれた電子音を鳴らした。




